第18話 姉の隣に立つために
夜になり、ハルトはリオンと一緒に体力づくりと気晴らしを兼ねて王都の街を走っていた。気晴らしというのは他でもない、リリアとリオンのことだ。部屋に戻った後もあの二人はことあるごとに睨み合い、その間に挟まれるハルトは二人を止めることもできるはずもなかった。
二人ともハルトのことを思ってくれているのは理解している。だからこそハルトとしてはもう少し二人に仲良くして欲しいというのが本音だった。
「ねぇリオン、もう少し姉さんと仲良くできない?」
『無理じゃな』
「即答なんだ」
『そりゃそうじゃろう。あやつはこともあろうに妾の事を使われるしか能のない剣と言いおったのじゃぞ? そう易々と許せるものか。それに主様を守るのに妾は必要ないなどと……あぁ! 思い出したらまた腹が立ってきたのじゃ!』
リリアに言われたことを思い出し、再び苛立ちだすリオン。ちなみに今のリオンは剣の中にいる状態だ。一緒に走るのは面倒らしい。
「姉さんのあれは昔からだから……」
『昔から……のう。そもそもあの女はなんなのじゃ、なぜあそこまで主様に固執する』
「それは……なんでなんだろう」
改めてリオンに言われて考えてみるが、リリアがハルトに対して過保護になった理由など思い当たる節がない。ハルトの記憶にある限りリリアは昔からハルトに対してだだ甘で、過保護でハルトに近づこうとする人は男女問わず厳しい目で見る人だった。
「でも姉弟ってそういうものじゃないの?」
『主様よ……それ本気で言っておるのか?』
「やっぱり普通じゃないのかな」
『少なくとも普通ではないじゃろう。何があやつをそこまで駆り立てるのかは知らんがな。あやつの主様への執着は異常と呼べる領域にあると思うぞ』
「…………」
『あぁいや、別に主様の姉を悪く言っておるわけではないぞ。確かに妾はあやつのことが嫌いじゃが、主様を害する意思はないようじゃし……その、なんと言えばいいのじゃろうか』
「ううん、大丈夫だよリオン。気にしてないから」
少し言い過ぎたかもしれないと思ったリオンは慌ててそう取り繕う。リオンも別に口でいうほどにリリアのことを嫌っているわけではない。リリアが心の底からハルトのことを愛しているのも理解している。そして、ハルト自身がリリアのことを慕っているということも。だからこそリオンの言葉でハルトが気分を害したのではないかと思ったのだ。
しかし、ハルトが気にしたのはそこではなかった。少しの沈黙の後、ハルトは走る足を止めて口を開く。
「ねぇ、リオン。ボクって……頼りないのかな?」
『うん?』
「姉さんがボクのことに対してあそこまで過保護なのってやっぱりボクが頼りなくて弱いせいなのかなって思ってさ」
『それは……』
「ボクがもっと強くて、それこそエクレアさんぐらいに強かったら……って思っちゃってさ。言っても意味のないことなんだけど。ボクはね、姉さんのことが好きだよ。優しくて綺麗でカッコよくて、いつだってボクの味方で……でもだから、ボクにもっと頼りがいがあれば姉さんのことを助けられるのにって……」
ハルトにとってリリアは自慢の姉だ。だからこそ、ハルトは自分の弱さが嫌だった。何もできない自分が情けなくてしょうがなかった。
「昔からのことだから、どこか諦めちゃってた所があったんだけど……こうして《勇者》になって、ボクはきっかけを手に入れた。強くなるためのきっかけを。剣の訓練ができるようになったのも《勇者》になったおかげだしね。だからボクは強くなりたい。もっともっと強く。自分だけじゃなくて誰かを助けられるくらいに、姉さんの隣に立てるくらいに」
『……誰かのために強くなりたい、そう思う気持ちは間違っておらんぞ主様よ。じゃがしかし主様の考えには一つ間違いがあると思うぞ』
「間違い?」
『あやつは……リリアは主様が頼りないから過保護になったわけでも、守ろうとしているわけでもない。純粋に主様のことを愛しておるからじゃろう……と、妾は思うぞ』
「……ありがとリオン」
『気にするな。しかし男として強くなりたいと思うのは間違ってはおらぬ。それに今の主様には妾がおるのじゃ。誰よりも早く、誰よりも強くなれるぞ。妾が保証しよう。あのエクレアとケリィという小娘など目じゃないほどにな!』
「そうだね。ボク頑張るよ。もっともっとね」
『その意気じゃ……うん? 少し待て主様よ』
「どうかしたの?」
『南西の方角から誰かがこちらに近づいておる……これは……追われておるのか?』
ハルトが走っている間、不審な人物が近づいてこないように周囲を警戒していたリオンがその警戒網に人の姿をとらえる。
