第28話 縮まる距離

 ハルトが風呂を上がって部屋に戻ってきた時、目に飛び込んできたのはミスラとそしてまさかいるとは思っていなかったリリアの姿だった。

 それを見て焦るのはハルトだ。ミスラの存在がバレたからということもあるが、それよりもリリアの知らない女の子が部屋にいるのがバレてしまったというのが焦りの理由だ。何もやましいことなどないのだが、これも長年の経験故の焦り。もしリリアがミスラに不敬を働くようなことがあればただではすまないのだから。

 しかし、そんなハルトの心配は杞憂で終わった。何を言われるかを身構えたハルトだったが、意外にもリリアは普段通りの様子だったからだ。


「ごめんねハル君、勝手に部屋に入っちゃって」

「えーとその……それはいいんだけど……」

「そんなに身構えなくても大丈夫よ。ミスラから話は聞いたから。この子王女様なんでしょ?」

「うん。その……ごめんね、色々あって言えなくて……」

「ううん。いいのよハル君。ハル君が無意味に私に隠し事するわけないってわかってるもの。でも次からは何かあったら私にも教えて欲しいな。私はいつだってハル君の味方なんだから」

「私の時の対応と随分温度差があるわね」

「当たり前でしょ。ハル君を余計なことに巻き込もうとする人に優しくする義理は無いわ」

「ちょ、姉さん!」


 リリアのミスラに対する不敬ともいえる言い方に慌てるハルト。もしこれでミスラが機嫌を損ねるようなことになればどうなってしまうかわからない。ハルトの中で王族の機嫌を損ねるというのはそれこそ死罪に直結するというイメージを持っている。


「あのねぇ、あなたが私に……というより、王族にどんなイメージを持ってるかは大体わかるけど、そんなに気にしないから。それともあなたには私がそんなに酷いことをする人にみえるのかしら?」


 正直出会ってからそれほど時間の経ってないハルトからすれば王族というのはもはや別次元の存在で、それこそまだ自分の中にある王族のイメージは大きかった。しかし、聞いていたほど怖くないと思ったのもまた事実だ。自分の中にある王族へのイメージか実際に会って感じたミスラへのイメージか。どちらを信じるのかと言われれば、ハルトの中で答えは明快だった。


「そう……ですね。ミスラさんは聞いてたよりもずっと優しい人だと思います。それは間違いないなって……思ってます」

「ふん、よくわかってるじゃない。だからあなたもそこまで私にかしこまることないのよ。むしろもっとフランクにしてくれてもいいんだから」

「いえ、さすがにそれはちょっと……」

「私が気にしないと言ってるのに?」

「はい、ちょっとそれは……厳しいです」


 ミスラの人格を信じることができたとしても、それと態度を変えることができるのはまた別の話なわけで、ハルトにそんな度胸などあるはずがなかった。


「無理しなくていいのよハル君。ゆっくり少しづつ慣れて行けばいいの。ミスラもハル君に無理させないで」

「はいはい、わかったわよ」

「そういえばリオンは?」

「そういえば……どこに行ったんだろ」

「あの子なら私達の朝食を取りに行ったわよ」

「む、タイミング悪いわね。私もハル君を朝食に誘いに来たのに。リオンが持ってくるんじゃ意味ないじゃない」

「それならあなたもここで朝食を食べればいいじゃない。さっき出て行ったばかりだから今からなら追い付けるでしょ」

「……それもそうね。ちょっと行ってくるわ。話は朝食を食べながらにしましょう。色々と聞きたいことはあるもの。時間もかかるでしょうし」


 いうやいなや立ち上がったリリアは朝食を取りに行ったリオンを追いかけようとする。しかし部屋を出る直前、振り返って二人を、というよりもミスラに視線を向ける。


「まぁ王女様だから大丈夫だと思ってるけど、私がいない間にハル君に変なことしないでね」

「しないわよ」

「ならいいけど。それじゃあハル君、すぐ戻って来るから待っててね」


 ハルトとミスラは二人きりになる時間を極力減らしたいのか、リリアは朝の訓練の時よりも早い速度で部屋から走り去る。その後、部屋に残されたハルトとミスラの間に流れる微妙な空気。

 何か話さなければとは思うものの、会話内容が一切思いつかない。話しかけていいのか、黙っていた方がいいのか、ハルトの頭は軽く混乱状態になってしまっていた。


「……ねぇ」

「は、はい。なんですか!」

「そんなに固くならなくていいから……って言っても無駄なのよね。もういいわ。さっきあの人が言ってたみたいに少しづつ慣れて行けばいいわ」

「ど、努力します」

「ふふ、それできない人の言い訳にそっくりよ。ま、それはいいわ。あなたに少し聞きたいことがあるのよ」

「聞きたいこと……ですか?」

「あなた、お姉さんのことは好き?」

「え、は、はい?」

「だからあのお姉さんのことは好きかって聞いてるの」

「それはまぁ……好きですよ。いっつも頼りないボクのことを助けてくれて、こうしてボクが《勇者》に選ばれてからも変わらずにボクのことを守ってくれる。大事な、すごく大事な人です。まぁ、ちょっとボクのためにーって言ってやり過ぎちゃうこともあったりしますけどね」


 もしこの場にリリアがいれば人目もはばからず狂喜乱舞したであろう想いを話すハルト。もっとも、リリアがいたら恥ずかしくてとてもではないが言えないだろう。

 そんなハルトの言葉を聞いたミスラはフッと優しく笑う。


「わかるわ。少し話しただけでもわかった。あの人がどれだけあなたのことを大事に思っているのかってことがね。いいわね、あなた達は。私の所とは大違い」

「……ミスラさんも、お兄さんがいるんですよね?」

「えぇ。あなたのお姉さんとは違って、ろくでもない兄達だけどね」


 二人の兄の事を思い出したのか、優しい表情が一変し苦々しい表情になる。


「兄だなんだって言うけど、兄さま達は自分のことしか考えてない。いかにして自分が王になるかってことだけ。王城内でもいつも足の引っ張り合い。くだらない争いばっかり。だからこそ私も邪魔なのよ」

「ミスラさん……」

「ごめんなさい。こんな話を他人様に聞かせるものじゃないわね。それも王族の不仲の話なんて。民を不安がらせるだけだわ」

「いえ、そんなことないです」

「え?」

「その、ボクなんかでも話を聞くぐらいはできますから。それにしんどいこととかは話した方が楽になるって……姉さんが言ってました」

「……ふふ、そこでお姉さんの言葉って言わなければまだカッコよかったかもしれないのにね。ありがとう。でも大丈夫よ。それよりもあなた達姉弟の話を聞かせて欲しいわ」

「ボク達のことですか?」

「えぇ、まだ二人が戻って来るまで時間はあるでしょうし。いい時間つぶしになるでしょ」

「そんな話でいいなら……でも、面白い話なんかないですよ?」

「面白いかどうかを判断するのはあなたじゃないわ」

「わかりました。それじゃあ、まだ実家の方にいた頃の話なんですけど——」


 おずおずとリリアとの思い出を話し始めるハルト。そうしてハルトもまた少しづつミスラとの距離を縮めて行くのであった。

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