第13話 リリア、王都への帰還
「よっと……はぁ、やっと王都に着いた」
時刻は10時過ぎ、本当ならもっと早く戻るはずだったのに不意に起きてしまったアクシデントのせいでリリアは戻って来るのが遅くなってしまったのだ。
その不意に起きてしまったアクシデントとは、
「うぷ……転移酔いした……気持ち悪い……すいませんリリアさん、このまま神殿まで運んでもらっても……」
「ふん」
「ぶぺっ」
朝ごはんを食べ過ぎたミレイジュが動けなくなってしまったという非常にしょうもないアクシデントだった。体調が万全ではないミレイジュをリリアは無理やり門まで連れて行き、【転移魔法】を使わせたのだ。そのせいでミレイジュは体調が悪くなってしまったのだが。
リリアは担いでいたゴミを見るような目で見て、そのままミレイジュをポイっと地面に投げ捨てる。
「いったぁ……何するんですかぁ」
急に地面に投げ捨てられてしまったせいで受け身をとれず、顔面から地面に衝突したミレイジュがリリアのことをそう非難する。
「ミレイジュさんが動けなくなったのは自業自得でしょ。あんなに注意したのに食べ過ぎで動けなくなるとか」
「いやぁ、だってご飯美味しいんですもん。ついつい食べすぎちゃって」
「限度があるでしょ限度が!」
「こと食事において、私は我慢しないと決めてますから」
無駄にキリっとした表情でそう宣言するミレイジュにリリアがこめかみをピクピクと引きつらせる。
「そ、そんな怖い目で見ないでくださいよぉ……あ、でもなんか逆に気持ちいいかも、私新しい扉開いちゃうかも……」
リリアの蔑みの視線にゾクゾクとした快感を覚えそうになってしまうミレイジュ。最早何を言っても無駄そうなミレイジュの様子に怒ることも馬鹿らしくなったリリアは深くため息を吐く。
「とりあえずこうして王都まで無事に帰ってこれたことは感謝してるけど、色々と差しい引いてプラマイゼロ。つまり、私がこれ以上ミレイジュさんに何かすることはないから。後は勝手に仕事場に戻ってこき使われてちょうだい」
「そんなご無体なぁ。少しの間とはいえ一緒にいたじゃないですかぁ。袖振り合うも他生の縁って言いますし、仲良くしてくれても損はないと思いますよぉ。ほら、私エリートですし」
「自分からエリートって言わないでよ……まったく」
「いやぁ、私できちゃう子なのは事実ですからぁ」
そう言ってミレイジュは呑気に笑う。お前のようなエリートがいてたまるかと言いたいリリアだが、事実としてミレイジュはエリートなのだから手に負えない。リリアがタマナから聞いた話では、《神宣》を受けてからわずか三年で《職業》を昇華させた偉業の天才。それがミレイジュ・アルフレッドという少女なのだ。【転移魔法】という扱いの難しい魔法を覚えた理由も「移動が楽になると思ったから」という聞く人が聞けば卒倒してしまうほどにふざけた理由だった。
「もう……わかった。わかりました。神殿まで連れていけばいいのね」
「はい、お願いしますぅ」
「りょーかい。よっこらしょっと」
ミレイジュを運ぶことに決めたリリアは、普通に背負うのではなく、肩に担ぐようにしてミレイジュを持ち上げた。
「え?」
「それじゃあ走るから。舌噛まないでね」
「いやあの、この運び方だと肩がお腹に当たってダメージが……それに走るって、今揺らされたら戻しちゃうんですけど! ちょっと、聞いてます? リリアさん? せめて走るのだけは勘弁してぇえええええ!!」
ミレイジュの言葉を無視して走り出すリリア。ミレイジュの悲痛な叫び声が王都に響き渡るのだった。
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肩に担がれ、走って運ばれてグロッキーな状態となったミレイジュを元の仕事場に預けたリリアは一目散にハルトの部屋へと向かった。
もはやリリアの中に残っていたハルト分が枯渇寸前で、今にも正気を失いそうだったからである。ミレイジュの扱いが雑だったのにも、その辺りが少しだけ起因している。ほとんどはミレイジュの性格のせいなのだが。
