第74話 vsワーウルフ

 ワーウルフは武器を持たない。魔法をも弾くその強靭な肉体が、剣を砕く牙が、鉄すらも切り裂く爪が生半可な武器よりもはるかに強力だからだ。しかし、それは無敵であるというわけではない。ワーウルフの肉体に傷をつけることが可能な武器が現れた時、状況は一気に不利になる。例えば、今まさにワーウルフが相手にしているハルトの持つ【カサルティリオ】の切れ味はワーウルフの肉体を斬ることができる。防御は不可能。しかしだからこそ面白いとワーウルフはニヤリと笑った。


「クハハハハ! 楽しいなぁ《勇者》よ! この身を傷つけられたのはいつぶりか……高ぶる、高ぶるぞ!」


 ワーウルフの本質は闘争だ。戦いの中でこそ生を実感できる。

 対するハルトは、剣をものともせず攻めて来るワーウルフに対して攻めあぐねていた。【カサルティリオ】がハルトに与えた力は強大だ。まがいなりにもワーウルフと渡り合えているこの状況がそれを示している。しかしハルトはその大きな力に振り回されていた。その力を制御しきれていなかったのだ。ワーウルフに向かって踏み込めば、ハルトが思った以上の距離を、思った以上の速さで進む。

 そして何よりも問題だったのは、そうして攻めあぐねている間にもハルトの魔力が【カサルティリオ】にどんどんと吸われているということだった。無尽蔵にあるわけではない魔力。このままでは決着が着く前にハルトの魔力が底を尽きるのは目に見えていた。


「リオン、この力ってどうやって制御したらいいの!」

『ふむ、『憤怒の竜剣』は怒りの力じゃ。それを制御できぬということはハルトが怒りの感情を制御できていないということに他ならぬ。己が心と向き合うがよい。それがお主が今抱えるその怒りの根源はなんじゃ?』

「ボクの……怒ってる理由?」

「勝負の最中に考え事とは、舐めているのか《勇者》よ!」


 突き出されたワーウルフの爪を紙一重で避けるハルト。しかしワーウルフの攻撃はそれで終わりではなく、次の瞬間にはハルトに向かって蹴りを繰り出してきた。最初の攻撃を避けて体勢を崩しているハルトはその蹴りをもろにくらってしまい、吹き飛び壁にぶつかってしまう。


「がはっ!」


 肺の中の空気が無理やり押し出される。飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め立ち上がるハルト。


「命のやり取りをしているということを忘れるなよ《勇者》。勝負は真剣でなければいけない。次に気を抜くようなことがあれば容赦なく、噛み砕く」

「くそ……このままじゃ」


 ふらつきそうになる足に力を込めて、剣を構えるハルト。次に蹴りを喰らえばそれだけで終わってしまうだろうことは想像に難くない。


『ええいまどろっこしい。ハルトよ。お勇者としてのスキルを覚えておらんのか?』

「ごめん、ちょっとまだ」

『情けないのう。ではこのまま大人しく殺されるつもりか?』

「それは……嫌だね。このまま殺される気はさらさらないよ」

『まぁ、あるいは一度殺されるというのもありかもしれんが……』

「何バカなこと言ってるのさ」

『いや、これは最終手段じゃ。気にするな』

「いや、最終手段もなにも死んだら終わりなんだけど」

『気にするなと言ったじゃろう。ほれ、向こうから来るぞ!』

「っ!」


 弾丸のような速さで飛んでくるワーウルフ。ハルトとの距離は一瞬でゼロになり、強靭な爪がハルトを襲う。半ば無意識に振るった剣はワーウルフの爪とぶつかり合い、押し合いになってしまう。その力はほとんど互角。剣の切れ味を加味すればハルトの方が若干有利とも考えられた。しかしワーウルフに引く様子はない。


「どうした《勇者》。腰が引けているぞ。もっとだ、もっとオレの血を高ぶらせろ! 楽しませろ!」

「あいにくと……楽しませるつもりはない、よっ!」


 ふっと力を抜き、ワーウルフの爪を受け流すハルト。力を入れたままだったワーウルフは姿勢を崩してしまう。そしてハルトはお返しだと言わんばかりに今度はワーウルフの腹に向かって回し蹴りを叩き込む。後ろに飛ばされたワーウルフはしかし蹴りを叩き込まれた腹をさすり、ニヤリと笑う。


「悪くない蹴りだ。しかしオレを倒すには……足りないな」

「そう。じゃあ次はもうちょっと力を込めてみるよ」


 激化していく戦いの中、決着の時が少しづつ近づいていることをハルトは感じていた。






□■□■□■□■□■□■□■□■□


 暗くなり始めた森の中をリリアはハルト達の姿を探して走り続けていた。

 花畑にいる、と言われてその場所へやって来たリリアだったがハルトの姿を見つけることができずそのまま周囲の捜索を続けていた。


「もし二人が今もシアと一緒にいたなら……まずいかもしれない。早く見つけないと」


 しかし焦ってもハルトが見つかるわけではない。そうわかってはいるが、逸る気持ちがリリアの余裕を奪っていた。

 しかしその時だった。奇妙な魔力の波動をリリアは感じた。


「なに……今の魔力」


 今までに感じたことが無い奇妙な感覚。どちらかといえばリリアの持つ『姉力』に近い。そんな気配。


「もしかしたら今の魔力の方向にハル君がいるかもしれない」


 そう思ったリリアはすぐに駆け出す。感じた魔力の位置はそう遠いわけではない。すぐに着くと考えていたリリアだったが少し走り始めた直後に嫌な予感を感じて止まり、剣を構える。


「……見られてる」


 ねぶみするような、ぶしつけな視線。その視線の主を探すリリアだが、感じるのは視線だけでどこから見られているのか、どこにいるのかということが全くわからない。

 ある種の不気味さすら感じながらリリアはゆっくりと歩を進める。リリアが移動すればその視線もついて来る。視線の主がわからないまま、やがてリリアは少し開けた場所に出る。そこには洞窟があった。

 そして先ほど感じた奇妙な魔力もその洞窟の中から感じる。


「この中に?——っ!」


 洞窟に近づこうとしたリリアは、殺気を感じてとっさに後ろに飛び退く。その直後、リリアが立っていた場所にナイフが刺さる。飛び退いていなければ直撃したであろう位置だ。

 リリアは反射的にナイフが飛んできた方向に斬撃を飛ばす。当たった風な気配はなかったが、やがて暗がりから姿を現す誰か。その人物は昨日出会ったローワと同じように、ローブを身に纏い顔を隠しているためにどんな人物かは判別できない。しかしその身に纏う雰囲気からただモノではないことはわかった。


「あなた……誰?」


 最大限の警戒をしながらリリアは問いかける。しかしローブの人物は答えることなく、スッとナイフを構えてリリアに向かって駆け出してきた。


「なるほど、問答無用ってわけね。でも時間がないの。最初から全力でいかせてもらうわよ!」


 そしてリリアは『姉力』を解放し、ローブの人物と戦い始めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る