第15話 喧嘩するほど仲が悪い

 ハルトが戻ってきた後、リリアは自分がいなかった間にハルトが何をしていたのかということを聞いていた。もちろん今度は流石にハルトを膝の上に乗せたりはしていない。


「へぇ、それじゃあ昨日は皆で王都の探索してたんだ」

「うん。リオンが王都を見たいって言ってたし、ボクもどこに何があるかくらいは知っておきたかったから」

「なるほどね。それはいいことだけど……」


 ハルトが前日にしていたことを聞いたリリアは少しムスッとした表情になる。


「できれば私がいる時にして欲しかったわ。まぁいなかったらしょうがないのはわかってるけど」

「ご、ごめん……今度は姉さんも誘うからさ。すごくいいお店を見つけたんだ。獣人の人達がやってるケーキ屋でね、『キャッツ・アイ』っていうんだけど。すごく美味しかったんだ」

「ホントに? 絶対? 約束だからね」

「う、うん」

「やった♪ 今からその時が楽しみだわ。なんだったら今から行ってもいいくらいだけど」

「そ、それは流石に……今日はアウラさんから話があるって言われてるし」

「そうなの? 残念だけどしょうがないわね。あ、でも私もハル君に一つお土産があるわよ」

「お土産?」

「物じゃないんだけど。お父さんからね、ハル君に教えてあげられそうな剣技を教わってきたの。また明日からの訓練で覚えましょうね」

「新しい剣技かぁ。どんな技なの?」

「それは今は秘密。でも今のハル君ならきっと使いこなせるようになるわ」

「うん、頑張るよ!」


 リリアが強くなりたいと願ったのと同様に、ハルトもまたダミナでの一件を経て強くなりたいと思っているのだ。今のハルトには何もかもが足りない。実力も経験も、誇れるものはないもないのだから。だからこそハルトは身につけられるものはなんでも身につけたいのだ。


「そういえば、さっきからずっと黙ってるけどどうかしたのリオン?」


 部屋に戻って来て以降、なぜかずっと黙ったままのリオンを不審に思ったハルトが問いかける。いつものリオンであるならばなんだかんだと騒がしくしているのに、今はベットで何かを考え込んだまま一言も話さない。


「ん、あぁなんでもないのじゃ」

「ならいいんだけど。いつもならもっと騒がしいのに静かだから何かあったのかと思って」

「何か……のぅ」


 そこで一瞬リオンとリリアの視線が交差する。その視線に込められた意味をリオンはもちろん理解している。もし余計なことを少しでも言えば圧し折るぞ、と脅している目だ。それを無視するほどリオンは命知らずの子供ではない。


「……いや、なんでもないのじゃ。それよりも妾が少し黙っておるだけで心配するとは主様は随分心配性じゃのう。そんなに妾のことが気になるのか?」

「いや、別にそういうわけじゃないって!」

「恥ずかしがることはないぞ主様よ。お主の気持ちはよーくわかっておる。なにせ妾と主様は契約、魂で繋がっておるのじゃなからな。つまり、この世で最も主様の力になれるのは妾ということじゃ!」


 リオンは命知らずではなかった。が、しかしやられたまま黙っているほど大人でもなかった。もちろんリリアもそれを聞いて黙ってはいない。


「それは私に対する挑戦と受け取っていいのかしら?」

「なんのことじゃ? 妾おかしなこといったかのぅ。事実しか言っておらんはずなのじゃが」

「さすが骨董品は考え方が偏狭ね。契約してる程度で私よりもハル君の力になれると勘違いするなんて。この世で一番ハル君の力になれるのは姉であるこの私を置いて他にないのよ」

「それこそ偏狭な考えというものじゃろう。姉だからなんじゃ。それで命を救えるのか? 否、断じて否じゃ。この世において最も主様の力になれるのはお主ではない、この妾じゃ!」

「使われるしか能の無い剣如きがぬけぬけと……」

「その剣如きがいなければ主様は今ここにおることはできんかったわけじゃがな」

「…………」

「…………」

「……ハル君のことで私に正面から喧嘩売ってきた子は久しぶりだわ。上等じゃない。あなたにわからせてあげる。どっちが上かってことをね」

「ふん、舐めるなよ小娘。妾とお主では年期というものが違うのじゃ!」


 再びバチバチと睨み合う二人。どうにもこうにもリリアとリオンは相性が悪いらしい。どちらもハルトを守りたいという思いは同じなのだが、それゆえに譲れない一線というものがあるのだろう。


「二人とも落ち着いて。これからボク達長い付き合いになるんだからもう少し仲良くしようよ」

「……この子と?」

「こやつとか?」

「嫌な顔しないでよ。はぁ、先が思いやられるというかなんというか……」

「ちょっと、あなたのせいでハル君が疲れた顔してるじゃない」

「何を言うか、お主のせいじゃろう。いい歳した姉がベタベタとくっついてきたら誰だって嫌に決まっておるじゃろう」


 ハルトが仲裁に入ったことで一瞬喧嘩を止めた二人だったが、結局再び言い合いを始めてしまう。見方を変えれば息が合っているように見えなくもない二人だが、リリアとリオンが分かり合える日がやって来るのはいつになるのか。それは誰にもわかるはずはなく、ハルトはそんな二人の様子を見て深くため息を吐くのだった。






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「おい、見つけたか!」

「いやまだだ、もっとよく探せ! まだ近くにいるはずだ!」


 男達の焦ったような声が裏路地に響く。見れば男達は鎧を身に纏っていて、その鎧に書かれている紋章から王城に勤めている兵士であることがわかる。精強なことで知られている王宮の兵士達だが、今はまったく余裕が見られない。

 兵士達は周囲を探索した後、再び慌てたように走り去っていく。その様子を物陰から見ていた一人の少女は兵士達が完全にいなくなったのを確認してから外に出る。


「ふぅ、さすがにゴミ箱の中までは確認しなかったみたいね。よいしょっと」


 そう、少女が隠れていたのはゴミ箱の中だった。とても人が入るような場所ではなかったが、それでも確実に身を隠すために少女はそこを選んだのだ。


「きったないわね。まぁ、でも身を隠せたから良しとするわ」


 キョロキョロと周囲を確認した少女は人がいないことを確認して走り出す。


「早く《勇者》を……ハルト・オーネスのいる場所に行かないと」


 そして少女もまた、裏路地の闇の中へと消えていったのだった。

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