第29話 信じるか疑うか

「なるほどね。だいたいの事情はわかったわ」


 朝食を食べながら、リリアはハルト達に話を聞き大まかな事情を把握することができた。全ての話を聞いた後、リリアは思わず眉間に皺を寄せて考え込んでしまう。話の過程で聞いたミスラの持つ【未来視】のスキル。そしてその【未来視】によって知らされた魔族による王都襲撃の未来。急にそんなことを聞かされれば眉間に皺を寄せてしまうというものだ。

 その先、ミスラが見たもう一つの未来についてはまだ話していない。知っているのはまだミスラとリオンの二人だけだ。


「姉さんは……どう思う? パレードを中止にした方がいいと思う?」

「私の率直な意見を言っていいなら、パレードを中止させることに賛成よ。ミスラの【未来視】を信じるとして、ハル君が危ない目にあるとわかってるのに参加させるなんてお姉ちゃんとして反対だもの」


 リリアの判断基準において常に優先されるのはハルトの安全だ。パレードに出るカッコいいハルトを見たいという気持ちは確かにあるものの、ハルトの安全には変えられない。ゆえにもしハルトの安全が脅かされる可能性があるというのであれば、その可能性を取り除くのがリリアの姉としての務めだ。


「妾も主様がパレードに参加するのは反対じゃ」

「リオンも?」

「主様を守るのが妾の務め。主様が死地に赴くというのなら全力を尽くそう。しかし回避できるというのであればそれに越したことはないと思うのじゃ」

「これでこの場にいる三人はパレード反対という立場になったわけだけど……あなたはどうなのかしら?」

「ボクは……」


 リリア、リオン、ミスラの三人はパレードを開催すること自体に反対という立場を示した。しかし、それでもハルトにはまだ若干の迷いがあった。パレードに参加してみたいからなどという理由ではない。ハルトには一つ気がかりなことがあったのだ。


「もしボクがパレードに参加しなかったとして、それで魔族の襲撃は無くなるんですか?」

「それは……まだなんとも言えないわ。私が見たのはあくまで魔族がパレードを襲撃してくるという未来だけ。でも、あなたが狙いである可能性は高いと思っているわ」

「そうなのかもしれないですけど、パレードを中止しただけで襲撃が無くなるとは思えなくて」


 ハルトの懸念していることはそこだった。もしパレードを中止しても魔族の襲撃が止まらなかった場合、それでも被害は相当なものになるだろう。


「パレードを中止させることだけじゃなくて、魔族の襲撃を信じてもらうっていうことが大事だとボクは思うんです」

「……確かにあなたの言う通りよ。でもそれができなかったから、こうして可能性を一つずつ潰して行こうとしてるのだけれど」

「でも今はこの事実を知ってるのはミスラさんだけじゃないじゃないですか。ボクだって姉さんだって、リオンだって知ってるわけですし。アウラさん達にも事情を説明したらきっとわかってくれます」

「……あなたは随分と楽観思考なのね。それが悪いとは言わないけれど」

「え?」

「確かにあなたのように信じてくれる者は他にもいるかもしれない。でもね、ほとんどの人間は「何をふざけたことを言っているんだ」って思うのよ」

「そんなこと……」

「それが事実よ。そして今この部屋においてもそれは変わらない」

「どういうことですか?」

「……正直に聞かせてリリア、リオン。あなた達は私の言うことを信じてる?」

「……はっきり言うなら、半信半疑。いえ、八割疑っているわね」

「妾も似たようなものじゃ」

「そうなの?」

「え、そんな……どうして」

「この二人が動いてくれるのはあなたに危険が及ぶから。決して私を信じたからではないの」


 それが現実。リリアもリオンもミスラの【未来視】を信じ切ったわけではない。ただハルトの危険が及ぶ、その可能性を示されたから信じただけだ。もしこれがハルトではない全く関係ない人物のことであったとしたなら、二人ともあっさりと流していただろう。ハルトであったから、それだけなのだ。


「ごめんねハル君、さすがに何の確証もない話をはいそうですかって信じるわけにはいかないの……って、あ! 別にこの話を素直に信じてるハル君が悪いって言ってるじゃないの。むしろこういう話を素直に信じれるハル君も可愛いし、むしろ最高って感じだから。うん。ハル君はぜひそのままでいて欲しいな」

「……ま、とにかくそういうことなのよ。これが普通の反応。私の持つ【未来視】は、視る力はあっても、信じさせる力はない。可能性の話で動く人間がどれほどいるかという話なのよ」


 ミスラは自嘲気味に言う。まともに信じるハルトの方が稀有なのだと。


「国を、人を説得できるだけの言葉が私にはないの。自業自得とも言えるけどね。結局私も兄さま達の一緒で自分のことしか考えてなかったのよ」


 国民の信頼を得るだけの行動をしてこなかった己のせいなのだとミスラは言う。


「で、でもだからって何も言わなかったら変えられないじゃないですか! 今からだってきっと遅くないです! 信じてもらえなくても、伝えていかないと」


 信じてもらえない。だから伝えない。それでは何も変わらない、変えられないとハルトは訴える。そんなハルトの様子を見たミスラはフッと笑う。


「あなたは真っすぐね。羨ましくなるくらいに」

「そ、そうですかね?」

「えぇ。今どきこんな青臭いヒトがいるだなんて思ってなかったってくらいには。たまにはあなたのように動いてもいいのかもね」

「あの、ボク褒められてます? それともバカにされてます?」

「褒めてるのよ。これでもね。まぁ確かにこのまま何もしないで手をこまねいているわけにもいかないわ。あなた達の知っているなかで一番信頼できる神殿関係者って誰かしら?」

「それなら……アウラさん達になると思います」

「あんまり大人数に私の存在を知られるのはリスクも大きいけど、しょうがないわ。その人達を連れてきてもらえる? 巻き込んでやりましょう。私達の問題に……ね」


 そう言ってミスラは意地悪そうに笑うのだった。

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