第26話 訓練のための呪具
ハルトとの訓練を終えた後、リリアは自分の部屋へと戻っていた。本当なら疲れ切ったハルトを部屋まで連れて行って、自らの手で直接手厚く労ってあげたかったリリアだったのだが、その余裕もないほどにリリアもまた疲弊しきっていた。
「はぁ、はぁ……」
周囲に誰もいないことを確認したリリアは思いっきりその場にへたり込む。
「あー! つっかれたぁ! もうやだ、あれぶっ壊してやろうかなホントに」
思わず天を仰いで叫ぶリリア。本当ならここまで疲弊するほど本気でやるつもりは無く、それなりで済ませるつもりだったのだが気付けばいつもよりも数段厳しい訓練にしてしまっていたのだ。リリアは手と首につけていた装飾品を外してベッドに放り投げる。
それを外した瞬間、それまでリリアの体を襲い続けていた倦怠感が一気に無くなる。リリアがつけていたのは『封魔の腕輪』と『鈍重の鎖』と呼ばれる呪いのアイテムだ。呪い、といってもそれほど重度のものではなく気軽に取り外しできるものなのだが。効果は単純でそれぞれ「魔力行使の不安定化」と「体が重くなる」というものだ。それぞれ両親から譲り受けたもので、マリナから『封魔の腕輪』をルークから『鈍重の鎖』を貰っていたのだ。単純だからこそ効果は絶大で、最初にこれをつけた時リリアはまともに動くこともできなかった。『鈍重の鎖』で重くなった体を魔力で強化して動かそうとしても『封魔の腕輪』の効果でまともに魔力を行使できず、身体強化もできなかった。
今はもう普通に生活するには問題ないほどには慣れていたが、さすがに訓練の時に身に着けていればその疲弊感は半端ではない。
「ハル君にツラいことを押し付ける自分への免罪符としてあれつけてるけど……さすがにちょっと効き過ぎかな」
訓練のために身に着けていったのは初めてだったのだが、その効果はリリアの予想以上だった。正直、途中でクラクラして倒れそうになったほどだ。ハルトの前では意地でも顔に出さなかったが。
「うん、でもこれなら私ももっと強くなれるかも。昔お父さん達からこれ貰った時は軽く殺意湧いたけど、まぁ今役に立ってるからいいか」
ハルトが強くなりたいと願っているのと同様に、リリアもまた強くなりたいと願っている。ハルトの前に立ち塞がる壁を全て打ち砕けるように。そのためにもこの呪具は持ってこいだったと言える。
「すぅ……ふぅ、よし。だいぶ体力戻って来たかな。もっと早く体力を回復させれるようにならないと。ハル君の所に行って一緒に朝ごはん食べようっと」
今ならまだハルトも朝食を取っていないはずだと思ったリリアはすっと立ち上がり部屋を出ようとする。が、ドアノブに手をかけた所で自分の服が汗で濡れていることに気付く。
「……さすがにこれはダメか。汗だけ流しとこ」
ささっとお風呂に入ったリリアは着ていた服を洗濯籠に入れ、クローゼットへと向かう。ちなみにリリアは部屋の中を裸で移動できるタイプの人間だ。実家に居た頃、マリナに何度も注意され、ハルトに懇願されてようやく人の目があるところでは裸で歩き回ることをしなくなったリリアだが、こうして神殿で自室が与えられた今リリアを注意する人はいない。
「……ん、また胸大きくなったかも。はぁ、これ大きくなると戦う時邪魔なんだけどなぁ」
ふと鏡に映った自分の姿を見たリリアは自分の胸の大きさを確認してため息をつく。その様すら絵画のように美しいというのだから美人というのは恐ろしい。鏡に映るのは誰もが羨むであろう美貌を放つ存在。軽く水の滴り、しっとりと濡れた髪が普段とは違う妖艶さを演出する。
「エッッッロッ! って言いたいけど、自分の姿だからなぁ。さすがに何とも思えないし……そこまでナルシストにはなれないかなぁ。この胸見てもなんとも感じない当たり、もう男としての感覚とか消えてるのかな。イルとかその辺どうなんだろ。また聞いてみよ」
境遇は違えど、同じ男から女になった存在同士。イルが自分の体を見てどう思っているのかふと気になったリリアは今度聞こうと思った。
そんな半ばどうでもいいことに思考を張り巡らせつつ、着替えを終えたリリアは今度こそ改めてハルトの部屋へと向かうのだった。
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「お腹が空いたわ」
ハルトがお風呂に入っていたちょうどその頃、ミスラが突然そんなことを言い出した。
「なんじゃと?」
「だから、お腹が空いたって言ったのよ」
「それを妾に言ってどうするのじゃ? まさか用意しろとでも?」
「そう聞こえるように言ったつもりだったのだけど、伝わらなかった?」
「なんで妾がお主の分まで用意せねばならんのじゃ」
「私が用意するわけにはいかないでしょう。気軽にこの中を歩き回れるわけじゃないんだから。だったらあなたについでに用意してもらうのが妥当でしょう?」
ミスラの言う通り、今はまだミスラの存在を神殿の人間に知らせるわけにはいかない。つまりミスラはハルトの部屋から出ることができないのだ。それがわかっているからこそ、ミスラはリオンに対して自分の分の朝ごはんを用意するように言ったのだ。
「まぁ、あなたが用意したくないならいいわ。ハルトに頼むから」
「んなっ!?」
「しょうがないでしょ。私だってお腹は空くもの。昨日は王城を出てからはろくに食べれてもいないし。私が頼めるのはあなたかハルトだけで、あなたが断るならハルトに頼むしかないでしょう」
「うぐぐ……」
ミスラの言うことは聞きたくない、しかしだからと言って疲れているハルトをミスラのために動かしたくはない。そんな二つの思いに挟まれてリオンは唸る。しかし、結局は自分の感情よりもハルトのことを選んだ。
「わかったのじゃ。主様の朝食を用意するついでにお主の分も用意してやる」
「あらそう。悪いわね」
「ふん、部屋から出るでないぞ」
「わかってるわよそんなこと」
心底嫌そうな顔をしながらも、リオンはハルトとミスラの朝食を用意するために部屋を出て行った。
それから数分後、ハルトの部屋のドアがノックされ返事をする前にドアが開いてしまう。
「あら、ずいぶんと早かった……って、え?」
「……あなた、誰?」
そこに立っていたのはリオンではなく、ハルトのことを朝食に誘いに来たリリアであった。
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