第19話 謎の少女の探し人

「ふぅ、な、なんとかなった……のかな」

『うむ、問題なかろう。完全に沈黙しておるぞ』


 男達を倒したハルトは、リオンの言葉を聞いて今度こそ完全に気を抜く。《勇者》になって以降、ゴブリンやロックゴーレムとも戦ったことのあるハルトだが、戦うという感覚にはなかなか慣れることができないでいた。


『まぁまぁ及第点といったところじゃろう。まだまだ動きに無駄はあるがの』

「ボク……人と戦ったの初めてだよ」

『そうなのか?』

「うん。だからかな。まだちょっと手が震えてる」

『うーむ。こればかりは慣れろとしか言えぬな。主様よ、敵は魔物だけとは限らぬ。今回のように人が立ちはだかることもあろうからな』

「……そうだね。そんなことない方がいいんだろうけど。って、あ、そうだ! あの女の子は!」


 追いかけられていた女の子の存在を思い出したハルトがハッと振り返る。そしてハルトは思わず息を呑んだ。その少女は夜の街の中にあってなお映える赤髪をたなびかせ、髪と同じ赤い瞳は美しい輝きを放っていた。姉であるリリアにも引けを取らぬほどの美貌、存在感にハルトは呑まれていたのだ。

 しかし、その少女はハルトのことを仏頂面で睨みつけていた。余談だが、これほどの美しさになれば仏頂面でも美しいのだということをハルトは知った。

 声を掛けようとするが、上手く言葉が出てこない。


「えっと……あの、その……」

「一分」

「え?」

「あなたがその男達を倒してから私のことに気付くまでにかかった時間よ。何が言いたいかわかる?」

「えと……ごめん、わからない……かな」

「この私を、一分も待たせたと言ってるのよ!!」

「……はい?」

「何をポカンと間抜けな表情を浮かべているのよ。いい? 至高なるこの私の人生における一分をあなたは無駄にしたのよ。これはもう重罪よ」

「えぇ……」


 あまりにも理不尽な物言いにハルトは呆然とするしかない。


『なんじゃこの女は……助けてやったというのに失礼な』

「その、ごめんね。気付くのに遅れちゃって。怪我とかしてない?」

「してるわけないでしょ。この私の体に傷をつけるなんて、神ですら許されない所業だもの。もしその男達が私に傷つけていたら塵一つ残さずこの世から消し去っている所よ。この私のあまりの美しさに惹かれてしまうのは仕方のないこととはいえ、捕まえて売り捌く? あぁ思い出したらまた腹が立ってきたわ。その男達まだ生きているんでしょう?」

「う、うん。気絶してるだけで……って、危ないよ! なんで近づくの」

「決まってるでしょ。切り落とすのよ」

「切り落とすって……何を?」

「何をって……ナニよ。あなたも男ならついてるでしょう」

「え……いやいやいやいや! ダメだって!」

「命を奪うとまで言わないだけマシでしょう。本来なら死罪でも生ぬるいことをしようとしたのだから。でもこの私が温情をかけてあげようというのよ?」

「死ぬから、それされたら普通に死んじゃうから!」


 気絶した男達のナニを切り落とそうとする少女のことを必死に引き留めるハルト。その騒ぎを聞きつけたのか、それとも元から誰かがもうすでに呼んでいたのか遠くから憲兵の人と思しき声が近づいて来る。


「こっちの方か!」

「そのはずです」

「……ちっ、もう来たのね。ちょっとこっちに来なさい」

「え? でも」

「いいから!」


 少女に引っ張られ、家の陰へと隠れさせられるハルト。するとその直後、ハルトの想像とは違い、鎧を着た騎士のような男達がその場に現れる。


「騒ぎがあったのはこっちの方だと聞いたが……ん、なんだこの男達は」

「全員気絶してるな。もしかしたら何か知っているかもしれん。連れていけ」

「「ハッ!」」


 部下と思しき男達が倒れて気絶していた男達を回収してどこかへと連れて行く。


「しかしよりにもよってこの時期に……面倒なことをしてくれる」

「嘆いても仕方ないだろう。王都から出ている可能性は低いんだ。しらみ潰しにでも探していくぞ」

「わかってる」


 男達がいなくなるまでの間、ハルトはずっと少女に口を塞がれたまま動きも封じられていた。そして、男達が完全にいなくなったことを確認してようやくハルトは解放される。


「もう大丈夫そうね」

「ぷはっ、どうして急に隠れる何て……それにさっきに人達は? 君の知り合いなの?」

「うるさいわね。聞きたいことがあるなら一つずつにしなさい」

「あ、ごめん。えっとそれじゃあどうして急に隠れようなんて言ったの?」

「なんでそれをあなたに教えなきゃいけないのよ」

「えぇ! 一つずつ聞けっていったのはそっちなのに」

「えぇ言ったわ。でも質問に答えるとは言ってないわ」

「そんな……」

「……ふぅ、冗談よ。あなた男のくせに情けないわね。もっとドシっと構えることくらいできないの?」

「うぐっ……それはわかってるけど……」

「まぁいいわ。細かいことは言えないけど、私は訳あってあの男達に見つかるわけにはいかないの。あいつらに見つかる前に会わなきゃいけない人がいるのよ」

「会わなきゃいけない人?」

「あなた、《勇者》って知ってる?」

「え、まぁそれは……うん」


 知っているというよりも自分自身が《勇者》ですとは言えないハルト。少女に向かって「ボク実は《勇者》なんだ」と言えるほどハルトはまだ自分が《勇者》であるということに慣れてはいない。それにこの国において《勇者》と言えばハルトのことではなくエクレアのことを指すのだから。


「エクレアさんのことだよね。【紫電】って呼ばれてる」

「違うわよ。私が言ってるのはもう一人の《勇者》のことよ」

「え?」

「私は彼に、一刻も早く会わないといけないの……って、どうしたのよ。そんな間抜けな顔を晒して」

「えっと……君が探してるのは、エクレアさんじゃなくて。もう一人の《勇者》なの?」

「えぇそうよ。そう言ってるじゃない」

「名前は……ハルト・オーネス?」

「そうだけど……どうしてあなた知ってるの? まだ名前までは広まってないはずなのに」

「えっとその……ボク……なんだ」

「? 何がよ?」

「ボクの名前……ハルト・オーネス」

「…………は?」


 狐につままれる、とはまさにこのことなのだろうという表情を晒す少女。しかしハルトも似たようなものだ。まさか目の前の少女が自分のことを探しているなど思いもしなかったのだから。


「あなたが……ハルト・オーネス?」

「うん」

「つまり……新しい《勇者》?」

「そうなる……かな」

「……えぇぇぇぇぇぇぇえええ!?」


 少女の驚きに満ちた声が、夜の街に響き渡った。

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