『追ってる人の数は三人……いや、四人かの。すみやかにこの場から離れることを推奨するぞ主様よ』
「え、いやでも」
『誰が追われているのかもわからぬのじゃ。知らぬことには関わらぬが吉じゃ。もし追われているものが犯罪者じゃったらどうする』
「そうかもしれないけど、その逆もあるかもしれないし。確認するぐらいしとたほうが……」
『それで妾が優先するのは主様の安全じゃ』
「……いや、ボクは行くよ。どうせ後で気にするくらいなら今確認する」
『あっ! 待て、待つのじゃ……あぁもう。どうなっても知らんからな!』
リオンが言った方向へと走り出すハルト。リオンは止めようとするものの、剣の状態ではそれすらもできない。それから少しもしない内に、追われている人の姿が見える。追われているのはハルトと同じくらいの少女だった。その後ろから追いかけているのは明らかに柄が悪そうな男達だった。
「この……しつこいのよあなた達!」
「どこの貴族の嬢ちゃんか知らねぇが、王都の中でも人気の少ねぇ場所を一人で歩いてたことを恨むんだな!」
「あひゃひゃ! 安心しろって、俺らぁ優しいからよぉ!」
「手荒な真似されたくなかったら大人しく捕まれやぁっ!」
ここまでくればどちらが悪者でどちらを助けるべきかなど子供でもわかる。あのままでは遠からず少女は捕まるだろう。そうなった後どうなるかなど想像に難くない。緊張に震えそうになる手を気合いで抑えて、ハルトは剣を握る。
『行くのか主様よ』
「う、うん。見捨てるわけにはいかないよ」
『……見てしまったからのう。しょうがないのじゃ。だとすれば短期決戦じゃ。数が不利であるということを忘れてはならんぞ』
「すぅ……行くよリオン!」
『わかったのじゃ!』
気合いと共にハルトは飛び出し、少女と男達の間に割って入る。
「ま、待て!」
「? あなたは……」
「あん? なんだおめぇは。そこどけ殺されてぇのか!」
「きひひ、待てよ兄貴。こいつよく見たら結構可愛い顔してんぜ」
「うわ、おめぇそういう趣味かよ。でも確かに言う通りだな。とっ捕まえたら物好きな貴族にでも売れるか?」
「決まりだぁ。おめぇも捕まえてやるよ。だが、腕の一本や二本は覚悟しろよ!」
「やっちまえおめぇら!」
『なんとも不愉快な奴らめ……気を抜くなよ主様!』
「うん。君は下がってて!」
男達は小型のナイフのようなものを持ち、襲い掛かって来る。ハルトは少女に離れるように言った後、剣を構えて魔力をその身に纏う。
『相手の獲物はナイフか。懐に潜り込まれては厄介じゃ。近づけさせるでないぞ。それと、一人に意識を集中しすぎるな、個ではなく全を見るのじゃ。相手は魔力を纏うことすらしておらぬ素人じゃ。主様の技量でも問題なく倒せる。じゃが気を抜くなよ』
リオンのアドバイスを聞き、ハルトは正面にいた男に狙いを定める。狙いはリオンに言われた通りの短期決戦。相手が油断している隙に倒すことだった。
(まずは一人倒す)
呼吸を整えたハルトは足に魔力を集中させて一気に踏み込む。
「なぁっ!?」
急にハルトが目の前に現れたかのように見えたことに男達は驚き、動きが一瞬止まる。その隙にハルトは剣の柄で男のことを殴り昏倒させる。
「うぐぁっ!」
「まず一人」
「てめ、この野郎!」
仲間の一人がやられたことで激昂したもう一人の男がナイフを手に斬りかかって来る。しかしその動きは魔力で身体強化しているハルトにとっては非常に緩慢な動きだ。男の持つナイフを剣で弾き飛ばし、その鳩尾に蹴りを入れて飛ばす。壁にぶつかった男は気を失ったようでぐったりとして動かない。
「これで二人!」
「挟み撃ちにしろ!」
「おう!」
流れるような動きであっというまに仲間のうち二人を倒されたことに警戒したのか、リーダーと思われる男が指示を出しハルトは左右から挟まれる形になる。
ハルトのことを仕留めようと突っ込んでくる男達。その挟撃に対してもハルトは焦ってはいなかった。
連携も何もない男達の攻撃。タイミングのずれを見極めたハルトは隙間を縫うようにして攻撃を避け男達の持つナイフを蹴りあげる。男達は急に止まることもできずそのままぶつかり合ってしまう。
「がっ!」
「いだっ!」
「これで……終わりだ!」
ハルトは倒れた男達の首筋に剣の柄を叩き込んで昏倒させる。この間三十秒足らず。完全に沈黙した男達を前に、ハルトは警戒を解きホッと息を吐くのだった。
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