第75話 速さと力

 リリアは突如現れた謎のローブの人物と戦い始めてから少しして、その人物の奇妙さを感じ始めていた。

 何も感じないのだ。ローブの人物から何も。リリアに対する攻撃は鋭く、そして正確だ。避けることができなければ致命となるであろう攻撃を次から次へと繰り出してくる。しかし、そこに殺気が感じられない。攻撃する時人はだれしも殺気というものを放つ。殺そうとする一撃であればなおさらだ。だというのに、ローブの人物は何も感じさせずに攻撃してくる。それがリリアには不気味だった。


「私にはあまり時間が無いのよ。ここで手間取ってるわけにはいかないの」


 たとえ相手が何もわからない奇妙な存在であったとしても、負けるわけにはいかないのだ。ハルトのこともあり、時間をかけられないと思ったリリアはさらにスピードを上げて攻撃を仕掛ける。

 急に速度を上げたリリアに対応しきれなかったローブの人物は、リリアの蹴りをもろにくらって吹き飛び、気にぶつかる。


「っ!」

「しばらく眠っててもらうから」


 一気に距離を詰めて気絶させようとしたリリア。しかしその瞬間、ローブの人物の姿が掻き消える。忽然と、まるでいなくなったかのように。

 嫌な予感に襲われたリリアはすぐさまその場から飛び退く。その直後、リリアの頭があった位置をナイフが通り過ぎる。


「脅威、認定……排除、排除」

「女の子!?」


 振り向けばそこにいたのは無機質な表情をした幼めに見える女の子だった。急速に移動したせいか、ローブは脱げてしまっていたがそれを気にした様子もない。小さく何事かを呟いた直後、ナイフを構えてリリアに襲い掛かって来る。その速度は先ほどまでとはくらべものにならないほどに速く、『姉力』を解放したリリアの全力の速度にも匹敵する速さだった。


「くっ、あなた何者なの」

「対象を脅威レベル二に設定。能力を三段目まで解放」


 何も感じさせない無機質な瞳でリリアのことを見つめて呟いた少女はさらに速度を上げる。それはリリアが目で追うことがやっとの速さだった。そして少女はどこからともなく取り出した二本目のナイフで猛攻を仕掛けてくる。速さにものをいわせた全力のラッシュ。剣を一本しか持っていないリリアには捌ききれない量の攻撃だった。

 右から来たと思ったら左から、下から、上からそして更には背後からと絶え間なく続く連撃。致命となる攻撃だけはかろうじて避けていたものの、このままではそれも時間の問題だった。

 リリアは分散していた『姉力』を全て防御にまわす。それでも少しずつ、確実にリリアの体にダメージは溜まっていた。

 闇雲に剣を振ったとしても当たるわけもなく、しかし少女の連撃は止む気配を見せない。まさしく絶対絶命という状況だった。

 そんな中で、リリアは少しずつ苛立ちを募らせていた。それは攻撃をしてくる少女への苛立ちではない。何もできていない自分への苛立ちだった。


(万全の状態じゃない、なんていうことは言い訳にならない。ハル君の旅に一緒に行くと決めた時にわかってたはず。自分よりも上の人物と出会う可能性があることは。私は最強ってわけじゃないんだから)


 例えば今各国にいる《勇者》達はリリアよりも強いだろう。《勇者》のみならず、リリアよりも強い人物などいくらでもいるはずだ。それをリリアはわかっていた。わかっていてもリリアは決めたのだ。ハルトの邪魔となるものは全て排除すると。それが格上の人物であったとしても。

 だというのに今はどうだ。リリアよりも幼く見える少女の圧倒され、まったく手だしができない。それが腹立たしく、リリアの中に少しづつ苛立ちが募っていった。


(私に必要なのは何? 綺麗な勝利? 違う。負けないこと。例え相手が誰であっても、敗けないこと。こんな所で……負けるわけにはいかないの!)


 キッと目を見開いたリリアは防御をやめる。リリアの奇妙な行動に、初めて少女の無機質な表情の中に一瞬戸惑いが混じる。それでも好機と思ったのか容赦なく仕留めようと突っ込んでくる。その一撃をリリアは避けなかった。リリアの腹に刺さるナイフ。それこそがリリアの狙いでもあった。

 苦痛に表情を歪めながらもリリアは少女の腕を掴む。例え速さは少女の方が上でも、力はリリアの方が上だ。ならば、少女の速さを殺してしまえばいい。


「……捕まえた」


 必死に腕を振りほどこうとするが、リリアが離すわけもなく、もがく少女を持ち上げて全力で地面に叩きつける。


「っ!」

「悪いけど、少し眠っててもらうわよ」


 そこで初めて少女は苦悶の表情を見せる。そんな少女に向けて腕を振りかぶったリリアは姉力を込めて思い切り殴る。


「あぐっ」


 気絶させるつもりで殴ったリリア。しかし、その直前に魔力を殴られた位置に集中させたのか少女は気絶することなく耐える。そして口を開いた少女の口から何かが飛び出してきて、それをすんでの所でリリアは避ける。その瞬間に拘束がゆるみ、少女は抜け出してしまう。

 それでもダメージはあったようで少しふらつきながら少女は立ち上がる。


「許容以上のダメージを確認。一時撤退が必要と判断。警戒対象として認識」


 リリアのことを記憶するように見つめた少女は、あっという間にその場から逃げ去る。


「……逃げた?」


 少しの間油断することなく気を張り巡らせていたリリアは、完全に少女の姿がなくなったことを確認して警戒を解く。

 そしてその場に崩れ落ち、刺された腹を抑える。瞬間的に姉力を集中させてダメージは抑えたものの、それでも刺されればリリアだって痛い。


「なんだったんだろう、あの子……ううん。今はそれどころじゃない。早くハル君を探さないと。たぶん、この中にいるんだよね」


 血を流す腹を抑えながらリリアは洞窟の中へと入って行くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る