第8話 vsミノタウロス
ミノタウロス。B級に位置づけられている危険な魔物だ。普通の街であれば騎士団や警備隊の人員を十人以上集めて討伐される。冒険者であればA級に至ってようやく一人で倒すことができるようになると言われている。
「ブモォオオオオオオオオオオッ!!」
そんな魔物がリリア達の前に姿を現した。オークやオーガであればソロで討伐したことのあるリリアだが、ミノタウロスは戦った経験がない。同じくB級に位置付けられているロックゴーレムはダミナで倒したリリアだが、ロックゴーレムは耐久が飛びぬけているからこその危険度であって、その耐久を超えるだけの力があれば討伐自体は難しいものではない。しかし、ミノタウロスはそうではない。力、そして速さ、肉体の頑強さ。それらが総合的に高いからこその評価なのだ。そういう点ではロックゴーレムよりも驚異的と言えるだろう。
「お、おいリリア! どうすんだよ!」
「どうするもこうするも、倒すしかないでしょ」
「できんかよ!」
「できるかどうかじゃなくて、やるのよ!」
「あははは! そっちのお兄さんと違ってお姉さんはやる気なんだね。でもいいの? 僕のミノタウロスは……少し強いよ」
「上等、かかってきなさい」
見上げるほどの巨体を前に、リリアは挑発的に笑う。ミノタウロスほどの魔物を前にしても、不思議とリリアの体は竦むことはなかった。
「本気でやる気かよリリア!」
「当たり前でしょ。それに向こうも見過ごしてくれる気はないみたいだし。何もできないなら下がってて。シュウに何かあったら私がシーラに殺されるんだから」
「な、なんでそこであいつの名前が……あぁもう! 死ぬなよリリア!」
シュウは散々悩んだ挙句、ここにいてもリリアの戦う邪魔になるだけだと判断して離れる。
「当たり前でしょ、私は死ぬならハル君の膝の上って決めてるのよ」
ブルブルと体を震わせるミノタウロスを前に、リリアは剣を構える。ミノタウロスはそんなリリアのことを敵と見定め突進してくる。さすがのリリアのその突進に当たればひとたまりもない。飛び退いて突進を躱す。
(ミノタウロス……動きは速いけど、あの子ほどじゃない)
リリアが思い出すのは洞窟の前で戦ったローブの少女、ミラのことだ。ミラの速さはミノタウロスの比ではなかった。あの速さに比べれば、ミノタウロスの動きなど月とすっぽんだ。
「まさかあの子の速さに感謝することになるなんてね。ちょっとムカつくけど……まぁいいわ」
ミノタウロスの突進を避けたリリアはその背後を取り、剣で斬りつける。が、しかし
「なっ、硬い!?」
リリアの剣はミノタウロスに傷一つつけることができず、むしろ斬った側であるリリアの剣が欠けてしまった。その剣身に魔力を纏わせていたにも関わらず、である。
「言ったでしょ。僕のミノタウロスは強いんだって。僕の力で強化してあるんだ。その子の硬さを舐めてもらっちゃ困るなぁ」
「ちっ、生意気な」
セルジュの力によってミノタウロスはその力を大幅に上昇させていた。力、速さだけでなく、耐久すらも引き上げられていたのだ。
「ま、この子の場合そういう基礎的なステータスに力入れちゃったから特別な力は持たせられなかったけど。ただの人を相手にするならそれで十分だよね。ねぇどんな気持ち? 自分の剣も効かず、攻撃が通らないってさ」
「…………」
「ねぇ悔しい? 恥ずかしい? 調子乗って出てきたのに歯が立たないって。情けないよねぇ。あははははは!」
セルジュはそう言ってリリアのことを馬鹿にする。自分が召喚したミノタウロスが倒されるとは微塵も思っていないようだ。事実、それだけの力がミノタウロスには備わっている。特別な力がなくとも、基礎力があるというのはそれだけで脅威なのだから。
