第36話 力の差

「それでは、ミスラ様の話を聞かせていただけますか」


 紅茶を一口飲んで、心が落ち着いたのかアウラが口を開く。その隣に座るイルは依然としてミスラの存在に緊張したままだったが。もっとも緊張しているのはハルトも同じだ。


「えぇもちろん……といいたいけど、何から話そうかしら」

「でしたら、なぜ行方不明になっていたミスラ様がハルト君の部屋にいるのかということについて教えていただけますか?」

「あぁそうね。それを説明してなかったわ。といっても、そんな複雑な話じゃないけど。昨夜のことよ。色々あって私が暴漢に追われていた所をハルトが助けてくれたのよ」

「ぼ、暴漢!?」

「さすがにあれはハルトが助けてくれなければまずかったかもしれないわね」


 あっけらかんとした様子で言うミスラだが、王女が暴漢に襲われたというとんでもない事実を聞いて唖然とするしかない。こうしてここにいるからこそミスラは笑っているが、もし本当に暴漢に何かされてしまっていたらと考えるだけでアウラは胃が痛くなりそうだった。


「まぁ、あなたの言いたいこともわかるけど、今はそれが問題じゃなからお小言は無しにして頂戴ね」

「……わかりました。でも、後で詳細についてきちんと報告はしていただきます」

「はいはい。わかったわよ。とにかく、私が暴漢に襲われるようなことになったのはアウラも知る通り黙って王城を抜け出したから。でもそれにはちゃんと理由があるのよ」

「理由ですか?」

「私は《勇者》に……ハルトに出会わなければいけなかったの。私のもつ……【未来視】の力によって見た未来を回避するためにね」

「【未来視】……ですか?」

「えぇ、話すわ。私が【未来視】で見た未来について……ね」






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 一方その頃、部屋を出たリリアとエクレアは神殿を出て、リリアが朝にハルトと訓練をした場所へと向かっていた。黙って先を行くリリアの後に続いて走っていたエクレアだったが、とうとう沈黙に耐えかねて口を開いた。


「ねぇ、これどこ行ってるわけ?」

「人気の無い場所です。その方が何かと都合がいいので」

「え?! アタシを人気の無い場所に連れてってどうしようっていうのさ!」

「…………」

「ちょっと、せっかく冗談言ったんだからちょっとはノってよ」

「人気の無い場所にあなたを連れていったとして、どうにかできる人がどれほどいるんでしょうね」

「さぁねー。アタシも自分が最強だーなんて言うつもりはないけど……アタシより強い人にあったことはまだないかも」


 リリアの言う通り、エクレアのことをどうにかできる人など存在するかも怪しいレベルだ。他国の《勇者》と戦うようなことになればどうなるかはわからないが、少なくともこのシスティリア王国内においてエクレアの敵となりうる人物はいないと言っても過言ではない。

 しかし、だからこそリリアの目的を果たすにはエクレアの存在が必要だったのだ。


「……ここぐらいでいいでしょう」

「うんうん。それで? 結局君は何がしたいわけ? 黙ってついてこいって言うから来てあげたけどさ」

「私の目的はただ一つです」


 平静を装う表情とは裏腹に、リリアの内心は緊張でこれ以上ないほどに早鐘を打っていた。今ならまだ引き返せる。そう訴える心の声を無視してリリアは腰に提げていった木剣を抜き放つ。


「私と……手合わせしていただけませんか?」

「………本気?」


 木剣を向けられたエクレアはスッとその目を細める。それまでの軽い空気から一変、その体から放たれるのは一級の戦士の圧力だ。それを正面からまともに当てられたリリアは自分の掌にじっとりとした汗をかいているのを感じながらも木剣を下げることはしなかった。


「私は……強くないんです」

「?」

「今の私には足りないものが多すぎる。だからこそ、一度高みを知るべきだと思ったんです」

「……なるほど。だからアタシに勝負を挑むと?」

「はい」

「もっと他にいたんじゃないの? 神殿の中にも君より強い人、同じくらい強い人いるんじゃない?」

「そうですね。でも、圧倒的強さを持つのはあなただけです」


 リリアの知る限り、一番強い人物。それはエクレアだった。リリアが知りたいと思ったのは壁の高さだ。元より勝とうなどとは思っていない。エクレアは自分が全力でぶつかっても大丈夫な相手なのだから。


「確かにねー。アタシは強いよ。でもいいの? 君もそこそこやれるみたいだけど……アタシと戦ったらそのなけなしの自信も吹き飛んじゃうかもしれないよ?」

「それでも……です。それに、その心配は無用ですから」

「どうして?」

「私は……ハル君の姉ですから」

「ふーん……よくわかんないけど。まぁいいや。いいよ、受けてあげる。でもそのまま受けても面白くないよね。ケリィ」

『……何?』

「このアタシに挑んでくるっていう勇気ある者にハンデを上げたいんだけどさ、何がいいと思う?」

「ハンデ?」

「あぁごめんね。アタシね、強いんだよ。だからさ……普通に戦うと壊しちゃいかねないんだよね」

『エクレアはいつもやりすぎるから……いつもは魔物を相手にしてるから別にいいんだけどね。さすがにそれだけの力を人にぶつけるわけにはいかないから』

「アタシに挑んでくるような勇気ある人を壊すのも忍びない……でも、力を尽くさないのは勿体ないからさ」

『ハンデ……あれでいいんじゃない?』

「なるほど、いいね」


 そう言ってエクレアは少し離れた場所に落ちていた細い木の枝を拾い上げる。それは本当に少し力を込めれば折れてしまいそうなほどの細さで、リリアはエクレアの行動の意味がわからずに首を傾げるしかなかった。


「これがアタシのハンデだよ」

「どういうことですか?」

「アタシの武器はこれでいい。この木の枝でね。これを折れたら君の勝ちでいいよ」

「…………」

「別に舐めてるってわけじゃ……あぁいや、結局はそういう意味になっちゃうのかな。でも事実だから。それがわかってて君も挑んでくるわけでしょ? 安心してよ。ちゃんと望み通り力は見せてあげるからさ」


 エクレアの対応に眉をひそめそうになったリリアだったが、次の瞬間にはそんな思いも吹き飛んでしまった。刺すような殺気がリリアの全身を貫いたからだ。


「さぁどこからでもかかっておいでよ。完膚なきまでに、自信も何もかもなくなるくらいに、叩き潰してあげるからさ」

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