第25話 強さへの道
リリアとの訓練後、ズタボロになりながらもなんとか王都まで戻ってきたハルトは部屋に戻って来るなりぐったりとソファに倒れ込んだ。
ボロ雑巾のようになっているハルトを見て驚くのは部屋にいたリオンとミスラだ。優雅に紅茶を飲んでいたミスラもさすがに手を止めてハルトの元へとやって来る。
「これはまた主様よ……手酷くやられたものじゃのう」
「これ全部訓練の傷? 毎日こんな訓練してたらパレードの前に死ぬんじゃ……ってそうじゃなくて。死んじゃうわよ?」
「いえ、その……いつもはここまで厳しい訓練はしないんですけど……今日はちょっと特別です」
「主様よ、さすがにそのままの姿では休めまい。まずは体の汚れから落として来たらどうじゃ? 中々に泥まみれじゃぞ」
「そうだね……昨日からお風呂に入れてないし。もう少ししたらお風呂に入るよ」
「うむ。そうするがよい。妾は風呂の準備をしておこう」
「なに、この程度感謝されるほどのことでもない。妾は主様の僕じゃからのう」
そうは言ってもハルトに礼を言われたのが嬉しかったのか、ルンルンと浮足立った様子でお風呂の準備に向かうリオン。その様子を見ていたミスラは呆れたようにため息を吐く。
「あの子、ホントに私とあなたで態度が全然違うわね。他の人にもそうなの?」
「あぁいえその……すいません。でもあれで結構優しい所もあったりするんですけど」
「あなたに対してだけは、でしょう。まぁそんなに気にしてないわよ。むしろあれだけストレートだと好感が持てるくらい。城の連中はどいつもこいつも私を通してお父様のことを、権力しか見てないのよ」
「ミスラさん‥…」
「なんて愚痴を言ってもしょうがないわね。忘れて頂戴」
「あの……ミスラさんは……嫌いなんですか? そういうお城でのこととか……そういうの」
「え?」
「あ、ちょっと……気になっちゃって。すいません。急に変なこと聞いちゃって」
「急になにを聞いてくるかと思えば……まぁいいわ。確かに好きではないわね。当たり前でしょ。王城では誰も私のことなんて見てない。そんな人達のことを好きになれだなんて……私は聖人君子じゃないもの。兄様達は王になりたいみたいだから、そんな人たちにでも愛想良くしてるけど……私には無理よ。気に入らないものは気に入らないから。そうね、ついでに今私が気に入らないと思ってることも教えてあげましょうか?」
「気に入らないこと……ですか?」
「何かわかる?」
「えーと……すいません。わからないです」
「それよ」
「え?」
「あなたのそうやってすぐに謝るところ。さっきからすいませんすいませんって……あなたは謝り人形か何か? 違うでしょ。あんまり意味なく謝られると腹が立つのよ。わかったかしら?」
「あ、すいま……じゃなく、わかりました」
「気をつけなさい。謝罪の言葉は使い過ぎれば価値が薄れるものよ」
「はい。覚えておきます」
「わかればいいわ。それじゃあ、さっさとお風呂に入ってきなさい。ちょうど準備できたみたいよ。泥臭いままの姿で私の近くをうろつかないで」
「うろつくも何もここは元々主様の部屋じゃろうに図々しい……まぁよい。主様よ準備ができたぞ。ゆっくりと疲れを癒してくるがよい。その間に朝ごはんを部屋に持ってきておこう」
「ごめ……じゃなく、ありがとリオン。それじゃあ行ってくるね」
着替えを持ったハルトはそのまま部屋に備え付けられている風呂へと向かう。神殿内部には多くの部屋があり、多くの者が住んでいるわけなのだが、部屋に風呂が付いている部屋というのはそれほど多くはない。それ以外の部屋に住む者達は神殿内にある大浴場を利用しており、そこが交流の場の一つとなっている。もしそこが利用できれば同年代の友人が増えそうなものだが、《勇者》という立場上気安く利用できないというのが現状だ。
そんなわけでハルトは今日も一人寂しく風呂に入るのだった。
「いたたた……姉さん結構思いっきり攻撃してきたからなぁ。あれでも手加減はしてくれてるんだろうけど」
シャワーを浴びながら痛みに顔をしかめるハルト。手加減されていたとしても木剣で殴られれば痛いというのが当たり前だ。限界ギリギリまで体力を削って訓練した結果の疲労感はまだ残っている。正直今のハルトは気を抜けばすぐにでも寝てしまいそうなほど疲れ切っていた。
「まだ朝なのに……今日一日大丈夫かな。ミスラさんのこともあるし……あぁダメだ。全然頭が回らない。朝ごはん食べてから考えよう」
ミスラの問題はさておいて、ハルトが思い出すのは今朝の訓練のことだ。その中でリリアが最後に見せた新しい技『空風花』。それがずっとハルトの頭の中に残っていた。
「『空風花』……か。あれがボクが次に覚える新しい技だって姉さんは言ってたけど……ボクに覚えられるかな」
最後にハルトが放った『地砕流』。あれはあの時出せる全力の一撃だった。正直もし当たっていればリリアといえどもただではすまないであろうだけの威力はあった。もちろん本当に当たるとは思っていなかったが。そしてそのハルトの予想は正しく、しかし予想以上の結果でハルトに帰ってきた。
「なにされたかすらわからなかったけど。確かにボクは姉さんに向けて木剣を振り下ろしてた。でも、気付いたらボクは宙を舞ってて、地面に叩きつけられてた。この技を覚えたらボクは……また一つ強くなれるのかな」
ハルトに示された新たな強さへの道。『空風花』がどんなものなのかということに思いを馳せていた。
だからこそハルトが気付かなかった。知らなかった。風呂の外、ハルトの部屋の中で問題が発生していたということに。
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