第11話 父娘の語らい

 シーラの家でシーラ、シュウ、そしてユナと共にわいわいがやがやと食事を楽しんだ後、リリアは家へと帰って来ていた。


「ただいまー」

「おう、お帰り」

「あ、お父さん。帰ってたんだ」

「今日は夜勤じゃないしな。仕事が終わったら帰って来るって。愛しい妻の元にな!」

「…………」

「なんだよその『いい歳して惚気てんじゃねーよクソ親父』とでも言いたげな顔は」

「いい歳して惚気てんじゃねーよクソ親父」

「実際に言うなよ!」

「いや、今のは悪乗りだったけど……ホントにお父さんお母さんのこと好きだよね」

「当たり前だろ。俺はいつまでもマリナのことを愛し続けるぞ」

「お熱いことで。別にいいけどさ。お母さんは?」

「お前が帰ってこないから先に風呂に入るってよ」

「なるほどね」

「それでどうなんだ。王都での生活は」

「どうもなにも……王都は普通かな。出かけた先では色々あったけど」

「その調子でどんどん苦労することだな。若いうちの苦労は買ってでもしろってな」

「ハル君に関することならいくらでも苦労していいけど、それ以外はごめんだよ」

「そういうなよ。まぁハルトのことは後で聞くとして……お前の方はどうなんだ? 王都に行って男でも見つけれたか?」

「男とか……興味ないし」

「それを聞いて俺は安心というか、複雑と言うか……まぁその辺はお前が決めることだから俺はとやかく言わんけどな」

「そうして」

「さて、それじゃあ本題に入るか」

「本題?」


 リリアがルークにそう聞き返すと、ルークは答えることなく立ち上がり壁にかけてあった木剣を二つ手に持ち、一つをリリアに投げ渡してくる。


「俺達が話すって言ったら、これが必要だろ」

「なにそれ……別にいいけど」

「よし、外に出るぞ。準備運動だけちゃんとしとけよ」


 家の外に出たリリアとルークは向かい合って木剣を構える。


「こうしてやるのも懐かしい気がするな。まだリリア達が家を出てから一月も経ってないのに」

「そういうこと言い出すと親父くさいよお父さん」

「うぐっ、いいだろ別に」

「それじゃあおじさんはおじさんらしく、若者に負けてね!」

「おっと」


 一気呵成、会話でルークを油断させたリリアはその隙をついて一気に斬りこむ。ルークの脳天をたたき割らんばかりの勢いで踏み込んだリリアだったが、その一撃はあっさりとルークに止められる。


「相変わらず殺意が高いなお前は。これでも一応お前の父親なんだが」

「だからこその信頼だよ。こんな程度でお父さんがやられるはずないって、ね!」

「うぉっ」


 つばぜり合いの状況で、リリアは魔力で力を上げてさらに踏み込む。


「前よりもずっと力が上がってるじゃないか。流石だな……っと」


 そのまま押し切るつもりのリリアだったが、ルークはあっさりと弾き飛ばしてしまう。それも、まだ魔力をほとんど使っていないのに、だ。ルークは木剣の剣身、そして両足と剣を持つ右腕に薄く魔力を纏わせているだけだ。リリアの十分の一も魔力を使っていない。


「魔力の操作技術は悪くない。お前にはそのセンスがあるんだろうな。そして使って余りある魔力もある。でも、まだ無駄が多い。時代は省エネだぞ。もっと無駄を削れ。じゃないとこうして、僅かな魔力で押し返される」

「そして私はすぐにガス欠になる」

「そういうことだ」


 ルークはそう言うが、リリアの魔力操作の技術は相当高い。同年代ではトップレベルだと間違いなく言えるほどに。しかし、それは無駄がないというわけではないのだ。そういう意味では、ルークの魔力操作の技術はリリアからすれば化け物の領域だ。


「量じゃなく質。それこそが求めるべきものだ。魔力操作を極めれば」

「木剣でも容易く鉄を切り裂く。もう何回も聞かされてるって」

「忘れてないならいいんだけどな。それにしてもお前の戦い方は相変わらずだな」

「相変わらずって?」

「力に物言わせた脳筋戦法。街ではお前のことをおしとやかだーとか、お姫様みたいだとか言ってるやつもいるけど。その中身はまるで別物だ。戦い方が男らしすぎる」

「うっ……」


 呆れたようにルークに言われるリリアだが、言い返すことはできない。それが事実だからだ。リリアが得意な戦い方は結局の所ごり押し。力にものを言わせて相手を叩き伏せるやり方だ。今日戦ったミノタウロスもそう、結局リリアは正面からねじ伏せることを選んだ。


「別にそれが悪いとは言わないけどな。でも、同じ力量、それ以上の相手を出会った時、必要になるのは技だ」

「わかってるけど……」

「ハルトにまで同じ戦い方教えるなよ」

「わかってるって。ハル君は私と違って剣の才能があるみたいだから大丈夫だよ」


 そう、ハルトには剣の才能があることをリリアは知っている。これまでの人生でほとんど握ったことのなかった木剣を一月足らずである程度使いこなせるようになっているのだから。対するリリアはと言えば、悲しいかな。リリアに剣の才能はなかった。何年もかけてようやく、といったレベルだ。全くない、というわけではないのだがルークやハルトに比べれば劣るものだ。


「お前には剣以外の才能はあったわけだがな」

「私には体術の方が合ってるって話でしょ」

「そうだ。お前はなんでか剣を使いたがってるけどな」

「それはハル君がカッコいいって言ったから……でも、それももう終わりかな」


 リリアは手にした木剣を見てポツリと呟く。


「ん、どういう心境の変化だ?」

「私ね……強くなりたいの」

「…………」

「もっともっと、今よりも強く、ずっと強く」

「強くなりたい……か。女のお前からまさかそんな言葉を聞くなんてな」

「強くなりたいって思うのに、男も女も関係ないでしょ」

「それは確かにそうだ。じゃあもう剣は捨てるのか?」

「まさか。剣はこれまで通り続けるよ。でもそれだけじゃもう足りないから」

「ハルトのためか?」

「うん」

「お前はいっつもそれだな」

「ダメ?」

「いいや。誰かのために強くなりたいと思うのは悪くないさ。その想いが強ければ強いほど、リリアの成長を促してくれるだろう」

「私のハル君への想いは無限大だからね。でも、そうなったら今度は体術教えてくれる人とか探さないとね」

「そうだな。剣なら俺が教えられるが……体術となると一歩劣るからな。王都なら人も多いだろうし見つかるだろ」

「だといいけどね。でもま、とりあえずそれは置いといて今はお父さんからハル君へのお土産になりそうな技教えてもらおうかな」

「軽く言いやがって……そう簡単に技を盗めると思うなよ」

「じゃあ盗まれないように頑張ってね」


 そう言って笑い合うリリアとルーク。二人の鍛練はマリナがやって来るまで続いたのだった。


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