第7話 魔物の討伐依頼

 シーラとシュウの二人にパレードの誘いをかけた後、リリアはシュウと共に魔物の討伐に赴いていた。


「せりゃあっ!!」

「グガッ!」


 リリアの鋭い蹴りがオークの首に叩き込まれる。その頑強な肉体はリリアの一撃を耐えきることができず、一瞬で崩れ落ちる。


「お見事。流石だなリリア」

「これくらいなんでもないって。シュウでもできるでしょ」

「まぁ俺だって少しは鍛えてるからな。でもリリアみたいにすぐには倒せねぇよ。っていうか前よりも強くなってねぇか」

「まぁ、街を出てから色々あったしね。でもダメ。この程度じゃ全然足りない」

「足りないって……お前は何を目指してるんだよ」

「私には必要なの。ハル君に降りかかる全ての災難を振り払うことができるだけの力が」

「んー……まぁ確かにそういう力も必要になる瞬間があるのかもしれねぇけどよ。あんまり一人で気負い過ぎるなよ。そっちにもハルトのことを気にかけてくれる人はいるんだろ」

「それは……いるけど。でも、私はハル君のお姉ちゃんだから。私がやらないといけないの」

「それを気負い過ぎだって言ってんのに。まぁいいか。リリアは昔からそれだしな。今さらだ」

「それで、このオークで終わりってわけじゃないでしょ。他のはどこにいるの?」

「あとは……あっちの方だな。街の直前にある街道で商人が襲われたって話があってな。たぶんボーンウルフだと思う」

「ボーンウルフか……それならこのままいけるかな」

「よし、そんじゃさっそく行くか」


 そもそも、リリアがなぜシュウと共に魔物退治をしているのかと言えばシュウから頼まれたからである。今日は非番であるシュウだが、警備隊に送られてくる住人からの依頼はいつでも受けることができるようになっている。その数があまりにも多いため、休みの日でもこうして対処しなければいけないことがあるのだ。

 普通であれば冒険者ギルドがその役目を負うべきなのだが、不幸なことにリリア達の住むルーラには力ある冒険者がまだ少ないのだ。


「今はフレイさんもナックルさんも遠征に行ってるしなぁ。ま、たまたまとはいえリリアが戻って来てくれて助かったよ」

「この程度で苦戦してるなんて情けない……って言いたいけど、皆魔物と戦うのが本職ってわけじゃないもんね」

「リリアの親父さんに日々しごかれてまだマシになった方だけどな。あの人マジで化け物過ぎるだろ。この間なんかオーガ五体を相手にして傷一つなく倒してたぞ」

「お父さんならそれくらい余裕でしょ。シュウが情けないだけ」

「これでも頑張ってんだよっと、そろそろこの辺のはずだ」

「ここね。これだけ見晴らしがよかったら魔物に近づかれる前に気付けそうな気がするけど」

「そうなんだよなぁ。でも報告にあったのは確かにここなんだ。で、この辺に出るのはボーンウルフだけだから、たぶんボーンウルフだと思う」

「それだけの理由でボーンウルフだと思ってたんだ。もっとちゃんと下調べしときなさいよ」

「いや悪い。時間が無くてさ」

「そんなに適当だからいつもシーラに怒られ——っ! シュウ、下がって!」

「っ!」


 いち早く魔物の気配を察知したリリアがシュウに注意を飛ばす。反応したシュウが後ろに飛び退くと、一瞬前までシュウのいた所を鋭利なものが飛んでいき、近くにあった木に突き刺さる。


「これは……シュートラビットの針! まずい、シュウ、木に隠れて!」

「お、おう!」


 リリアに言われるがままに木の陰に体を隠すシュウ。それを確認したリリアは針が飛んできた方向へと走る。そんなリリアめがけて再び針を飛ばすシュートラビット。それも一匹や二匹ではない。十匹以上いる。その全てがリリアめがけて針を飛ばしてきた。


「すぅ……はぁっ!!」


 リリアは持ってきていた小刀を二振り抜き、身に迫る針を全て斬り落とす。ダミナの村での一件以降、リリアは自分の中で確かな力の芽吹きを感じていた。新たな力に目覚める、そんな予感をリリアは覚えていたのだ。

 力が冴えわたっているのを感じながらリリアはシュートラビットに肉薄する。


(まず一匹、そして二匹!)


