第38話 絶対的強者と弱者
リリアはエクレアと向き合いながら、今までに感じたことがないほどの圧に呑まれていた。足がすくみ、震えそうになるのを抑えるだけでも精一杯というのが本音だ。
(これが《勇者》の圧力? 笑わんじゃないわよ。こんなの人が出していい圧力じゃないでしょ)
この世界において最強種と呼ばれる竜ですらここまでの圧力ではないはずだとリリアは感じていた。乱れそうになる呼吸を落ち着け、リリアはエクレアの隙を探る。エクレアはただ立っているだけ。だというのに隙など見つかりそうにもない。
「バカげてる……私が真面目に構えを覚えた意味ってあるの?」
「ねぇ君さ。いつまでそうやって突っ立ってるつもり? 暇なんだけど。それとも何、こっちから行っていい感じ?」
その瞬間だった。確かに正面にいたはずのエクレアの姿が掻き消える。リリアは一瞬たりとも目を離していないのに、だ。ゾワッ、と全身に怖気が走るのを知覚するよりも早くリリアの本能が反応し、全身を姉力で覆う。
そして突如として全身がバラバラになったのではないかと錯覚するほどの衝撃。変わる景色。空、そして陸。次々と回り続ける景色にリリアはようやく自分が吹き飛ばされたのだということを悟る。
「うっ……あぁ……ぁっ!!」
なんとか受け身を取り、地面に着地するリリア。苦し気に呻くリリア、まだ五体満足であることが不思議なほどの一撃だった。
(姉力を纏ってなかったら……死んでるっ! ふざけないでよ、一撃……たった一撃でこんな……)
「ガッ……ハァハァ……」
「あれ、まだ起きれるんだ? 今の一撃で沈めれると思ったのに」
『エクレア、今の普通死んでるから』
「あれ、もしかして力加減間違っちゃった?」
『思いっきりね。でも……不思議だな。普通なら死んでるはずの一撃なのにまだ生きてるなんて。今一瞬、変な力使ったよね。なんだろあの力。見たことないなぁ』
「ケリィも知らない力? へぇ、面白いね。あー、でもさ。あのぐらいの一撃でもあんな様なら大したことはなさそうかな」
『エクレア、そのなんでも自分と比べるのやめなって。君と比べたらどんな力だって大したことないさ。それこそ竜だってね』
「はは、違いないね」
エクレアとケリィが呑気に言い合っている間に、意識が飛びそうになっていたリリアはなんとか立ち上がることができた。それでもまだ体はフラフラだったが。
「あ、やっと起きた。遅いなぁ」
『立てただけでも褒めるべきだと思うけどね』
「す、すいませんね……お、思った以上に……一撃が重かったので」
「耐えれたならいいんじゃない? 耐えなかったら死んでたみたいだし」
「簡単に言ってくれますね……」
「力のないものは死ぬ。当然でしょ」
『それよりもまだやるの? 立ってるだけでも精一杯って感じだけど』
「当然……です」
「うん、いい気合だね。それだけだけど。実力の伴わないやる気とか意味ないしね」
エクレアは言葉を飾らない。だからこそ真実としてリリアの心を削る。言い返す言葉もない。たった一撃でそれを痛感させられてしまった。絶望的なまでの力の差を。
「ねぇ君さ。さっき突っ立ってたのはどうして? まさかとは思うけどアタシの隙を探ろうとか、出方をみようとか思ってたわけ?」
「それは……」
まさしくエクレアの言う通りだった。リリアはエクレアの隙を探そうとして、そしてあの一撃を喰らった。
「はぁ……ダメダメ。全然ダメ。君程度の力量でアタシの隙を見つけれるわけないじゃん。そういうのはさ、もっと力量の近い相手にすることだよ。君がアタシの隙を探そうと躍起になってる間に、アタシは君を千回は殺せたよ」
「…………」
「君がすべきだったのは不意打ち。いつの時代だってそう。圧倒的強者を、弱者が倒すのに必要なのは不意打ちなんだよ。戦いに邪道も正道もない。勝った者だけが正義だ」
