第34話 聖女と結婚

 結局、アウラがハルト達の部屋へやって来ることが出来たのは午後三時を過ぎてからだった。アウラとレイドバル家との話し合いが想像以上に長引いてしまったのが原因だ。警備の話合い事態は早めに終わったのだが、その後が大変だったのだ。アウラが結婚していないのをいいことに、息子の結婚相手にとグイグイと売り込んできたのだ。これは何もレイドバル家だけの話ではない。他の公爵家にも結婚話を持ってこられたことがある。アウラの《聖女》としての名声、それを手に入れることができれば他の公爵家の上に立てると言っても過言ではないのだ。それだけアウラは民衆の支持を得ている。

 余談ではあるが、《聖女》も結婚することは許されている。その昔は《聖女》というのは神に近い神聖なものだとして終生結婚することが許されないこともあったそうだが、とある時代の《聖女》が「私らだって人間で、性欲あんだよ、ヤりてぇんだよ! ×××してぇんだよ! F〇CK!」とぶちぎれた結果、婚姻などが認められることになった。今では多くの国が《聖女》の婚姻を認めている。他国ではあるが、複数の夫を持つ《聖女》などもいるほどだ。

 そんな事情もあって、アウラの夫の座を狙う人物は多い。家のことを考えればいつかはアウラも決めなければいけないことなのだが、今はまだその気もない。今回に関しても結局最後は一緒に来ていたエクレアが間に入って無理やり終わらせたのだ。


「はぁ、やっと終わったわね」

「あれなかったら後一時間は早く終わってたんじゃない?」

「言わないで、それはわかってるんだから」

「四大公爵だかなんだか知らないけど、アウラも大変だね。潰しちゃう?」

「絶対にやめて」

「アハハ、冗談だってば冗談。本気でそんなことするわけないでしょ。めんどくさいし」

「あなたがそんなことする人じゃないのはわかってるけど、一応は釘刺しておかないとダメでしょ」


 神殿や国やと様々なしがらみに囚われているアウラと違い、エクレアはあくまで自由だ。自由であることこそがエクレアが出したこの国にいる理由の一つなのだから。だからこそ、アウラが真に望めばエクレアがアウラを自由にするだろう。四大公爵であろうが、王族であろうが、戦い、そしてねじ伏せるだろう。しかしアウラはそれを望まない。そんなことをすれば国もエクレアも無事ではすまないのだから。


「でも結婚かー。アタシ考えたこともないや」

「そんなこと……あなただってもう少し大人しくして、言葉遣いを直して、作法を学んで、責任感をしっかり持って、だらしない生活を改善して、それから——」

「ストップ。もういいから。っていうかそれアタシには結婚できないって言ってるようなもんじゃん。別にいいけどさ、する気もないから」


 ちなみに、エクレアが《勇者》に選ばれた当初はアウラと同じように多くの結婚の申し込みがあった。エクレアが突きつけた条件はただ一つ。自分よりも強いこと。簡単なようで何よりも難しいその課題をこなせるものはおらず、結婚を申し込んできた僅かな勇気あるものはもれなく完膚なきまでに叩きのめされ、気付けばエクレアに近づこうとする男はいなくなったというわけだ。


「さ、無駄話をしてる時間はないですし。早くハルト君の所に行きましょう。イルにはもう話を通してあるんですね?」

「うん。アタシ達が戻って来るのが遅かったら先に後輩君の所に行くように言ってあるよ」

「それなら今頃はもうハルト君と一緒でしょうか……なんにせよ急ぎましょう。もうだいぶ時間が押しています」

「急ぐならアタシが運ぼうか?」

「どうやって?」

「こう……肩に担いで?」

「……遠慮しておきます」


 エクレアに肩に担がれながら運ばれる間抜けな自分の姿を想像したアウラは小さく首を振り、神殿への帰路を急ぐのだった。


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