 ホーンラビットの集団に斬りこんだリリアはそのまま一番近くにいたシュートラビットに向けて小刀を投げる。それで二匹を仕留める。そのまま腰に佩いていた剣を抜き去りまとめて三匹を斬る。仲間がやられたのを見て逃げ出そうとしたシュートラビットを追いかけ仕留める。時間にしてわずか十秒余り。それだけの時間でリリアはシュートラビットの群れを壊滅させた。


(シュウにも言われたけど、前よりも私は強くなってる。でもこれで満足してられない。私はもっと先に……もっと強くならないと)


「シュウ! シュートラビットは片付けたわよ!」

「おう! お疲れさん! 悪いな、何もできなくて」

「いいよ別に。私一人で戦う方が慣れてるし。それよりも商人を襲ったのってシュートラビットだったの?」

「……いや、違うと思う。こんな針は見つけられなかったはずだし。そもそもこの近辺でシュートラビットなんかでないはずだ」

「確かに……私も見たことは無いけど。でもじゃあどうしてこんな所にシュートラビットが……あっちの森の方から来たとか?」


 リリアが見ているのは遠方に見えている森だ。その森であれば様々な魔物が住んでいるため、シュートラビットが生息していても不思議ではない。


「こっちに食料があるってわけでもないし。わざわざあの森を出てこっちに来ることはないだろ。たぶん」

「それもそうか。でもじゃあ結局その商人を襲った魔物ってなんだったのよ」

「それが、肝心の商人は最初の一撃で気を失ったらしくてな。気付いたらばらばらに破壊された商品と、殺された馬だけが残ってたんだとよ」

「大惨事じゃないそれ」

「だから俺達も最大限に警戒してるってわけだ」

「そんな大事な依頼を気軽に頼まないで」

「いや、それはその……リリアならできるかなーと」

「どんな魔物の仕業か、それとも魔物以外の仕業なのか。それすらわからない状態で戦いを挑むなんて馬鹿のすることよ」

「……ですよねー」

「はぁ……まぁここまで来たら乗りかかった船だしできるだけのことはするけど」


 シュウのことを責めるリリアだが、リリアにはシュウの気持ちもわかっている。なんだかんだと言ってもこの街のことをシュウは愛している。だからこそ、未確認の脅威をできるかぎり早く取り除きたいのだろう。もしこれで商人の足が遠のくようなことがあればルーラの街は甚大な被害を受けるのだから。


「助かるぜリリア! それでこそ俺の見込んだ奴だ!」

「調子に乗るな」

「すいません」


 その時だった。

 パチパチと拍手する音が響く。


「あはははは! 面白いねぇ、君達」

「っ、誰!」

「ど、どこだ!」

「ここだよ、ここ」


 声のした方を見れば、木の上にハルトと同じくらいの年齢の少年が座っていた。少年は木の上からリリアのことを見降ろしながらニヤニヤと笑っている。


(……全然気配を感じなかった)


 見た目はハルトと同じくらい。しかしその身に纏う雰囲気はまるで別物だ。底が知れない雰囲気を少年は放っていた。


「あぁごめんごめん。そんなに警戒しないでよ」

「あなたは誰」

「んー、僕? 僕はねぇ、セルジュっていうんだ」

「セルジュ?」

「そう。魔王軍の《召喚士》って言った方がいいのかな。強いおねーさん」

「っ!?」

「ま、魔王軍って、なんでそんなのがこの街に」

「ここって《勇者》の生まれ故郷なんでしょ? どんな街なのか見て来いって命令されちゃってさー。ここに《勇者》はいないのに見たってしょうがないのにね」

「それじゃあ商人を襲ったのはもしかして……」

「僕だよ。あんまりにも暇だったからちょっかい出しちゃった。でも正解だよね。君みたいな強い人が出てきたんだから」


 そういってセルジュは笑い、その背後に濃厚な闇が出現する。


「僕の召喚したシュートラビットをあんなに簡単に仕留められるなんて思ってなかったよ。ねぇだからさ。もうちょっと僕と遊ぼうよ。魔獣召喚——」


 ニヤニヤと笑う少年の背後の闇が蠢き少しづつ形を成していく。


「現れろ——ミノタウロス」

「ブモォオオオオオッ!!」


 ビリビリと空間を揺らす咆哮と共に、見上げるほどに大きな魔物、ミノタウロスがリリア達の前に出現するのだった。

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