第73話 『憤怒の竜剣』

「さぁかかってこい《勇者》よ! お前の力を示して見ろ!」


 そう言って吠えたワーウルフに向かって駆け出すハルト。体に渦巻く怒りの感情そのままに剣を振るう。しかし、そんな感情に任せたままの攻撃が当たるはずがない。一撃、二撃と攻撃を加えていくが、ひらりひらりと掠る気配すらない。

 ワーウルフは攻撃する気配を見せず、ただジッと冷静にハルトの剣閃を見極めている。


「ふむ、筋は悪くないと言ったところか。これまでゴブリンとの戦い、そしてロックゴーレムとの戦いを見てきて思ったことだが、思い切りが良いな。剣が真っすぐなことも好印象だ」


 まるで稽古をつけているかのようなワーウルフの態度がさらにハルトの神経を逆なでする。


「しかしそうか。その怒りの感情はこの戦いの場において邪魔にしかならない。もっと自分の感情を律することができるようにならねばな」

「なにをっ!」

「余計な感情は動きの無駄を生む。過ぎた怒りの感情のせいで余分な力が入っていることはわかっているんだろう? それとも、そんなにシア・クローディルのことが気に入っていたのか? あれはあくまでオレの作り出した模倣に過ぎないというのに。最初からいない存在のために怒るとはどういうことだ?」

「黙れ!」


 ワーウルフの言っていることに間違いはない。ハルト達がこの村に来てから接してきたシアはワーウルフの作り出した、言ってしまえば幻想のようなもの。元いたシア・クローディルという少女の記憶を読み取り、ワーウルフが模倣しただけの存在。

 ワーウルフからすれば、そんな架空の存在に対し本気で同情できるハルト達のことが理解できなかった。


「オレの想像していた以上にお前達はシア・クローディルの存在が大きくなっていたんだな」


 ハルト自身、ワーウルフの言っていることはわかっている。その理屈を理解できる。しかしハルトの感情の部分がそれを拒んでいるのだ。次から次へと怒りの感情を生み出しているのだ。そしてそれは、イルも同じだった。わけのわからない感情が渦巻き、思考が定まらない。その苛立ちをぶつけるようにイルは残った魔力を振り絞ってワーウルフに向かって魔法を放つ。


「【ホーリーランス】!」

「むっ。こざかしいな。効かないということはもうわかってるだろうに」

「ちっ、くそ」


 イルの放った魔法は簡単に弾かれてしまう。ワーウルフにとってはさして難しいことではなかったが、イルにとっては渾身の一撃だった。ハルトに気を取られている今ならばあるいは、と思っての攻撃だったが結局意味はなさなかった。


「多少の疲れ、という部分を加味したとしても……なるほど、大体の力量は見極めることができた。これ以上の収穫はなさそうだな」

「力量を見極める? なんでそんなことを」

「それがオレが魔王様に与えられた命令だからだ。しかし、正直に言えば期待外れと言わざるを得ない。この先の成長性を考えても……それほど強くなるとは思えないな。むしろ、お前の姉……リリアだったか。彼女の方が戦士としての資質は高いように感じたぞ」

『ククク、その判断は早計というものじゃぞワーウルフよ』

「ん? どういうことだ剣精霊よ」

『確かにハルトは今は並みの力量の戦士かもしれん。しかしそれは妾を、この【カサルティリオ】を握らなければの話じゃ。妾の力……甘く見るでないぞ』

「なるほど。それも確かだ。ならば見せてみろ。お前の言うその力をな」


 ニヤリと笑ったワーウルフは構えを解き、ハルトに剣の力を使うように促す。


『というわけじゃ。妾の力を貸してやろうぞハルトよ』

「それはありがたいんだけど。でもどうやって使ったらいいの?」

『そうじゃのう。今回は……お主の怒りの力を使わせてもらうとしようかの』

「え?」

『さぁ、怒りを喰らえ【カサルティリオ】』


 その瞬間であった。ハルトは体の中の何かが吸われる感覚に襲われる。それに比例して、ハルトの中にあったワーウルフへの『怒り』が無くなっていくのを感じていた。


「何……これ」

『お主の中にあった怒りの感情、喰わせてもらったぞ。悪くない味であった』


 リオンがそう言うと、剣の形状がにわかに変化し始める。何の変哲もないただの剣から、刀身は赤く染まり、鍔の部分には螺旋の角状の装飾が施されていた。急激に変化した形状にハルトは驚きを隠せない。


『【カサルティリオ】が第一の力——『憤怒の竜剣』じゃ。攻撃特化の型じゃな』

「これが……この聖剣の力なの?」

『そうじゃ。まだまだこんなものではないがの。さぁ試してみるがよい』

「……わかった」


 【カサルティリオ】に怒りの感情を吸われた影響か、先ほどまでよりも冷静に状況が見れるようになっていた。


「それが剣の力か。なるほど、悪くない。強き力を感じるぞ」

「いくぞワーウルフ!」


 一歩踏み出した瞬間、ハルトの視界がぶれた。離れた位置にいたワーウルフが突如として目の前に現れたのである。それはワーウルフが動いたわけではない。動いたのはハルトだ。ただその動きが自分が想定していたよりもずっと早かったのである。


「えっ!?」

「これは」

『なにをぼさっとしておるハルト! 攻撃せんか!』

「あ、わ、わかってるよ!」


 下から上への斬り上げ。別に何の変哲もない攻撃だ。しかしその攻撃も今までとは速度も、その威力も違った。とっさに後ろに下がることで攻撃を躱したワーウルフだったが、躱しきることが出来ずに腕から血が流れる。


「なるほど……面白い。面白いぞ《勇者》よ! 今度はこちらからだ!」

『どうやらやる気になったようじゃの。さぁハルトよ。妾のこの力……使いこなしてみせよ!』


 そして、ハルトとワーウルフの両者は再び激突し、勝負は少しずつ激しくなっていくのだった。

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