第12話 《大魔法使い》ミレイジュ
次の日の朝、リリアは早朝から起きて《大魔法使い》の休んでいる宿にやって来ていた。目的はもちろんさっさと起こしてハルトのいる王都に帰ることだ。
「すいません、彼女もう起きてますか?」
「あらリリアちゃん。いらっしゃい。昨日泊まりに来たあの子ならたぶんまだ寝てるわよ。昨日も相当お疲れみたいだったから」
「そうですか。部屋まで行っても大丈夫ですか?」
「普通ならもちろんダメだけど……リリアちゃんなら大丈夫よ。オーネスさん家の子だもの」
宿のおばさんはリリアのことを相当信用しているのか、あっさり許可を出す。これも普段からハルトのためにいい人ぶっていた成果である。
「ありがとうございます」
リリアはニコリと淑女然とした笑顔を浮かべて礼を言い、そのまま部屋へと向かう。部屋の場所はすでに知っている。何の遠慮もなくドアを開けたリリアの目に映ったのは、
「うぅ~ん……えへへ、そんなに食べれませんよぉ……え、しょうがないなぁ。後少しですよぉ……えへへ」
呑気にぐ~すかと寝ながらだらしない笑顔を浮かべている《大魔法使い》ミレイジュの姿だった。気持ちよく眠るその姿は見ていていっそ可愛らしさすら感じるほどのものであったが、今のリリアにとっては苛立ちしか感じない。これがもしハルトであったなら反応はまったく違ったであろう。
「おい、起きろ」
スタスタとベッドに近づいたリリアは無造作にミレイジュをベッドから蹴り落とす。
「う、うわわわわ! な、なんですか! 敵襲? 敵襲ですか!?」
「敵襲じゃないわ。私よ」
「え? あ、なんだぁ、リリアさんじゃないですかぁ。どうしたんですか?」
「どうしたんですか? じゃないわよ。帰るわよ。早く支度して」
「えぇ!? 帰るって、まだ七時にもなってないじゃないですか!」
リリアと話しているうちにだんだんと目が覚めてきたのか、ミレイジュは時間を確認して非難がましい声を出す。
「だから何。昨日も言ったでしょ。私はすぐに帰りたいって。でもそれが無理だって言うからこうして一日我慢してあげたんじゃない」
「魔力が足りてなかったんだからしょうがないじゃないですかぁ。【転移魔法】って補助つけてもすっごく魔力使うんですから」
ミレイジュの言う通り【転移魔法】は他の魔法とは比べ物にならないほどに魔力を使う。ミレイジュのような優秀な《大魔法使い》でも一日一度の転移が限界なのだ。
「っていうかリリアさんなんかキャラ違ってませんかぁ? 弟君といた時はもっとこう優しかったじゃないですかぁ」
「それはハル君がいたからこその優しさよ。この場にハル君はいない。だからあなたに優しくする理由もない。おわかり?」
「横暴だぁ!」
「横暴でもなんでもいいからさっさと帰るわよ。私は、一分でも、一秒も早くハル君に会いたいの」
「えぇ、もう二、三日ゆっくりしていきません? 私この街すっかり気に入っちゃって。料理は美味しいし、宿の女将さんは優しいし……王都に戻ったら仕事仕事で休む暇もないですし……嘘ですごめんなさいすぐ準備します」
リリアがスッと拳を握るとそれまでののほほんとした態度から一変冷や汗を流しながら着替え始める。
「着替えるのは私が部屋を出てからにして」
「え、なんでですか?」
「逆に恥ずかしくないの?」
「女同士ですし……あ、それともリリアさんてまさかそっちの気が? きゃっ」
「殴るぞ。全力で」
「むぅ、冗談が通じないなぁ」
「……ホントに、なんであなたが優秀なのか理解に苦しむわ」
「能力と性格は比例しないんですよ」
「あなたがそれを言わないで」
ミレイジュはリリアの二歳年上の十九歳だ。しかしその精神年齢はハルトよりも幼いのではないかと錯覚してしまうほどに幼稚だ。だからこそリリアも敬語を使わなくなってしまったのだが。人との距離を詰めやすいという点ではある意味才能かもしれない。
「でも実際問題、準備をするのはいいですけどまだすぐには帰れないですよ」
「どうして?」
「一応帰る前に報告しないといけないですから。勝手に門を開けるわけにはいかないんですよ」
「面倒ね」
「面倒でもしないといけないことなんですよ。これもお仕事ですからね。九時頃には連絡がつくと思うので、それまで大人しく待ってましょう」
「……はぁ、しょうがないわね。それじゃあ連絡がついたらすぐに教えて頂戴」
「了解しましたー……ん? つまり連絡がつかなければ帰らなくてもいい。連絡しなければ今日も休めるということなのでは?」
「ミレイジュさん?」
「や、やだなぁ冗談ですよ冗談。ちゃんと連絡しますから。そうやってすぐに人脅すのよくないですよ? 人と人は信頼関係が大事なんですから」
「ミレイジュさんがもう少し真面目にしてたら私もこんなことしなくて済むんだけどね」
「これは一本取られましたね。あ、そういえば今日の朝ごはん何か知ってたりします? 私起きたらお腹空いちゃって」
「どうせ夢でもご飯食べてたんでしょ」
「え、なんでわかるんですか? そうなんですよぉ。滅多に食べれないドラゴンステーキをたくさん食べれる夢でぇ、うへへ、思い出しただけでも涎が……でも最後に一番大きいお肉を食べようとしたところで目が覚めたんですよ。誰かのせいで。誰かに蹴られてしまったせいで」
「へぇ、酷い人もいたものね」
「えぇ、まさに私の目の前に」
「まぁでも夢は所詮夢。気にすることないでしょ」
「夢でもドラゴンステーキは食べたいんですよぉ。年に一回食べれるか食べれないかってレベルなんですから。あ、もう一回寝たら同じ夢見れますかね」
「いや、それは無理でしょ。っていうか寝ないで」
「あはは、わかってますって。それじゃあまた後ほど家に伺いますので。朝ごはんが私を待っているー♪」
「食べ過ぎで動けないなんてことにならないでね」
「善処します」
「確約して」
のほほんとしたミレイジュに一抹の不安を覚えながらも、リリアはミレイジュの部屋を後にした。
「あらリリアちゃん、もう帰るの?」
「はい。話は終わりましたから。もうすぐ朝ごはん食べにくると思いますよ」
「あらそう。あの子よく食べるからちゃんと用意してあげないとね。リリアちゃんはもう食べたの? まだなら食べて行ったら? お金はとらないから」
「いえ、せっかくですけど大丈夫です。母が家で用意してるので」
「そう、それじゃあまた食べに来てね。おばちゃん待ってるから」
「はい。ありがとうございます」
ミレイジュの部屋にいた時とはまるで違う綺麗な笑顔で礼を言ってリリアは宿を出たのだった。そしてそれから約三時間後、リリアの不安は的中し、朝ごはんを食べ過ぎて動けなくなったミレイジュを無理やり動かしてリリアは王都へと戻ったのだった。
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