第27話 リリアと王女の邂逅

 ハルトの部屋にやって来たリリアが目にしたのは、リオンでもイルでもない、全く知らない少女の姿だった。


「……あなた、誰?」

「あなたは……」


 ミスラの存在を知らないリリアは警戒しながらミスラのことを睨む。対するミスラは突如部屋にやって来たリリアの存在に驚きつつも、どう対処するべきかということに頭を働かせる。

 お互いにお互いの存在を知っているわけではない、しかしミスラはリリアの声に聞き覚えがあった。それはちょうどハルトが朝の訓練に行く前の事。呼びに来たリリアの声をミスラは覚えていたのだ。

 リリアの方はといえば、全く予想もしていなかった出来事に若干頭を混乱させていた。ハルトを朝食に呼びに来たら見知らぬ女の子がいましたなどということになると思っていなかったのだからしょうがないといえばしょうがない。


(ど、どうしよう。とりあえず処す? いやいやいや、その判断はまだ早い。まだ早いから。まずはこの女の子が何者なのかを知ってからじゃないと。処すのはその後でも遅くないから)


 すでにミスラを処すことはリリアの中で決定事項になっていた。ハルトの部屋にリリアの知らない女がいたのだからリリアといては当然の判断ともいえる。たとえこの部屋にいたのがユナやフブキ、イルであったとしても厳しく問い詰めたことは確定であろう。


(そもそもリオンは何してるの。ハル君に変な女を近づけないって約束したくせに! 肝心な時にいないじゃないあの鈍ら剣!)


 もちろんリオンはそんな約束はしていない。リリアとリオンの関係において合致しているのはハルトのことを守るという一点においてのみ。しかしお互いに守りたい範囲が違った。変な女を近づけたくないというのは同じだが、リオンの場合はそこまで徹底してはいなかったのだ。

 何はともあれ、そんなリオンに対する苛立ちと目の前の状況がリリアの心を逆なでし、結果として全く見知らぬ少女であるミスラに敵意という形でぶつけることになってしまった。


「あの……あなた、ハル……オーネス君のお姉さん……よね」

「? そうだけど……どうしてあなたがそんなことを知ってるの?」


 リリアに敵意を向けられていることにミスラももちろん気付いている。そこに下手に触れてはならない感覚を覚えたミスラはできる限り下から、注意を払いつつリリアに話しかける。ミスラも王族として敵意を向けられることには慣れている。他国とのパーティの場に出席するようなことがあればそんなことは日常茶飯事だ。だからこそ対処方も心得ている。


「実は私昨日、その暴漢に襲われて……そこをオーネス君が助けてくれたの」

「ふーん……で、あなたの名前は?」

「私の名前は……」


 リリアの目はミスラが嘘を吐くことを許さないと訴えている。もしミスラの言葉の中に少しでも嘘を感じたのならばその段階でリリアにとってミスラは敵になる。

 ミスラは一瞬の躊躇の後、リリアに本当のことを告げることを決める。ここでこれ以上リリアの警戒心を高めるのは得策ではないと思ったということもあるが、どうせいつまでも自身の存在を隠しておけるわけでも、隠しておくつもりでもなかった。何よりも、リリアへの牽制の意味もあったが。


「私の名前はミスラ。ミスラ・エルシア・サニヴィル。この国の王女よ」

「っ!」


 これにはさすがのリリアも驚きを隠せなかった。まさか目の前の少女が王女だとは思いもしなかったからだ。アウラからいなくなったと聞いていた王女、それがハルトの部屋にいるということ。何がどうなってこんな状況になったのかはわからないが、ハルトが何やら厄介なことに巻き込まれようとしていることだけはリリアも理解した。


「はぁ……なんでまたそんなことになってるのか……っていうか、これのことね。ハル君が隠してたのは」

「私がオーネス君にお願いしたの。今はまだ私の存在を広めたくなかったから」

「ハル君らしいといえばらしいけど……何も私にまで隠さなくたっていいのに」

「悪かったわね。私のせいであなたの弟に余計な心労をかけたみたいで」

「えぇホントに。ハル君は繊細なんだから。あぁ可哀想なハル君。王女なんていう弩級の厄介事に巻き込まれるなんて」

「厄介事って……」

「実際そうでしょ。わざわざ隠れるように王城を出て、こんな所にまで来て、これで厄介事だと思わない人はいないわよ」


 リリアの言うことは事実なのだが、それを王女であるミスラの前で臆面もなく言い放つその度胸にミスラは思わず関心してしまっていた。


「あなた……私が怖くないの? 自分で言うのも変だけど、私王女なのよ?」


 ハルトがそうであったように、普通に人であればミスラの正体を知った時点でかしこまるものだ。リオンのような人ならざるものであればまだ理解できるのだが、リリアはそうではない。


「怖い? 私が怖がるのはハル君に嫌われることだけよ。別にあなたが王女だろうがなんだろうが関係ないわ。それよりも答えなさい、まさかハル君と一緒のベッドで寝たりしてないでしょうね?」

「は、はぁ!? こ、婚前の王族がそんなことをするわけないでしょう!」

「それならまだ……良くはないけど、良かったことにするわ。良くはないけどね。というか婚前うんぬん言うならそもそもハル君と同じ部屋で寝ること自体アウトでしょうに。ま、つまりハル君の操はまだ無事なのね」


 心底良かったという風に息を吐くリリア。その様子を見てミスラは思わずジト目になってしまう。


「あなた、私のことを何だと思ってるのよ」

「何って、突然ハル君の部屋にやってきた王女でしょ。しかも厄介事付きで。そういえばハル君は?」

「……今はお風呂に入ってるわ」

「あぁ、だからいなかったのね。ハル君はそんなにお風呂が長いわけじゃないから、もうすぐあがってくるでしょ」

「あなた……名前は?」

「そういえば言ってなかったわね。私はリリアよ。ハル君の姉よ。気になることはまだまだあるけど、また後でちゃんと聞かせてもらうから。全部ね」


 こうして、リリアとミスラの二人は出会ったのだった。

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