第32話 ボーイミーツボーイ

 神殿を出たハルトだったが、そもそも外に出る予定でもなかったために持っていたのはリリアから常に持つように言われていた緊急用の僅かなお金だけだった。


「どうしよっか。どこかのお店に入って時間を潰してもいいんだけど……ちょっと手持ちが心もとないんだよね」

「うーむ、王都はなんでもかんでも高くてかなわんのぅ」


 ハルトに財布の中を見せられて小さく唸るリオン。リオンの言う通り、王都の物価は他の所に比べて高い。基本的に他の街や村から王都へと持ってきたものばかりなので、どうしても高くなってしまうのだ。今までずっと住んでいた街から出たことがなかったハルトも、そもそも物価など気にしたことがなかったリオンもこうして王都の物の値段を知って驚いたほどだ。


「主様が《勇者》として広く認知されれば《勇者》特権として安く買えたりせんかのぅ」

「さすがにそれは……普通にダメだと思うよ。流石に《勇者》だからってそこまで優遇されることはないと思うし。今みたいに神殿に泊まらせてもらってるだけでもありがたいことなのに」

「欲が無いのぅ。《勇者》なんぞという厄介事を押し付けられたのじゃからもっと欲深くなっても罰は当たらんと思うぞ?」

「そう言われてもこればっかりは性分だし。ボクのことを助けてくれてるリオンには悪いけど」


 申し訳なさそうにハルトは言う。《勇者》としての特権を振りかざせば今よりも良い生活を望むことはできるのだろう。しかしハルトはそれを良しとはしない。まだまだその《勇者》という職業に見合うだけの力も身に着けていないのだから。でもリオンは違う。ハルトに力を貸してくれているのはリオンの好意によるもので、しかしハルトはそんなリオンに何も返せてはいない。それがハルトには心苦しかった。


「妾のことなど気にせずともよいのだぞ主様。妾は主様の僕じゃからな。妾が主様の望みを叶えるのであって、主様が妾の望みを叶える必要はないのじゃから」

「そうは言っても……」

「どうしても気になるというのであれば妾の望みを一つ教えてやるのじゃ」

「うん、聞かせて」

「強くなることじゃ」

「強く?」

「うむ。主様と妾が共に強くなること。目指すは最強の座じゃ!」


 ビシッと天を指さし宣言するリオン。それこそがリオンの望みだ。契約者であるハルトが誰よりも強くあること。それをリオンは夢見ている。そして、それだけの資質がハルトにはあると信じているのだ。


「……まぁ、そのためには妾にもしなければならぬことがあるのじゃがな。今の妾では主様を十全に支えることはできぬのじゃ。悔しい話じゃがな」

「そんなことないよ。リオンがいなかったらボクはこうしてここにいることすらできなかったんだから」

「確かにそうも言えるじゃろうが。妾が完全であれば……あれほどまでに主様を傷つけることもなかったこともまた事実なのじゃ。今の妾は……力が欠けた状態じゃからの。いつかは取り返したいと思っておるが……なにせ手掛かりが一つもないからのう」

「リオンの力って……【カサルティリオ】にあった『憤怒の竜剣』とか『怠惰なる不死鳥』とかだよね」

「その通りじゃ。本来ならばあと五つあるのじゃが。どこにあるのやら」

「それって近くにあったらわかったりするようなものなの?」

「うむ。『原罪珠』と言ってな。なんとなくある場所はわかるのじゃが……細かい場所まではわからぬのじゃ」

「そうなんだ……ボクも探すの手伝うよ。というか、一緒に探させて欲しいな」

「……良いのか?」

「もちろん。だって、こうしてボクを助けてくれるリオンのことを助けたいし……何より、リオンが強くなってくれたらボクも助かるしね」

「ふふ、そうじゃな。では今回の一件が片付いたら一度本格的に探してみるとするかの」

「うん、そうしよう」

「差し当たっては……」


 ぐぅ、とリオンのお腹が小さく空腹を訴える。近くにいたハルトにももちろんそれは聞こえている。苦笑したハルトは近くにあった出店を指さして言う。


「軽く何か食べよっか。もうお昼だしね」

「面目ないのじゃ」


 ハルトとリオンが出店で軽食を買おうとしたその時だった、街の住人をすり抜けるようにして走ってきた少年とハルトがぶつかってしまう。まさか人が走って来ると思っていなかったハルトは思い切りぶつかって尻もちをついてしまう。そしてそれは相手も同じで、手に持っていた大きな袋を落としてその中身を転がしてしまう。


「うわっ!」

「うっ」

「主様、大丈夫か! この、お主どこを見て走っておるのじゃ!」


 ハルトが転んだことに怒ったリオンがフードを目深にかぶった少年に詰め寄る。


「リオン、ボクなら大丈夫だから」

「じゃが……」

「ボクが注意してなかったのが悪いんだよ。あの、すいません。大丈夫ですか?」


 ハルトは立ち上がって相手に向かって手を差し出す。


「あ、そ、その……ごめんなさい。全然前見てなくて……」


 差し出されたハルトの手をおずおずと握り立ち上がる瞬間に、被っていたフードがずれて顔があらわになる。その風貌はハルトと同じくらい年齢の少年だった。


「いや、こっちこそ全然気づけなくて、ごめんなさい」

「そ、そんな謝ることなんて、悪いのはこっちだから」

「いやいやボクが——」

「ううん、こっちが——」


 変な所で頑固な二人はお互いに謝り続け、一向に埒が明かない。それに腹を立てたリオンが二人の間に割って入る。


「いい加減しつこいのじゃ!」

「「あ、ごめんなさい……」」

「まったく、謝るのはそれまでじゃ。それよりこれはお主のなのじゃろう。早く拾わなくてよいのか?」

「あ、そうだった!」


 リオンに言われて少年は落としてしまったものを慌てて拾う。ハルトとリオンも手伝ったことで落としたものはすぐに集まり、無くしたものがないことを確認した少年はホッと息を吐く。


「すいません、手伝ってもらっちゃって。えと……」

「あ、ハルトです。ボクの名前。こっちの子はリオン」

「ハルト? ……あぁいや。ありがとうハルト君、リオンさん。僕の名前はガルっていいます」

「よろしくね、ガル君」

「よろしく頼むのじゃ」

「えへへ、よろしく……って、あ! 兄さんを待たせてるんだった。もう行かないと」


 少年——ガルはそう言ってサァっと顔を青ざめさせる。


「ごめんなさい、僕もう行きますね。それじゃあ、さようなら!」

「あ——」


 ハルトが呼び止める暇もなくガルは走り去っていく。その去り際にポケットから物を落としたことにガルは気付かない。


「ガル君! これ落として——」

「行ってしまったようじゃの」


 ガルが落としたのは装飾の施された腕輪のようなものだった。見るからに高そう、というか価値のあるものだとわかる。


「どうしよう……これ」

「うーむ……とりあえずあずかっておけばよいのはないか? 縁があればまた会うこともあろう」

「だといいんだけど……」


 ガルの走り去っていった方向を見ながら、ハルトは小さく呟く。

 こうしてハルトとガルは出会ったのであった。

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