第14話 魂の形

 わちゃわちゃとした姉弟の戯れの後、ようやく正気を取り戻したリリアはハルトのことを膝上に乗せて座っていた。膝の上に乗せられたハルトは顔を赤くしながらも、無理やり振り払うこともできずにジッとしていた。


「あの……姉さん?」

「なぁにハル君」

「なんでボク姉さんの膝の上に乗せられてるの?」

「あのねハル君、私昨日一日ルーラに戻ってたでしょう?」

「うん」

「つまり昨日一日ハル君と離れてた私にはハル君分が不足してるの。それを補充するにはハル君を抱きしめるのが一番早いのよ」

「聞きたくないけど……そのハル君分って何?」

「私が私であるために必要なものよ。もし枯渇したら……」

「したら?」

「死ぬわ」

「死っ!?」

「そ、だからお姉ちゃんが生きていくために後もうしばらくはこのままねー」

「いやその、リオンもいるし恥ずかしいんだけど」


 先ほどからジトーっとした目でハルトのことを見ているリオン。それがハルトの羞恥心を限界まで高めている要因だった。


「気にすることないわハル君。あれはただの置物。そう思えばいいんだから」

「いやいや無理だから!」

「そうじゃ! 妾は置物ではないのじゃ! というかお主なんなのじゃ、帰ってきたかと思えば主様にベタベタ、ベタベタと。主様が嫌がっておるではないか!」

「嫌なのハル君?」

「え……」


 ハルトは嫌、というほどではないが恥ずかしいとは思っていた。もう年頃の男なのだから過度な接触をされればそう思うのも無理はないだろう。しかし、ウルウルと潤んだ瞳でリリアに見つめられてそれを素直に言えるほどハルトは大人ではなかった。


「嫌では……ない……です」

「ふふん」

「今のは思いっきり言わせたじゃろうが!」

「そんなことないわ。それよりあなたこそなんなの? ここはハル君の部屋なんだけど」

「妾はリオン。主様の契約者にして、至高の剣【カサルティリオ】の剣精霊じゃ!」

「それは知ってる。ダミナから帰る時にも聞いたもの。そうじゃなくて、なぜあなたがこの部屋にいるのかと聞いてるの」

「むろん主様がいるからじゃ。主様のいる場所こそ妾のいるべき場所。妾は常に主様の傍におるのが使命なのじゃから」

「却下で」

「却下とはなんじゃ! お主に言われる筋合いはないわ!」

「あるわよ。私はハル君のお姉ちゃんだもの。ハル君に近づく存在は必ず精査するわ。私の許可も得ないままにハル君と同室なんて認めるわけないでしょ」

「はん、姉だからなんじゃ。妾と主様はすでに一心同体。姉弟など超えた縁があるのじゃから、お主の言うことを聞く筋合いなどないのじゃ」

「む……それは聞き捨てならないわね。姉弟を超える縁なんてあるはずないでしょ。姉弟こそ至高の関係。何人たりとも踏み入ることはできない不可侵の絆なんだから」

「笑わせるでないのじゃ。妾と主様は魂で結びついておる。この絆こそ何人も踏み入ることのできない縁なのじゃ!」

「…………」

「…………」


 ハルトを挟んでバチバチと睨み合う二人。間に挟まれているハルトはあまりにも殺伐とした雰囲気に胃が痛くなりそうだった。これ以上自分に矛先が向くことなく終わって欲しい、ただただハルトは神にそう祈った。


「ハル君はもちろん私のことを選んでくれるわよね?」

「主様はもちろん妾のことを選ぶじゃろう?」


 神はいなかった。


「ボ……」

「「ボ?」」

「ボクには選べませーーーーん!!!」


 言うやいなやハルトはリリアの目にも止まらぬほどの速さで部屋から飛び出して行ってしまった。


「あ、ハルく……ちょっと意地悪し過ぎたかしら」


 リリアに構われて困っているハルトが可愛すぎてついつい意地悪してしまったリリアだったが、今回は流石に度が過ぎたと若干反省する。


「すぐに戻って来るでしょうけど。戻ってきたら謝らないと」

「……おい、お主よ。リリアじゃったか?」

「そうだけど……何?」


 リリアがチラリと視線を向けると、そこには先ほどまでよりも真剣な表情でリリアのことを見ているリオンの姿があった。


「お主……何者じゃ」

「どういうこと?」

「とぼけるな。妾には魂が見える」

「…………」


 その一言でリリアはリオンの言いたいことを理解した。同時に、彼女が何を警戒しているのかということも。


「あの小娘、イルと似て非なる魂。あやつは職業神によって《聖女》に選ばれたがゆえに女の体になったと聞いた。しかしお主はなんじゃ。お主の魂は男のそれに近い。しかしお主は女じゃ。それが妾には解せぬ。そのような魂を妾は見たことがない」


 リオンにとって守るべき最優先はハルトだ。そのハルトの傍にいるリリアが異様な魂をしていれば警戒するのは当然ともいえる話だ。ダミナではシアの体を奪ったワーウルフのような事例もあったのだから。


「……あなたは異世界の存在を信じる?」

「異世界?」

「こことは全然違う世界。魔法も無くて、魔物もいなくて、獣人もエルフもドワーフも魔人もいない、そんな世界」

「そんな世界があるのか?」

「あるのよ。そして、私はその世界から来た。気付けばこの世界に生を受けていた。あなたが私の魂が男のようだと言うのは、元の世界では私が男だったからでしょうね」

「にわかには信じがたい話じゃが……だとすれば納得もいく。お主の魂が男のようなのも、この世界の者とは少し違う形をしているのも」

「まさか魂が見える、なんて理由でこのことがバレるとは思ってなかったけどね」

「このことを主様は……」

「知らないわ。そしてこれからも教える気はない。知る必要はない。あなたもハル君に余計なこと言わないでね」

「クフフフ、それは妾の気持ち次第と言うものじゃのう。お主には散々バカにされたからのぅ」

「圧し折るわよ」

「フハハハハ! ただの人に妾を折ることなどできるはずが——」

「ふん!」

「いっったぁあああいのじゃあああ!!」


 置いてあったリオンの本体、【カサルティリオ】を握ったリリアは姉力を解放して力を込めて握る。ミシミシと音を立てるのと同時、意地悪く笑っていたリオンが痛がって転げまわる。


「ホントに感覚繋がってるのね」

「いだだだだだ! はな、放すのじゃ!」

「じゃあ黙っててくれる?」

「わかったのじゃ、言わないのじゃ!」

「それじゃあ放してあげる」

「うぅううう、まだ痛い……お主、どんな馬鹿力しておるのじゃ」

「私は普通よ、普通」

「普通の奴は妾を折ろうとすることなどできぬのじゃ」


 非難がましい目で睨んでくるリオンのことなどどこ吹く風といった様子で気にも留めないリリア。


「あなたさっき聞いたわね、私が何者かって」

「ん? あぁ、確かに聞いたのじゃ」

「その答えは簡単よ。例え私の魂が男だろうが、この世界の人のものじゃなかろうが。今も昔も、そしてこれから先、未来永劫私はハル君の『姉』であり続ける」

「お主……」

「話はこれでおしまいよ。さっきも言ったけど、ハル君には私のこと秘密だからね」

「……あぁ、わかったのじゃ」


 そしてリリアはこれ以上話すことは無いとリオンから視線を外し、部屋の中にあった本を読み始める。そしてそれからハルトが戻ってくるまでの間、二人は一言も言葉を交わすことなく時間を過ごすのだった。

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