第6話 リリアと幼なじみ達

「あー、まだ頭痛い気がする。お母さん手加減してくれないから」


 マリナにアイアンクローで掴まれ、ズキズキと痛む頭を抑えながらリリアはシーラの家へと向かっていた。

 もちろんリリアにもわかっている。マリナが怒ったのも自分が悪いのだということは。しかしどうにもハルトが近くにいなければ精神的に不安定になってしまうのだ。ハルトの前ではどれだけお姉さんぶっていたとしてもリリアもまだ17歳の少女。未熟な部分と言うのはどうしても残ってしまっている。ハルトという存在がどれほどリリアにとって大きなものか。こうして半日離れただけでリリアは再び再認識するのだった。


「はぁ……こんな頼りないお姉ちゃんじゃいられないのに」


 物憂げにため息を吐くリリア。その胸中はここにはいないハルトのことで満たされていた。そんなリリアに近づいて来る少女が一人、シーラである。


「おーいリリア、なにたそがれてんのよ」

「シーラ。久しぶり」

「久しぶり。まぁ、あんたが何考えてるかなんわかるけどさ。でも、もっと周囲のこともちゃんと見てくれる」

「周囲?」


 シーラに言われてふと周りを見回すと、キョロキョロとこちらを伺っていた街の男どもが一斉に揃って目を逸らす。中には急に前を向いたせいで柱にぶつかる男までいたほどだ。


「みーんなあんたのこと見てたのよ」

「私のことを? どうして?」

「あのねー、それ本気で言ってる?」

「?」

「だよねー。あんたってそういう子だった。あのね、もしも綺麗な子が、そうとびっきり綺麗な子が物憂げな表情で歩いてたらどう思う?」

「どうって……別に私はなんとも思わないけど」

「……そうね。あんたはそういう子だった。でもね、普通の人は気になっちゃうの。っていうか男なら相談に乗ったらお近づきになれたりしないかなーなんて馬鹿なことを考えるものなのよ」

「……なるほど」


 今ではすっかりリリアとしての思考に染まっていたが、宗司としての思考に合わせればシーラの言い分を理解できた。つまり、周囲を歩いていた男達はリリアが物憂げにため息を吐くのを見て、あわよくばお近づきになりたいとあり得もしない夢を見ていたということなのだ。


「でも私そんなに落ち込んでるような顔してた?」

「見れば誰でもわかるくらいにはね。どうせまたハルト君のことでも考えてたんでしょ」

「正解。よくわかったね」

「というか、リリアが考えることなんてほとんどハルト君のことじゃない」

「それも正解」

「どうせハルト君が近くにいないー、会いたいーって思ってたんでしょ」

「またまた正解。さすが幼なじみね」

「当たり前よ。何年あんたと付き合ってると思ってんのよ」

「ホントにもう、ハル君分が足りなくて……ツラい」

「ハル君分ってなによ。もう、帰って来るっていうから来たのに。少しはしゃきっとしなさいって。っていうか髪もちゃんと整えてないじゃない。もう仕方ないわね」


 持っていたポーチから櫛を取り出し少し乱れていたリリアの髪を整える。その様子はまるで姉が妹の面倒を見ているかのようであった。


「……ありがとう、お姉ちゃん」

「誰がお姉ちゃんか!」

「冗談、冗談だから」

「ホントにあんたって……ハルト君がいないと全然ダメよね」

「そんなことないって。ちゃんとしてるし」

「それもハルト君がいたら、でしょ。あんたはちゃんとしてると思ってたかもしれないけど。周囲から見たら丸わかりだから」

「え……」


 今明かされる衝撃の事実。というわけでもないが、リリアとしてはハルトが近くにいないときでも尊敬できる姉であれるようにとしっかりしているつもりだったが、ハルト本人が近くにいる時とそうでない時では雲泥の差があった。


