第17話 もしもクロに落ちたなら

「王女様が……ミスラ様がいなくなった……か」


 アウラからの説明を受けた後、部屋はリリア、ハルト、イル、リオンだけが残っていた。アウラとエクレアはパレードに向けてまだまだ仕事があるということで嫌がるエクレアを引っ張って出て行った。タマナとパールも仕事があるということでこの場には残らなかった。


「イルさんは王女様と面識があるんだっけ?」

「あるっていっても少しだけどな。家の関係で話したことがあるってくらいだ」

「へぇそうなのね。そういえばイルの家って四大公爵家なんだっけ」

「そういえばって……結構な名家だぞ。普通ならオレとお前達はこうして話すことすらできないくらいなんだからな」

「でも今はマースキン家じゃなくてアウラの家の子なんでしょう?」

「うぐっ、そ、そうだけどよ……」

「じゃあ今のあなたはマースキン家じゃないんだから気を使う必要はないわね。まぁ、マースキン家だったとしても関係ないけど」

「いやそこは気にしろよ。オレみたいな優しい奴だったらいいけど……」

「え、イルさんが優しい?」

「オレみたいに優しい奴だったらいいけど! 他の四大公爵家にはもっと性格の悪い奴だっているんだから、話し方には気をつけろよ」

「それくらいわかってるわよ。それにしてもマースキン家……ねぇ」

「どうかしたのか?」

「……いえ、どこかで聞いたことがある気がしただけよ」

「あ? そんなの聞いたことあるに決まってるだろ。四大公爵家なんだからな」

「そういうことじゃなくて……あぁ、もういいわ。思い出せないなら大したことじゃないだろうし。必要なら思い出すでしょ」


 マースキンという名がどうにも頭に引っかかっていたリリアだが、どれだけ頭を捻っても思い出せずさっさと諦める。思い出せないことはさっさと忘れる。リリアはいつもそうしているのだ。


「それに今の問題はあなたの家がどうこうじゃないでしょ。王女様がいなくなった。それをどうするかって話」

「そうだよ。王女様がいなくなるなんて大問題だし。今はまだ知ってる人が少ないみたいだけど、もし広まったら大変なことになるよ」

「だからアウラもオレ達にしか話してないんだろ。神殿でも王宮でも知ってる奴は一部だけみたいだし」

「王女……か。誘拐でもないとの話じゃったが、自主的に姿をくらましたということかのう」

「そんなことをする方だとは思えないんだけどな……」

「でも気分屋で自由奔放なんでしょう?」

「いや、そうなんだけどよ……」


 イルの知る限り、ミスラは気分屋で自由奔放な性格ではあるのだが王女としての自覚と責任はしっかりと持っているように見えていた。だからこそ急に姿をくらますようなことをするとは思えなかったのだ。


「まぁオレもミスラ様についてそんなに詳しく知ってるわけじゃないからなんとも言えないけどよ」

「いなくなったことも問題だけど、パレードの方をどうするかってのも問題なんでしょう。件の王女様が王族代表で出ることになってたんだから」

「このまま見つからなかったら他の王族の方になったりするのかな」

「それも考えられるけど……どうだろうな。見つからなかったらそれどころじゃないかもしれねぇし。延期か‥…最悪中止なんてことになるかもな」

「せっかくのハル君の晴れ舞台を王女がいないなんて理由で潰させるわけにいかないでしょ!」

「おわっ! 急に怒るなよ……」

「何としてでも王女を見つけてやるわ」

「城の兵士達で見つけられねぇもんをオレ達で見つけれるとは思えねぇけどな。そもそもミスラ様のお顔とか知ってるのか?」

「そういえば……知らないわね」

「だろうな。ミスラ様は自分の姿を撮られるのを嫌われるお方だし。民衆でも知ってる奴は少ないだろうよ。公の舞台に出てきたのも数えられるくらいだ」

「そんな人がどうして今度のパレードに出る気になったのかしら」

「そんなの知るわけないだろ」

「王女様……無事だといいんだけど」

「ハル君……見ず知らずの王女のことまで心配してあげるなんて。ハル君の優しさは天井知らずね」

「いや、お前のハルトへの評価がばがば過ぎるだろ」

「まぁなんにしても王城の者達が王女を見つけるのを待つしかなかろう。妾達は準備を進めておくしかあるまいよ」

「そうだな。気は進まないけどそれしかねぇか。ハルトも色々気がかりだろうけどちゃんと準備は進めとけよ。前日になって何も覚えてませんとかしゃれにもならねぇからな」

「うん、わかってるよ。イルさんに迷惑かけないように頑張るから」

「はぁ、あのなぁそうじないだろ」

「え?」

「オレへの迷惑なんか考えてんじゃねーよ。オレはただお前ができることをちゃんとやれって言ってんだ。その結果でオレに迷惑かかったとしてもオレは気にしねーから。ハルトもそんなことは気にすんな……って、何笑ってんだよ」

「ううん。でも、ありがとうイルさん」

「お、おう……わかればいいけどよ」

「「…………」」


 嬉しそうに笑うハルトを見て、顔を少し赤くしながらそっぽを向くイル。そこはかとなくいい雰囲気の二人をリリアとリオンは揃ってジトーっとした目で見つめる。


「ねぇリオン、どう思う?」

「……グレーじゃのう。でもこの調子では先は怪しいかもしれぬのじゃ」

「奇遇ね。私も同意見よ」

「今の内に釘をさしておくべきじゃと思うのじゃが」

「まぁ落ち着きなさい。力押しだけが全てじゃないわ。イルは事情が事情だし。すぐに気持ちが傾くということもないでしょう」

「しばらくは静観ということか?」

「あまり無茶をしてハル君に怒られたくもないしね。でももしこれから先イルがクロに落ちたならその時は……ふふふふ」

「容赦はせんのじゃ。ククク……」


 どす黒い笑みを浮かべるリリアとリオン。その笑みを向けられたイルはわけ知らず悪寒に襲われるのだった。

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