第9話 決着の後

「私の勝ちよ」


 倒れ、消えゆくミノタウロスを前にリリアはそう宣言する。これで残るのはセルジュだけだ。


「どんな気持ちかしら。自慢の魔物を倒されるっていうのは。これで残るのはあなただけよ」

「……ふふふ、あははははは!」

「何がおかしいの」

「あぁごめんごめん。だってこんな場所にこんなに強い人がいるなんて思ってなかったからさ。退屈だと思ってたけど、最後の最後に収穫はあったよ」


 ミノタウロスが倒されたというのに、セルジュには一切焦る様子がない。それどころか、リリアという存在を発見できたことを心から喜んでいる様子だった。


「お姉さんは確かに強い、強いよ。まさか僕のミノタウロスがこんなに簡単に倒されるなんて思っても無かった。でもさ、ボクの持ってる魔物の中でミノタウロスが一番強いなんて僕言ってないよ」

「ふぅん、なら次はそのもっと強い魔物とやらを召喚するのかしら」

「もちろん! って、言いたいところなんだけどさ。ミノタウロス以上の魔物ってなるとちょっと大変なことになりかねないからさ。せっかく見つけた強いお姉さんをあっさり殺しちゃうのももったいないし」


 あくまで自分が負けることなどあり得ない。そう言わんばかりのセルジュの態度に、リリアはピクリと眉を震わせる。しかし、セルジュの放つ雰囲気からそれが決して偽りではないのだということはリリアも感じ取っていた。


「あぁ誤解しないでね。お姉さんの強さは本物だと思うよ。でも、絶対的な強さじゃない」

「っ!」

「僕ね、好きな物は最後に食べるタイプなんだ。だからさ、もっともっと強くなっててよ。そしたらもっと楽しめると思うからさ」

「このまますんなり帰すと思ってるの」

「もちろん。でもね、お姉さんに帰してもらうんじゃない。帰るんだよ」


 再びセルジュの背後に濃厚な闇が現れる。その中から、リリアはミノタウロスとは比較にならないほど強大な魔物の気配を感じた。それこそ、今のリリアが全力を尽くしても勝てないかもしれないほどの、大きな気配を。


「あぁごめんごめん。お姉さんの戦いを見てこの子もあらぶってるみたいでさ。外に出たがってるんだ」


 セルジュはクスクスと笑いながら闇の中から出てこようとする存在を抑える。そしてふわりと浮遊しながら地面へと降りてくる。


「それじゃあね、お姉さん。またどこかで会えるのを楽しみにしてるよ」

「私はもう会いたくないわ」

「はは、酷いなぁ」


 ケラケラと笑いながらセルジュは一匹の鳥の魔物を召喚する。それはファイアバードという炎を吐くことができるC級に分類される魔物だ。その体躯は非常に大きい。その背に乗ってセルジュは飛び立つ。リリアはそれをただ見送ることしかできなかった。

 セルジュの姿が完全になくなった後、リリアは自分が無意識に手に力を入れていたことに気付く。その原因はわかっている。セルジュが一瞬垣間見せた謎の魔物だ。


「……情けない。あれにビビったっていうの?」


 ミノタウロスとの戦闘で、リリアは自分が確かに成長していることを実感した。それでもセルジュの言った通り、それはエクレアに感じたような絶対的な強さではない。


「まだまだ私は強くなる。ハル君の姉として恥じないように」

「おぉーい! リリア、大丈夫か!」


 セルジュが去ったことで大丈夫だと判断したのか、離れた場所にいたシュウがリリアの元に駆け寄って来る。


「あ、何もしなかったシュウじゃない」

「うぐっ、そ、それを言うなよ。悪いとは思ってんだからさ」

「冗談だってば。シュウがいてもいなくても変わらなかったと思うし。むしろ安全な場所に居てくれる方が動きやすかったし」

「なぁ、お前ってたまにオレのこと嫌いなんじゃないかってくらいキツイこと言うよな」

「そんなことないって。嫌いならむしろ積極的にミノタウロスと戦わせてたから」

「それ聞いてちょっと安心した。でもよ、遠くから見てたけど……お前ホント何者だよ。ミノタウロス持ち上げるとか、どんな馬鹿力だって話だ」

「女の秘密は無闇に効かない方がいいわよ」

「女って……女の皮を被った化け物って感じだけどな」

「なんか言った?」

「いえ、なんでもございません!」

「まぁシュウの言うこともわかるけどね。私もまさかミノタウロス持ち上げれるとは思わなかったし」

「わかんないのにやったのかよ! 危ないだろ!」

「んー、なんかできる気がしたのよ」

「できる気がしたって、そんなあやふやな感じで……」

「まぁまぁ、できたんだからいいじゃない」

「……結局何もできなかった俺が言うことじゃないけどよ。頼むから危ないことはすんなって。これでもけっこう心配したんだぞ」

「ホントに無理だと思ったら逃げるってば」

「どうだか。シーラが言ってたぞ、リリアは昔からすぐに無茶するから心配だって」

「シーラが?」

「俺もおんなじ意見だ。もしこの場にハルトがいたら無茶でも逃げたりしねぇだろ」

「それは……」


 確かにシュウの言う通りだ。もしリリアでは絶対に勝てない魔物が目の前にいたとして、後ろにハルトがいたならばリリアは逃げることなく無謀ともいえる戦いに挑むだろう。その先に待っているのが死だとしても。それこそがリリアの生きる道、姉道なのだから。


「あのなぁ、お前がハルトのことを溺愛してるのは知ってるけどよ。もっとちゃんとお前自身のことも考えろよな」

「私自身?」

「そうだ。お前はハルトのことを守れたらそれでいいのかもしれないけどよ。お前のことを心配してるやつだっているってのを忘れんなよ」

「……わかった」

「うんうん、わかればい——」

「つまり、誰にも心配をかけないくらいに強くなれってことね!」

「なんでそうなんだよ!」

「まかせて、私もっと強くなってみせるから!」

「だから、お前は人の話を少しは聞けーーー!!」


 激昂するシュウを尻目に、リリアはセルジュの去った方を見つめ、さらに強くなるという決意を固めるのだった。





□■□■□■□■□■□■□■□■□


「あぁ、あの街の監視は死ぬほど暇だったけど、最後の最後で収穫があったなぁ」


 セルジュはファイアバードの背に揺られながら、一人呟く。

 もともとセルジュがルーラへとやってきたのは魔王からの命令があったからだった。『《勇者》の生まれた街を監視せよ』と。しかし言われたのはそれだけだ。滅ぼせとは言われなかった。戦うのが好きなセルジュとしてはこの上なく退屈な任務だった。

 だからこそ街に入ろうとする商人にミノタウロスをけしかけて遊んだりしていたのだ。そろそろ任務をきり上げようか、そう考えていた時にセルジュはリリアに出会った。


「まさか僕のミノタウロスが倒されるなんて……」


 リリアと戦わせたミノタウロスはセルジュの自信作の一つだった。それほど強くない魔物であるとはいえ、セルジュ自身が強化を施した個体であったから。

 それを正面からやぶってみせたリリアに驚きと共に悔しさを感じていた。


「次に会えるのはいつになるかな。次はどんな魔物をぶつけようかな……あぁ、楽しみだなぁ」


 次にリリアと出会った時のことを想像してセルジュは胸を躍らせる。


「ま、もっと先の話になるだろうけどさ。次に行かないといけないのは……王都だったかな。王都にもいるかな、僕の胸を躍らせてくれるような人が」


 この時のセルジュはまだ気付いていなかった。リリアが《勇者》の姉であるということも、そして、再び相まみえる日はそう遠くないということも。

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