第20話 魔族の兄弟

 ハルトが《勇者》であると知った少女は、驚愕に目を見開き思わず叫んでしまった。その後、ハッと我に返った少女は周囲を見渡し先ほどの騎士達が戻ってこないことを確認すると何度か深呼吸して息を整える。


「今言ったこと……ホント?」

「え、あぁ……うん。嘘はついてないけど」

「こ、この頼りなさそうなのが……」

「頼りなさそうって……いや、そうなんだけど」


 少女のあんまりと言えばあんまりな物言いに、それまで黙っていたリオンがとうとうキレた。


『なんなのじゃこの小娘はさっきから! 黙って聞いておれば主様のことを情けないだのなんだのと!』

「何よこの声……どこから聞こえてるの?」

「あ、ごめん。これだよ」

「……剣?」

『いかにも! 妾こそ主様を守る絶対の剣! その名も【カサルティリオ】じゃ!』

「あなたの名前なんてどうでもいいわ」

『なんじゃと!』

「でも……そうね。喋る剣の存在……それは確かに《勇者》の持つ聖剣の特徴の一つ……いいわ、信じてあげる」

「えーと、ありがとう……でいいのかな。それで、君は? どうしてボクのこと探してたの?」

「……私の名前はミスラ。ミスラ・エルシア・サニヴィルといえば……わかるかしら」

「ミスラ? え、ちょっと待ってその名前ってもしかして……」

「その通り、私こそこのシスティリア王国の第一王女よ!」

「……えぇえええ——むぐっ!」

「大きな声を出さないで!」


 目の前の現実があまりにも衝撃的すぎて、思わず叫びそうになったハルトの口を少女——ミスラが塞ぐ。そっちだってさっき思いっきり叫んだじゃないかとか、目の前にいるのが王女だとわかったら誰だって驚くと言いたいハルトだったが、王女に向かってそんなことを言えるはずもなく。頑張って声を押し殺すハルト。


「全く、不用意に叫んだらあいつらに見つかるでしょ。少しくらい考えなさい」

「ぷはっ、ご、ごめんなさい……いやでもその、まさか王女様がこんな所にいるなんて思わなくて……」

「そりゃそうでしょうね。私だって用がなければこんな時間にこんな所をうろついたりしないわ」

「えーと……」

「はぁ、別に私が王女だからってそこまで怖がらなくていいから。とって食うわけじゃないし。あんまりオドオドされるとイライラするのよ」

「ご、ごめんなさい」

「まぁいいわ。あなたが本当に《勇者》なら私の目的も果たせそうだし」

「そうでした。ミスラ様の目的ってなんなんですか?」

「私の目的は一つ……今度行われるパレードを中止させることよ」






□■□■□■□■□■□■□■□■□


 その少年達は、王都から遠く離れた国の、とある村にいた。一人は背が高く、その風貌は一言で言うならば不良。粗野な目つきと乱雑なままの髪型が少年の雰囲気の悪さを助長させている。もう一人の少年は対照的だった。背はそれほど高くなく、オドオドと周囲を伺っている。誰の目にもわかるほどに気弱な少年だった。少年達の名前はガドとガル。纏う雰囲気はまったく異なれど、れっきとした兄弟であった。

 兄であるガドは後ろを歩く弟のガルに苛立たし気な目を向ける。


「おい、ちんたらしてんじゃねーよ!」

「ご、ごめんなさい」

「ちっ、たくよぉ……おめぇのしけた面見てるとイライラすんだよ。あんまりオレを怒らせんな」

「う、うん、わかった……」

「はぁ、だりぃ。なんでオレがこんなつまんねーことしねーといけねぇんだよ」

「に、兄さん……そのことなんだけど……」

「んだよ」

「そ、その、《魔王》様から連絡があって……すぐに、システィリア王国の王都に向かうようにって」

「はぁ!? お前ふざけてんじゃねーぞ! なんでそれを早く言わねぇんだよ!」

「ご、ごめんなさ……で、でも兄さんが伝えようとしたら聞く気分じゃないって言うから……」


 ガルは《魔王》であるレイハから連絡が会った時、もちろんすぐにガドに伝えようとした。しかし、その時特に理由もなく機嫌の悪かったガドが聞くことを拒否したのだ。その後も何度か伝えようとしたガルだったが結果は同じ。むしろしつこいガルに対し、ガドが苛立ちをさらに募らせるだけの結果となってしまった。どちらが悪いのかといえば、ガドが悪いとなるのだろうが、そんなことはガドには関係ない。ここにいるのはガドとガルだけで、そして彼らは兄弟で、その上下関係は絶対なのだから。


「あぁ? オレのせいだって言いてぇのか?」

「ひっ……ち、ちが……うぐっ!」


 ガドの目に剣呑な光が宿ったことに気付いたガルが慌てて否定するが、時すでに遅し。避ける間もなくガドの膝蹴りがガルの鳩尾に入る。苦しみに悶え苦しむガルだったが、ガドは気にした様子もない。むしろ蹲るだけのガルのことを虫けらでも見るような目で見ているだけだ。


「オレの言うことは絶対だ。わかってんだろ?」

「……ぁ……は、はい」

「ちっ、だったらさっさと立てよ。殺すぞ。そこに転がってる人間どもみてぇになぁ」


 ガドの言葉に嘘はない。それがわかっているガルは痛みも忘れて慌てて立ち上がる。それを見たガドはふん、と鼻を鳴らしさっさと歩きだしてしまう。その後に追随するガルはチラリと後ろを一瞥する。そこには、人であったもの、が大量にあった。何も知らない者がこの状況を見れば目を疑うだろう。最早肉塊と化しているそれはとても人であったとは思えない。ガドとガルがいるのは村だ。正確には、村であったものだ。最早ここに住んでいる人はおらず、人のいない場所は村とは言えない。老若男女関係なく、殺されてしまった。そしてこの惨劇を生み出したのはガドとガルだ。

 理由などありはしない。もし問えばガドは言うだろう「ムカついただけだ」と。

 一瞬だけギュッと目を閉じたガルは忘れようとするように頭を振り、ガドの背を追いかける。


「システィリア王国の王都のかぁ……さぞかしいっぱい人がいるんだろうなぁ。ククク、アハハハハハハ!! どれだけ殺せるか、今から楽しみだなぁ! クハハハハハハハ!!」

「…………」


 誰もいなくなった村の中に、ガドの哄笑だけがいつまでも響いていた。

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