「どうしたの? 図星過ぎてなにも言い返せない? 君もさっきのお兄さんみたいに逃げるかい?」
ニヤニヤとリリアのことを煽るセルジュ、それに対してリリアは——、
「黙りなさい」
静かに、そして深くキレていた。もしこの場にハルトがいれば状況は違っただろう。リリアが姉としての自制を働かせたであろうから。しかしこの場にハルトはいない。つまり、リリアの感情を抑えるための存在はここには何もないのだ。
「潰す」
リリアの体から姉力があふれ出す。体に満ちる姉力の力を感じながら、リリアは欠けた剣を投げ捨てる。
「何自分から剣捨てちゃってんの? なに、もう勝負諦めたの?」
なおも煽って来るセルジュにリリアは言葉を返すことは無く、ゆっくりと歩いてミノタウロスに近づく。
「ブモッ!?」
底知れぬ威圧感を放つリリアに一瞬たじろぐミノタウロスだが、ブルブルと頭を振ってリリアの突進してくる。しかし、今度の突進をリリアは避けようとしない。それを舐められていると感じたミノタウロスはさらに体を怒らせながら突進の速度を上げる。
「ブモォオオオオオオオオオオッ、ブモォッ!?」
「調子乗ってんじゃねーぞ三下がぁ!」
全身に姉力を纏わせたリリアは、ミノタウロスの突進を正面から受け止める。多少押されはしたものの、その力を受け止めきったリリアはミノタウロスの角を掴みその巨体を持ち上げる。
「はぁっ!!」
持ち上げたその巨体をリリアは思い切り地面に叩きつける。叩きつけた瞬間の揺れはすさまじく、離れて様子を見ていたシュウの所にまで揺れが届くほどだった。
「……おっと。口調が戻っちゃった。気をつけないと。ハル君がいなくてよかった」
ミノタウロスを地面に叩きつけたことで少し気が晴れたのか、リリアは少しだけ正気を取り戻す。一方のセルジュは先ほどまでのニヤニヤとした表情から一転、驚きをその顔に浮かべていた。
「嘘でしょ……君、何者なのさ」
「何って……私は姉よ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そんな姉聞いたことないんだけど」
「なら覚えておくことね。私がこの世で一番の姉となる者よ」
「くくく……あははははは! いいね。いいね君、最高に面白い。ミノタウロス!! いつまで寝てんだよお前は!」
「ブ、ブモオオオオッ!」
「まだ立てるのね。結構思いっきりいったんだけど」
「言ったでしょ。ボクの力で強化してるからさ。あのぐらいじゃまだ倒れないよ」
「……いいわ。次で終わらせる」
起き上がったミノタウロスはただの人に投げ飛ばされたのが相当ご立腹だったのか、その目にはっきりそれとわかる怒りの感情を宿してリリアのことを睨みつける。
「私のことがムカつく? いいわ。受けて立ってあげる。私も全力であなたを叩き潰すわ」
「ブモォオオオオオオオオオオッ!」
「ハァッ!!」
振り下ろされたミノタウロスの剛腕を、リリアは真正面から殴り返す。ぶつかり合う拳と拳。先に悲鳴を上げたのはミノタウロスの拳だった。
「ブモッ!?」
「あなたは確かに強いのかもしれない。でも、私の方がもっと強い!」
「ミノタウロス!」
「終わりよ——」
以前、ローブの少女、ミラと戦った際に発現したスキル。それをリリアは使うことにした。圧倒的な破壊の力がリリアの右腕に集中する。
「【姉破槌】!!」
振りぬいた右腕がミノタウロスの腹に突き刺さる。その一撃の威力はすさまじく、圧倒的な耐久を誇るミノタウロスの体をも貫いた。
崩れ落ちるミノタウロスの体。それは砂のようにサラサラと崩れて消えていく。
「私の勝ちよ」
リリアはセルジュに向かってそう宣言するのだった。
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