第31話 入浴の時間

「アウラさん、仕事が一段落してから来てくれるそうです」

「そう。あの《聖女》様も何かと忙しいものね。特にこのパレード前の時期だと特に忙しいんじゃないかしら」

「なんだかボクのせいでアウラさんが忙しいと思うと申し訳ないですね。何か手伝えることがあるといいんですけど」

「ハル君のせいじゃないわよ。そもそも新しい《勇者》の誕生を祝うパレードをしたいって言い出したのは国の方なんだから。文句を言うならそっちに言ってもらわないと」

「確かにそうだけど……それをよく王女である私の前で言えるわね。まぁ事実だけど。あなたも気にすることはないわ。必要以上に気にしたって無駄なだけなんだから。それに、下手に手伝ったって邪魔になるだけよ」

「そうかもしれないですけど……」

「大丈夫よハル君、焦らなくてもゆっくり少しづつできることを増やしていけばいいの」

「あなた本当にハルトには甘いのね」

「姉は弟に優しくするものなのよ」

「その言葉、私の兄達にも聞かせてやりたいくらい。そうだ。結局アウラが来るまでにはまだ時間がかかるのね?」

「えぇ、はい。そのはずです。あ、あと話の時にイルも同席させたいって言ってたそうです」

「イル?」

「えっと今年新しく選ばれた新しい《聖女》の人です」

「あぁ、そういえばいたわね。すっかり忘れてたわそのイルっていう子は信用できる子なの?」

「はい。それは問題ないです。ボクも頼りにしてますし。ね? 姉さん」

「えぇまぁ、そうね。悪い子ではないし、信用はできる……少なくとも、秘密を無闇に言いふらすような子ではないわね」

「ふーん、なら構わないわ。使える人が増えるのはこちらとしても好都合だもの。さて、そうと決まったら」

「決まったら?」

「私もお風呂に入らせてもらおうかしら。魔法である程度はなんとかなっても、やっぱりお風呂自体には入っておきたいのよ」

「あ、そういえば……」


 ハルトとミスラが出会ってからミスラはお風呂に入っている暇などなかった。もちろん、それ以前もだ。体の清潔さは【生活魔法】でなんとかできるものの、それでも実際にお風呂に入る気持ち良さは感じられない。お風呂好きなミスラとしては我慢できないことの一つだった。


「す、すいません! 気が回らなくて」

「別に気にしてないわ。それよりも、そういうわけだからしばらく部屋から出ていてもらえるかしら?」

「?」

「わからない? まぁ、あなたのことだから大丈夫だとは思うけど、万が一があってはいけないのよ。王族の裸を見るのはそれこそ死罪なんだから。あなたにその覚悟があるなら私は構わないけど」

「え、あ、あ、す、すすすいません! すぐに出て行きますぅ!」


 ミスラの言っていることを理解して一瞬で顔を真っ赤にするハルト。もちろんハルトはミスラの入浴を覗く気など毛頭ないが、それでも万が一ということがある。


「それならハル君、ミスラの入浴が終わるまで私の部屋に来る? この部屋にはリオンに残ってもらえばいいでしょ」

「なんでじゃ! 言っておくがもうこれ以上妾は主様の傍を離れるつもりはないぞ。さきほどまでは仕方がないと割り切ったが、お主が来たのなら話は別じゃ。お主がこの部屋に残っていればよいじゃろう!」

「それこそあり得ないわ。あなたこそ邪魔しないでもらえる?」

「あ、あの! それじゃあ二人ともこの部屋に残ってもらうっていうのは……」

「「なしっ!」」

「ですよねー」


 バチバチと睨み合う二人に対して、おずおずと提案したハルトだったがその提案は一瞬で却下されてしまう。

 このままでは二人ともハルトについて行くと言いかねない。しかし王女であるミスラを一人にするのは良くないということはハルトにもわかっていた。


「そ、それじゃあ……姉さん、部屋に居てくれる?」

「え?」

「い、いやあのね。姉さんがこの部屋にいてくれたらボクも安心できるから。だからその……お願いできないかな?」

「うっ……」


 リリアの本音を言うならばハルトの傍にいたいのだが、ハルトからの直接のお願いをリリアは断れない。ハルトは何も悪くないというのに、リリアの気持ちを慮って申し訳なさそうな顔をしていることにリリアの心は激しく揺さぶられる。


(ハル君の傍にいたい、でも、でもぉ……無理! 私にハル君のお願いを断ることなんてできない! 申し訳なさそうに上目づかいで頼んでくる姿とかもう犯罪! 犯罪級の可愛さなんだけど!)


 荒ぶる自身の心を必死に鎮めながら、リリアは努めて平静を装う。


「そ、そうね。ハル君の言う通りかも。わかったわ。悔しいけど、ひっっじょうに悔しいけど、私はこの部屋に残るわ」

「うん、ありがと姉さん!」

「ふふん、主様のことは妾に任せておくがよいぞ」

「ハル君に何かあったら圧し折るからね」


 嘘でもなんでもないトーンでリオンに釘をさすリリア。リリアの優しさは大抵の場合ハルトにしか向けられないのだ。


「話はまとまったかしら? それじゃあ、一時間以上経ってから戻ってきなさい」

「あ、はい。わかりました」


 いい加減さっさとお風呂に入りたかったミスラはそう言ってハルトを部屋から追い出す。慌てて部屋を出たハルトだったが、一時間以上をどう過ごすかを全く決めておらず頭を悩ませる。


「どうしよっかリオン。一時間って短いようで長いんだよね」

「そうじゃのう。しかしこの神殿内では時間を潰す場所すらないからのぅ」

「そうなんだよねぇ」


 客人、という立場でもてなされている形のハルトは神殿内を自由に移動できるものの、どこか気が引けて利用できていない場所も多い。数少ない娯楽のある場所は常に神殿の誰かがいて、ハルトの姿を見ると必要以上にかしこまられてしまうために苦手なのだ。

 イルの所に行くというのも考えたハルトだったが、さすがに突然すぎるし嫌な顔をするのが目に見えている……と、ハルトは思っている。実際はハルトが突然訪ねてきたとしてもなんだかんだといいながら相手をするだろう。

 そんなことを知らないハルトはイルの場所に行くという選択肢をすぐに消す。


「では神殿を出て王都内に散策するというのはどうじゃ? 一時間もあれば新しい発見もあるやもしれん」

「それ、リオンが何か美味しい物食べたいだけでしょ」

「そ、そんなことはないぞ」

「うーん、でもそうだね。他にすることもないし……ちょっと街に行ってみようか」

「うむ! ではさっそく行こうぞ!」


 そしてハルトとリオンは街へと向かうことにするのだった。


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