「ま、リリアは黙ってるとできる美人って感じだから知らない人も多いだろうけどね」

「そんな……私の完璧お姉ちゃん計画が……」

「今さらでしょ。それよりも今回は何の用で戻ってきたの? 帰ってくるってことだけは聞いてたんだけど」

「あぁそうだった。その話しないと……シュウは?」

「もうすぐ来ると思う」

「ユナは今日は仕事?」

「うん。代わりにアタシが休み。あの子も少しづつ仕事には慣れてるみたい」

「へぇ随分早いじゃない」

「まぁ、誰かのために料理は必死に勉強してたみたいだからね」

「む、それってまさか……」

「さぁ、誰かしらねー。アタシは知らないけど。っていうかその目止めて。怖いから」

「おーっす、悪い悪い。ちょっと用があって遅れた……ってなんでそんな怖い目してんだよリリア」


 そっぽを向いて知らんぷりをするシーラを射殺さんばかりの目つきで見るリリア。そこにちょうどシュウがやって来て、リリアの目を見てビクッとする。


「……なんでもない。その話はまたユナから直接聞くことにするわ」

「手加減してあげてよね」

「それは内容次第かな」

「あぁユナ、リリアを止められない無力な姉を許してね」

「さっきから何の話してんだよ。まぁいいか。それで、用ってなんなんだよ」

「そうそう。シュウも来たんだから早く話してよ」

「そんな大事ってわけじゃ……なくもないけど、一週間後に王都でパレードがあるの」

「パレード?」

「そ、勇者戴冠の儀。ハル君が《勇者》に選ばれたことを国内外に示すためのパレードがね」

「一週間って……ずいぶん早くない?」

「そういうのってもっと準備に時間かけるもんじゃないのか?」

「それだけ急いでるんでしょ。まぁこっちも街を出てから色々あったし。本当はもっと早くやりたかったのかもね。《勇者》の威容を示すために。ま、詳しいことは私も知らないけどね。とにかく、パレードがあるからぜひ見に来てって話をしに来たの」

「なるほどねー。アタシ行けるかなー。とりあえずマスターに話してみるけど」

「オレも微妙そうだな。でもまぁ、一応隊長には話してみるよ。もし行けるならフブキにも会えるかもしれないしな」

「そっかフブキも王都にいるんだけっけ」

「そうそう。あれから毎日手紙送ってるんだけど一向に返事がなくて……」

「毎日手紙とか……キモ」

「んだと!」

「キモイもんはキモイって言ってんの! 毎日手紙とかマジあり得ないから!」


 ぼそっと呟いたシーラの一言をシュウが聞き逃すことは無く、二人はいつものように睨み合い、喧嘩を始めてしまう。そんないつもの光景を見て、リリアはフッと表情を緩める。


「夫婦喧嘩はそれぐらいにして、周りの人に見られてるから」

「「誰が夫婦だ(よ)!」」

「息ピッタリじゃない。ホントに、二人とも素直じゃないんだから。そんなんじゃいつまでも恋人も結婚もできないよ?」


 シーラもシュウもお互いを憎からず思っていることをリリアは知っている。ただ昔からずっと喧嘩を続けてきたせいで素直になることができないだけなのだ。


「う、うるさいな。余計なお世話。そういうリリアこそどうなのよ。恋人とか、好きな人とか……」

「そうそう。王都にいい男がいたりしなかったのか?」

「私ハル君以外の男に興味ないけど」

「お前……昔からずっとそれだよね。だから残念美人って言われんだよ」

「ホントに……リリアならいい男捕まえられそうなのに」

「でもホントに興味ないしなー。それに私の近くにいる男っていったらハル君とお父さん以外だと……」


 ちらりとシュウに視線をやるリリア。ハルトでも父親のルークでもない男と言われて思いつく人物などシュウ以外にはいなかった。しかし、それに慌てるのはシーラだ。


「シ、シュウはダメよ!」

「え、どうして?」

「シュウはほら……シスコンだし、変態だし、スケベだし……全然強くもないし。リリアにが相応しくないわよ!」

「なんでそんなにぼろっかすに言われねぇといけないんだよ!」

「うるさいあんたは黙ってて! とにかく、シュウはダメだからね!」

「ふふ、ふふふ。冗談だってばわかってるから。それに私シュウに興味ないし。安心して」

「え、それはそれで酷くね」

「もちろん友達としては好きだけどね。それだけ。男としては見れないかなぁ」


 そもそもリリアは女としての生活には慣れたものの、普通の女の子のように男を好きになるということはなかった。だからと言って女を好きになるかと言われればそういうこともなかったのだが。


「そ、そうなんだ……良かった」

「いや、なんで俺告白してないのに振られたみたいになってんだよ。別にいいんだけどさ……うん、別に傷ついてなんかねぇけどよ」


 そんなシュウの哀愁ただよう呟きはリリアとシーラにはもちろん無視されるのだった。


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