最強のキョウダイ

第37話 少しずつ前へと

「……なるほど、ミスラ様達の事情は理解しました」

　全ての話を聞き終えたアウラは神妙な面持ちで言う。結局ミスラは下手に言葉を取り繕うことはせず、【未来視】の力によって見た未来、そしてだからどうしたいのかということをそのまま素直に伝えた。

「それで、あなたの返答を聞かせてもらえるかしら？」

「……私から言える答えは一つです。ミスラ様の望みにそうことはできません」

「……一応理由を聞いても？」

　もとより断られることが前提のような話だ。だからこそミスラに動揺は無い。ただ落ち着いた様子でアウラに理由を問いただす。

「まず第一に、ミスラ様の持つ【未来視】の力の確実性がはっきりとしていません。《勇者》のパレードの日に魔族が攻め込んでくる。確かにそれは恐れるべきことなのでしょう。しかし、あなたの力が本物だという証拠がありません。その未来が本物だということを証明できない」

「確かにそうね」

「すでに王都はパレードに向けて準備を進めています。他国からやって来ている要人もいます。今さらそれを無かったことにすればこの国の信用は無くなるでしょう。このパレードで儲けようとしている商人達も王家への不信を募らせるでしょう。四大公爵家もそれは

同じです」

「利益にばかり目を向ける人は、かもしれないでは動かない。動かすには確証がなければいけないと」

「世知辛い話ですがそういうことです。私個人としてはミスラ様を信じてもよいと考えていますが……どのみち、私一人の意見では王家も……教会すらも動かせないでしょう」

「《聖女》の力をもってしても？」

「ふふ、私なんて教祖様達からすれば都合の良いプロパガンダのようなものですよ。いるだけで教会の地位を上げることができる。そんな存在です。もし私が魔族が攻めてくるからパレードを取りやめようと言っても、歯牙にもかけないでしょう」

「そんな……」

「《聖女》だなんだと持ち上げられても、動かせるものなんて一握りなんです」

　ハルトにとって頼みの綱であったアウラは申し訳なさそうに首を振るだけだ。その表情は申し訳なさで満ちていた。

「一応釘をさしておくおくならば、ハルト君がパレードに出ないという、エクレアの真似事をするのは止めておくほうが賢明です」

「どうしてですか？」

「ハルト君とエクレアでは違いがありすぎます」

「違い……ですか？」

「まず第一に力です。エクレアは《勇者》に選ばれた時からすでに強かった。他者の力を撥ね退けることができるほどに。でもハルト君にはまだそれほどの力は無い……そうですね？」

「それは聞き捨てならんぞ。今の主様には妾がおる。決して弱くなどは——」

「あなたの力はこの国にいる一万を超える兵士を相手取ることができますか？」

「む、それは……」

　さすがのリオン、【カサルティリオ】の力をもってしても一万以上の兵士を相手取るのは厳しいだろう。ハルトの実力もあるが、何よりいまのリオンは全力の力を出せないのだから。

「エクレアならできます。それだけの力の差が、ハルト君とエクレアにはあるんです。そしてそれだけではありません。ハルト君には……家族がいる」

「？」

「もしハルトがパレードから逃げ出せば、その責をハルト自身にではなく、その家族に追及しかねないと」

「え、そんな！」

「……そういうことです」

　ミスラから告げられた言葉に驚愕するハルト。しかしアウラはそれを否定することはなく沈痛な面持ちで認める。ハルトがパレードを欠席するというのは、ハルト一人の問題ではないのだ。

「エクレアの時、王都は同じようにパレードを企画し、しかしエクレアがそれを拒否したために損害を被りました。それでもエクレアが許されているのは、それだけの力を持っていたから。実力を示したから。しかし、前回と今回では状況が違う。二度の失敗は許されないのです」

　エクレアと同じようにハルトが逃げ出さないために、早くから用意を始め、外堀を埋めた。つまりハルトはもう逃げられない状況におかれているのだ。

「王族の方々と教会の面々が話し合って進められている今回のパレード……いくらミスラ様が王女といえど、一人の言葉では動かせないでしょう」

「……えぇそうね。それは痛感したわ。でも、パレードを中止するのが無理だと言うなら、あなたは王都の民に魔族に大人しく襲われろと言うのね」

「そうは言いたくないですが……現状ではそう言われても仕方が無いのかもしれません。申し訳ありません」

「……いえ、こっちこそごめんなさい。少し八つ当たりしてしまったわ。こういう流れになることは最初からわかってたはずなのにね。でも、それじゃあ私は完全に手詰まりということになるわ」

「……少し、いいですか？」

「あなたは……イルだったかしら？　何？」

「いえ、話があるのはミスラ様ではなくハルトの方です」

「え、ボク？」

「あぁ。お前は結局どうしたいんだ？　ミスラ様の話を……信じてるのか？」

「それは……イルはどうなの？」

「今はオ……私のことじゃなくてお前のことだ。私の意見なんて関係ない。大事なのはお前自身がどう思ってるかだ。他人にいちいち意見を求めるな。いつまでもそんなままじゃ、何もできない、決められないぞ」

「…………」

　厳しい瞳でイルに問われたハルトは言葉に詰まってしまう。ハルト自身がミスラの言葉を信じているかどうか。誰かに左右された意見ではなく、ハルト自身の意見が求められていた。

「ボクは……信じてるよ」

「ミスラ様の【未来視】を……か？」

「うん。ボクには難しいことはよくわからないけど……でも、ミスラさんの言葉を信じたいって思ったから。だからボクは信じるよ。そこに皆の言う根拠とかそういうのはないけどさ。だからボクは、王都の人たちが危ない目に遭うっていうなら助けたいと思ってる」

「それがお前の答えか？」

「うん」

「ならそれがお前の答えだ。曲げんなよ。ま、《勇者》様がそう言うんだ。手伝ってやるよ」

「イルっ！」

「勘違いするなよ。お前のためじゃない。ミスラ様のためだ。っていうかお前ミスラさんとか呼ぶなよ、王女様だぞ」

「いやでも、ミスラさんがそう呼べって……」

「え？」

「本当よ。なんならあなたもそう呼んでくれて構わないけれど」

「い、いえそれは……遠慮しておきます」

「そう残念だけど」

「《勇者》の目は真実を見抜く……か」

「アウラさん？」

　ハルトとイルのやりとりを聞いていたアウラが小さく呟く。そして何事かを決意した表情で頷く。

「私も、パレードのことに関しては力になれませんが個人的に協力はさせていただきたいと思います」

「名のある《聖女》様が手伝ってくれるとなると心強いわね」

「そう言っていただけると……何ができるかはわかりませんが。ミスラ様、この後はどうするつもりなので？」

「そうね。王城に戻るつもりはないわ。戻ったらきっと出れないでしょうから。できればこの神殿内に匿ってくれると助かるのだけど」

「そうですね……わかりました。それは私がなんとかします。動くというのであれば時間がありませんから。できることはすぐにでも始めていきましょう。まだもう少し時間はありますし……ミスラ様の見たという未来について、詳しく聞かせていただけますか？」

「えぇ、もちろん。喜んで」

　再び話し合いを始めるミスラとアウラ。パレードを中止させる方向に持っていくという当初のミスラとハルトの目的は果たせなかったものの、アウラとイルという強力な仲間を得ることはできた。

　ハルトとミスラは一歩ずつ、確実に前へと進み始めていた。