第35話 話し合いの始まり
「そろそろかしら?」
「あ、そうですね。たぶんそろそろだと思います」
部屋で優雅に紅茶を飲んでいたミスラが時計をチラリと見て言う。時計が指し示すのは三時過ぎ、予定ではそろそろアウラ達のやって来る時間だった。ミスラがお風呂から上がった後、ハルト達はアウラ達に話す内容について軽く話し合っていた。
行方不明だと思われていたミスラがこの部屋にいるのだ。さすがのアウラと言えども驚くだろう。なぜこんな状況になっているのかという説明はしなければいけないことの一つだった。そして何よりも重要なのが、ミスラの話をどうやって信じてもらうかということだ。ミスラの持つ【未来視】の力を証明することは非常に難しい。生半可な言葉ではアウラ達も納得してはくれないだろう。
ミスラの言葉にどれだけの説得力を持たせることができるか、それが今から始めようとしている話し合いの中で大事な部分の一つだった。
「私のこの【未来視】の力がもっと使いやすければ話は早かったのだけれど」
「発動条件みたいなものはあるの?」
「さぁ、わからないわ。寝てる時に夢という形で見たりすることがほとんどだけれど、見ないときもあるし、便利なようで便利じゃない力よ」
「ふーん……まぁでも正直に話すしかないでしょ。嘘吐いたってバレるだけでしょうし。あくまで真摯に、ありのままを伝えるしかない」
「……そうね。ごちゃごちゃ考えるよりもその方が手間がないかもしれない。後は野となれ山となれってね」
「私は少しやりたいことがあるから話し合いには参加しないわよ」
「え、そうなの?」
「ごめんねハル君。でもこれは……私にとって必要なことなの」
「まぁ、話し合いくらいなら妾達がおれば大丈夫じゃろう。何人もいた所で邪魔なだけじゃろう」
「あなたにハル君のことを任せるのは少し不安だけど……ま、今だけはお願いするわ」
「ふふん、任されたのじゃ。しかし、お主が主様よりも優先する用事とは……なんなのじゃ?」
「ちょっとね……今の自分を知っておきたいと思っただけよ」
「?」
リリアの言っていることがよくわからず首を傾げるリオンだったが、リリアはそれ以上質問に答える気はないらしくどうやってアウラ達のことを説得しようかと悩んでいるハルトの元へと行き、何事かを言いながらハルトのことを構い倒している。
その時だった、ハルトの部屋のドアがノックされる。ハルトの部屋にやって来る予定があったのはアウラだけだが、他の誰かである可能性も加味して一応姿を隠すミスラ。
「は、はい!」
「やっほー、後輩君。アタシだよー。アウラもイルも一緒だよー」
「入ってもらって大丈夫です」
「どもどもー」
ハルトの許可を得たエクレアはあっけらかんとした様子で部屋の中に入って来る。その後ろにはアウラとイルの姿もあった。
「それにしても後輩君がアタシ達のことを呼び出すなんて、もちろんよっぽどな用事なんだよね?」
「あ、す、すいません……でも大事な用事なのは本当です」
「ちょっとエクレア。ハルト君のこと脅さないで」
「え、別に脅してないって。ね、後輩君」
「え、あ、はい」
「それが脅しだって言ってるの! もう……ごめんねハルト君。エクレアのことは気にしないで」
「いえそんな……ボクがわざわざアウラさん達に足を運んでもらったのは事実ですし……」
「なんでもいいけどよ、結局ここに呼ばれた用はなんなんだ? オレ何も聞いてねぇぞ」
「あ、そうだね。アウラさん達も時間ないし」
「そーそー。用は早く手短にってね。それで、その用って言うのは……そこに隠れてる子に何か関係があるのかな?」
アウラ達からは見えない位置に隠れていたミスラの方を指さして言うエクレア。ただ隠れていただけのミスラの気配にエクレアが気付かないはずもなかった。ハルトはチラリとミスラに視線を向けて出てくるように促す。
「さすがこの国最強の《勇者》様……といったところかしら」
「え……」
「この声は……」
物陰から聞こえてきた声に反応するアウラとイル。そして物陰から出てきたミスラの姿を見て驚愕する。
「ミスラ様!?」
「お、王女……様……」
「あー。どっかで見た気がすると思ったらそっか。君王女様だっけ」
驚きを隠せないアウラとイルに対して、エクレアだけは隠れていたのが王女だとわかってもそこまで驚かなかった。王女であろうとなんであろうとエクレアにとってはただの人でしかないのだから。
「久しぶりね、アウラ、エクレア。それと……あなたはどこかで会ったことがあったかしら? 記憶にないのだけれど」
「あ、その、オレ……じゃなくて、私は会うのは初めてです。その、お話は伺っていたので」
「ふーん、そう」
ガイル・マースキンが《聖女》に選ばれイル・ミルスティンへと姿も名も変えたことをミスラは知らない。ミスラが会ったことがあるのはガイルであった時のことで、イルはそれをいうわけにはいかないのだから。
王女であるミスラのことが苦手なイルとしては正体は隠しておきたかった。キッとハルトのことを睨むイル。その視線は「なんで言ってこなかったんだよ!」と訴えていた。
「まぁ、立ち話もなんじゃろうし、座るがよいのじゃ」
人数分の飲み物を用意しつつリオンが言う。すでにアウラ達が座る場所もリオンが作っていた。しかし、その前にリリアがスッと立ち上がりエクレアの前に立つ。
「その前に……少しお願いがあるのだけどいい?」
「お願い?」
「えぇ、エクレアさんに……お願いがあるの」
「アタシに? アウラじゃなくて?」
「えぇ、そうよ。あなたでなければいけないの」
「ふーん……いいよ。聞いてあげる。どうせここにいても面倒な話に巻き込まれるだけっぽいし」
「ちょっと、エクレアッ!」
「事実でしょ。必要ならアウラが話しちゃんとしといてくれるって信じてるからさ。よろしくー」
「全く……もう」
「ミスラもいいかしら?」
「問題ないわ。話し合いに必要なのはアウラだもの」
「そう、ありがとう。それじゃあ少し場所を変えて……行きましょうエクレアさん」
「オッケー」
「それじゃあハル君、行ってくるから。私がいなくて不安かもしれないけど、頑張ってね」
「うん、ありがと姉さん」
優しくハルトに微笑みかけたリリアはエクレアと共に部屋を出て行く。
「さてそれじゃあ、こっちも話し合いを始めましょうか」
そしてリオンがハルト達の飲み物を用意し終えるのと同時にミスラとアウラとの話し合いが始まったのだった。
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