「確かに……言う通りですね」
「さぁ、かかっておいで。この枝を折れば君の勝ちだ」
相変わらずその手に握られているのは触れれば折れてしまうような細い小枝だけだ。しかし今のリリアにはその小枝が巨大な剣のように見えていた。
「ほらどうしたの? このただの枝がそんなに怖い? それと……さっき言ったこともう忘れた?」
「……すぅ。はぁっ!」
もはや出し惜しみなどしていられない。リリアはその身に残った姉力を絞り出す。そして、足元を全力で蹴りつけてエクレアに向けて飛ばす。
「目潰し? でもわかりやすすぎ」
エクレアが軽く小枝を振るだけで巻き上げた砂が消し飛ぶ。しかしその先にすでにリリアの姿は無い。
「【幻姉剣】!」
姉力で囮の剣閃を作り出し、本命の一太刀を隠す技。熟練者であればあるほどつられやすい技だ。
「ふぅん。シャドウスピアみたいな技使うね。でも、あっちの方がまだわかりにくいかな。君の技はまだ正直すぎる」
リリアの放った技はエクレアに何の動揺を与えることもなくあっさり受け止められる。しかし、そんなことはリリアだってわかっている。もとより通用するなど思っていない。リリアにとってはこれもまた囮だ。リリアの持つ木剣とエクレアの持つ小枝がぶつかりあった瞬間、リリアはその手から木剣を離し、がら空きになった懐へと飛び込む。これこそがリリアの本命の一撃だった。
「【姉破槌】!!」
ミノタウロスをも倒した一撃。普通の人に放てば無事ではすまない一撃だ。それをなんの躊躇もなく、全力でリリアは撃ち込む。
しかし、
「ちょっとは捻ってたけど、まだ正直すぎるね。枝を狙うんじゃなくてアタシを直接狙ったのはちょっと考えが甘いかな」
小枝を持たない左手でリリアの全力の一撃はあっさりと止められた。赤子の手をひねるように容易く。
「まぁでもその度胸に免じて一つだけ技を見せてあげる。歯を食いしばって、行くよ……【雷身】!」
「が……っ!」
小枝が迫ってきたのを認識した瞬間、全身を雷の衝撃が貫き、リリアは宙を舞っていた。やがて万物と同じように重力にひきつけられたリリアは地面に叩きつけられる。今度は起き上がる気力すらない。文字通りリリアは全力を出し切っていた。
(これが……《勇者》の……エクレアさんの……力)
「ホームラーン……だったかな?」
『何それ』
「知らない。確か……他国で流行ってる運動だったかな? この間アウラが話してた。ってあれ、死んでないよね?」
『大丈夫だよ。まだちゃんと生きてる。ぼろ雑巾みたいに飛ばしたのキミだけどね』
「今度はちゃんと加減したって。【雷身】の力加減って難しい……って、あ」
『小枝、消し炭になってるね』
「あちゃー、さすがに小枝じゃ耐え切れなかったか」
『どうすんの?』
「うーん……小枝を折られたわけじゃないけど、アタシの一撃に耐えたのも事実なわけで……今回は引き分けかな」
『なにその適当な判断……』
「まぁまぁ別にいいじゃん。君もそれで……って、あれ?」
『気絶してる。まぁ無理もないね。エクレアの攻撃を二度も喰らったんだから。むしろよく耐えたほうだよ』
「ま、確かにね。あの子、鍛えたらもっと強くなるかもね。アタシの足元くらいには」
『珍しいね、エクレアがアウラ以外の人を評価するなんて』
「失礼な。アタシだってちゃんと人をみるんだから。まぁあくまで可能性があるってだけの話なんだけどね。もしそうなってくれたらアタシも退屈しなくて済むんだけどなぁ。ケリィもたまには本気出したいでしょ?」
『面倒だからパス』
「えー、なにそれ。つまんないのー」
一戦を終えたばかりとは思えぬほどの気楽な様子で話し合うエクレアとケリィ。二人の他愛ない雑談は気絶したリリアが目を覚ます直前まで続いたのだった。
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