ハルトの部屋にたどり着いたリリアは、ノックすることもなくドアを開ける。
「ハル君っ!」
「うわっ、びっくりした! って、姉さんか……帰って来てたん——うわぁあああ!」
「あぁハル君ハル君ハル君ハル君! 本物だぁ。会いたかったよぉ、つらかったよぉ、さみしかったよぉ。お姉ちゃん帰ってきたよハル君、ハル君がいないツラい夜も乗り越えて帰ってきたんだよぉおおお!!」
抱き着く、というのは生ぬるいほどの勢いでハルトの事を抱きしめたリリアは不足していたハルト分を補充するために全力で抱きしめる。
「わぷっ、ね、姉さん。胸が当たって……くる、苦しいから……」
一方のハルトは、そんなリリアの奇行には今までの人生で慣れてしまっているものの、ここまで熱烈なのは久しぶりで、しかも顔が胸に埋められてしまったせいで苦しいやら恥ずかしいやらでドギマギしてしまっていた。
しかし忘れてはならない、この部屋にはハルト以外にもう一人、もう一剣いるということを。
「お主帰ってきたかと思えば急に何をしとるのじゃぁあ!」
リリアの胸の柔らかさを感じつつも徐々に窒息し始めていたハルトに気付いたリオンが慌ててハルトからリリアを引き離す。
「主様を殺す気かお主は!」
「失礼ね。そんなわけないでしょ。私は足りなくなったハル君分を回収しようとしただけよ」
「なんじゃその意味わからん成分は。ともかく主様が苦しがっておったじゃろう。妾が引き離さなければ——」
「あ、ごめんねハル君お姉ちゃん気付かなくて。苦しかった?」
「妾の話を最後まで聞かんかい!」
「こほっ、こほっ……だ、大丈夫だよ。ちょっと苦しかったけど……」
「そう? ハル君が優しい子で良かった。次からは気を付けるわね」
「無視か、妾のことは無視なのか」
「いやその、できれば抱き着くのは止めてくれると嬉しいなって……ほらその、ボクももう十五歳なんだし……ね?」
リリアがどれだけ自分のことを愛してくれているかというのはハルトだってもちろん理解している。他の同年代の姉弟と比べてもその愛が明らかに突出しているということも。もちろんそれが嫌だとか恥ずかしいというわけではない。しかし、ハルトだって年頃の男の子なのだ。いくら実の姉だとわかっていても、他を圧倒する美を持つ女性に抱きしめられてドキドキしないはずもなかった。
「え……」
しかし、ハルトがそう告げた瞬間リリアの顔が絶望で満ち、その場に崩れ落ちた。
「ど、どうしたの姉さん!」
「ハル君が……」
「ボクが?」
「ハル君が不良になっちゃったぁあああ……」
そう言って泣き崩れるリリア。予想外の反応にハルトもただ驚くしかない。
「えぇ!? な、なんでそうなっちゃうのさ!」
「だって、私に抱きしめられるの嫌なんでしょ?」
「嫌って言うわけじゃ……ちょ、ちょっと恥ずかしいってだけで」
「つまり不良じゃない!」
「論理が飛躍してるよ!」
「飛躍してないわよ。ハル君を抱きしめるのは私の愛情表現。私がこんなにハル君を愛してるんだってことを伝えるための行為。それを拒否するってことは、私からの愛を拒絶するも同義。つまり不良」
「いやだから理解できないって!」
「私が一日目を離した隙に……きっと誰かに誑かされたのね。許さない……私のハル君を誑かすなんて……八つ裂きにしてやる」
「発想が怖いよ姉さん!?」
「大丈夫よハル君、お姉ちゃんがハル君を助けてあげるから。まずはハル君に近づこうとする女を全て排除して……そして、そして……ふふふふふ」
「落ち着いて姉さん! 別にボク不良になったとか、誑かされたわけじゃないからぁ!」
「……あほくさいのじゃ」
騒々しい姉弟をよそに、すっかり忘れられた子になったリオンは置いてあったお菓子を食べ始め、傍観することに決める。
その後、リリアからかけられたハルト不良疑惑をとくためにハルトは一時間以上も時間を費やすこととなってしまうのであった。
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