第30話 アウラの心労

 アウラにミスラの話を伝えると決めたはいいものの、アウラは非常に忙しい。なんだかんんだと予定が入れられることの多い彼女は、今日も今日とて朝早くから神殿の関係者との会合や神殿にお祈りにやって来る人々への対応などなどやるべきことがこれでもかと詰め込まれていた。


「……ふぅ。いくらパレードを目前に控えているとはいえ、この忙しさは流石に堪えますね」


 朝の忙しさが一段落したお昼前の時間、アウラは予定と予定の合間にある僅かな休憩時間に昼食を兼ねた軽食をしている最中だった。忙しさには慣れているアウラではあったが、それでも疲れないというわけではない。アウラがなんでも引き受けるのを良いことになんでも任せてくる神殿側にも問題はあるのだが。それだけアウラは信用されている、そして十分な実績もあった。他国にも《聖女》の職業を持つ者はいるが、今や《聖女》といえばアウラのことだと言われるほどだ。


「うーん、この後は確か……ウルガノ様との話し合いかな。まだ時間に余裕はありますけど、早めに準備を始めておきましょう」


 ウルガノというのはこの国の四大公爵家の一つ、レイドバル家の当主の名前だ。この国の守護を担っている家で、今回のパレードでも警備についてはレイドバル家が一任されていた。今回の話合いをそのためのものだ。当日、王都内をどういうルートで移動するのか、どこにどれだけの警備を置くかなど、話し合っておかなければいけないことは数多くある。今回のパレードにおいて、神殿側の代表の一人にされてしまったアウラは当日の一連の動きを把握しておかなければいけないのだ。

 キョロキョロと周囲を見渡したアウラは誰もいないことを確認して机に突っ伏する。


「あー、もう疲れました。仕方のないこととはいえ、なんでもかんでも私に押し付けて本当にあの方たちは……仕事を半分、いえ三分の一でもいいから負担して欲しいです。心の底から」


 普段誰にも言えない愚痴を周囲に人がいないのをいいことに言い放つアウラ。アウラの自慢の一つである長く艶やかな黒髪も今だけは萎れ、輝きが損なわれているように見えた。


「これで素直に準備が進んでくれていたなら言うこともないのに……ミスラ様は依然として見つからないままですし。問題は山積みです」

「疲れ切ってるねー」

「っ!?」


 突如として聞こえてきた声に、それまでだらけた姿をしていたアウラが慌てて体を起こし、弾かれるように声の方を見る。


「あれ、ぐーたらタイムはもうおしまいなの?」

「あ……なんだ、エクレアですか」

「アタシで安心した?」

「安心……まぁそうですね。あなたでよかったです。でも私何度も言ってるはずですよ、気配を消して近づかないでくださいって。私は気配の察知とか得意ではないんですから」

「いやー、ごめんごめん。つい癖でさ。いつも魔物ばっかり相手にしてるから気配消すのが当たり前みたいになっちゃってて」


 人と接するよりも魔物と接する機会の多いエクレアは自分の気配を消すことに慣れきっていた。この癖がついたのはエクレアが《勇者》になる以前からなので、直そうと思ってもなかなか直せない。むしろ直す必要がないとまで言える。魔物との戦いにおいては一瞬の油断が命取りになりかねないのだから。


「まぁでもそのおかげで珍しいもの見れたしアタシとしてはラッキーかな」

「うっ……恥ずかしいから忘れてくださいっ!」

「えー、やだよー。項垂れてるアウラなんて滅多に見れないし。他の人に言ったりしないから大丈夫でしょ」

「そういう問題じゃ……あぁもういいです。あなたには何言っても無駄ですから」

「ここでさらに小言がないあたり相当疲れてるね。ホントに大丈夫?」

「えぇ、大丈夫です。心配させてしまって申し訳ありません」

「なんだったらサボっちゃえば? 別にアウラじゃなくてもできるんでしょ?」

「ふふ、ありがとうございます。でも本当に大丈夫ですから。こんなに忙しいのも今だけですし」

「でもアウラいつもそう言って無茶するから……アタシの前でくらいは気を抜いていいんだから」

「……その言葉だけで嬉しいですよ」


 エクレアの言葉に表情を綻ばせたアウラは感謝の言葉を伝える。エクレアにとって何より大事なのはアウラのことだ。そのアウラが疲れているのを見過ごせるわけがない。


「そういえば、何か用でもあったのですか?」

「用が無くてもアタシは会いにくるけど、今回は用有りだよ。後輩君がアウラのこと探してたからさ。アタシもアウラと話したかったし、ついでに探してあげるよって話になったわけ」

「ハルト君が私のことを?」

「うん。なんでも急ぎですっごく大事な話があるんだってさ。その内容までは教えてくれなかったけど。まぁ後輩君が嘘言うこともないだろうし、急ぎの用だってのは本当だと思うよ」

「私に急ぎの用ですか……」

「無理ならそう伝えとくけど?」

「……いえ、私の予感が行かなくてはダメだと告げています。ですがすぐには無理です。レイドバル家との話し合いが終わったらすぐに戻って来ますので、それからであれば時間を作れると言っておいてもらえませんか?」

「ん、りょーかい」

「それと、イルにも話せないかどうかだけ。もし大丈夫なようであればイルにも一緒に話しを聞いてもらうことにします」


 ハルトの話を聞かなくてはいけないというアウラの予感はもちろん的中しているのだが、まさかそれが王女に関することだとは夢にも思っておらず、そのことでさらに心労が増えることになるのをこの時のアウラはまだ知らなかった。

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