第50話 動き出す夜
花畑から戻ったハルトを待ち受けていたのは家の前で仁王立ちしているリリアの姿だった。
その姿を見た瞬間、ハルトとイルは本能的にヤバいと感じた。リリアの隣にいるタマナは苦笑いしている。
「……どこに、行ってたの?」
静かな声音でリリアはハルトに問いかける。優しい表情を浮かべているがなおのこと恐ろしい。
「え、えっと……その、東の方の森……に」
「東の森?」
「う、うん」
「なんの用があって?」
「えっと……その……」
殺人事件の犯人を捜していました、などと言えるわけがない。そもそもリリアには極力家を出ないようにと言われていたのだ。この状況でそれを破ってすんなりと許してくれるほどリリアは甘くはない。ハルトにはだだ甘なリリアでも、許してくれないことというのはあるのだ。それでもハルトが心から謝ればあっさりと許してしまうのだが。
リリアの真剣な眼差しでハルトのことを見つめている。それを見たハルトは、意を決して本当のことを言おうとする。が、しかしその直前でシアが口を開く。
「わ、私がお願いしたんです!」
「お願い?」
「その、東の森の中に花畑があって。でも今は誰も花の面倒を見れてないから……ハルト君とイルちゃんにお願いして一緒についてきてもらったんです」
「……本当なの?」
「あぁ、そうだ。流石にこの状況でシア一人ってのは危ないって思ったからな。オレらもついて行くことにしたんだ」
ハルトが何かを言おうとする前に、シアのついた嘘にイルも乗っかる。そして横目でチラリとハルトのことを見て余計なことを言うなと目で睨む。
「そうなの?」
「……うん、そうだよ」
「……そう。でも、次に外に出る時は絶対に私かタマナさんに言ってからにして。いい?」
「うん、わかったよ。ごめんね、姉さん」
「いいのよ。でも、本当に……心配したんだから。ハル君に何かあったらって思うだけで私……」
家に戻って来てハルトがいないということが分かった時、まさしく心配で胸が張り裂けそうだという感覚をリリアは味わった。タマナには大げさすぎると言われたが、それでも心配なものは心配なのだ。今のこの村では何があってもおかしくないのだから。
「イルも。あんまり危ないことはしないでね」
「わかってるよ。当たり前だろ。誰が好き好んで危ない真似なんかするか」
「ならいいんだけど」
「すいませんリリアさん。私のせいで」
「ううん。でも、シアも花の世話が大事なのはわかるけど、あまり出歩かない方がいいわよ」
「それはわかってるんですけど……あそこの花畑はこの村の子供たちと一緒に作りあげた大事なものですから。どうしても世話だけはしておきたくて」
「……そう。まぁとにかく、みんな不用意に出歩かないようにね。それだけは覚えてて」
それだけ言い残してリリアとタマナは家の中へと入って行く。それを見届けた三人はホッと胸を撫でおろす。
「お前、リリアに本当のこと言おうとしただろ」
「そうだけど。ダメだった……かな」
「当たり前だろこのバカ! あいつが犯人捜しなんて許してくれるわけないだろ。もし正直に言ってたらあいつ絶対キレるぞ。そうなったらお前はまだしもオレがどんな目にあうか……わかるだろ!」
「で、でも姉さん優しいからちゃんと訳を説明したら許してくれるかもしれないし」
「優しいのはお前に対してだけな!」
「そうかなぁ」
「そうだよ! ってか、どうすんだよ。まだ犯人捜しするのか? それともリリアの言う通り大人しくしてるのか?」
「……ううん。明日も探しに行くよ。姉さんには悪いけど、それでもボクは諦めたくない」
「ふん、少しは男らしいこというじゃねーか。ま、オレも気になることはあるしな。手伝ってやるよ」
「気になることって、さっき話してた剣とか狼とかって話?」
「結局なんもわからなかったし、どういう意味があったのかは気になるからな。少なくとも、少しはこの事件と関係あることだと思うんだけどな」
「剣と狼か……なんのことなんだろうね」
「さぁな。それがわかりゃ苦労しねーよ。まぁ、事件のこと調べてたらわかるだろうよ。たぶん」
「そうだね。頑張ろう」
「あぁ……って、そうじゃねぇ。一つ言っとくぞ」
「何?」
「オレが犯人捜しをするのはお前のためじゃないからな。いつまでも窮屈な生活をするのが嫌だってだけだからな。そこんとこ勘違いするなよ」
「え、う、うん。わかった」
「ふふ、イルちゃんも素直じゃないなぁ。ホントはハルト君のことが心配なくせに」
「ちげーよバカ!」
「はいはい、そうですねー。私にも手伝えることがあったら言ってね。できることなんてほとんどないけど」
「うん、シアさんもありがと」
「それじゃあ家の中入ろっか。いつまでも外で話してるのも変だし」
「腹も減ったしな」
「今日は魚にするってお母さん言ってたよ」
「魚か……オレあんまり得意じゃないんだよなー」
「ふふ、大丈夫。お母さん料理上手だから。きっと好きになるよ」
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「タマナさん、少しいいですか?」
食後、リリアに呼ばれたタマナはハルト達の傍を離れる。そして連れていかれたのはリリアとハルトの泊まっている部屋だ。
「なんですか?」
「今日一日、犯人捜しをしていてどう思いましたか?」
「どうって……なかなか尻尾をださないなぁと。犯人に繋がるようなものを見つからないですし」
「そうなんです。このままじゃ埒が明かない。少なくとも、三日で見つけるのは不可能です」
ウェルズがリリア達に与えた猶予は三日。これを過ぎればリリア達が犯人か否かはともかく、裁こうとするだろう。疑わしきを罰す。ウェルズ達の考えはまさにそれだ。しかしリリアがそれを許容するわけにはいかない。
「そこで、一つ考えがあるんです」
「考えですか?」
「この後、村の中の見回りをして、直接犯人を捕まえに行きます」
「えぇ!? 危ないですよ!」
「静かにしてください。ハル君達に聞こえます」
「あ、すいません……」
「もちろん、危ないのは承知の上です」
「でも、犯人が動くとは限らないじゃないですか」
「いえ、必ず動きます」
「どうしてですか?」
「予感がするんです。胸騒ぎが。今日の一件で終わりじゃないって」
「予感……ですか」
「信じられませんか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど。でも、どうして私だけにそれを? 皆さんにも伝えておいた方が」
「それは止めておきます。タマナさんに頼みたいのは二つです。ハル君とイルにそれとなくこの話を伝えて欲しいということ。そして、クローディルさん達には黙っていて欲しいということです。もちろんシアにも」
「え?」
「はっきり言うなら、私は……私達以外の全員を疑っています。そこにはローワさんも、クローディルさんも含まれています。可能性は限りなく低かったとしてもです」
「そうですか……わかりました。ハルト君達には後で伝えておきます」
「お願いします」
「それでもう一つの頼み事っていうのはなんですか?」
「……それは——」
少しの逡巡の後、リリアはタマナにもう一つの頼み事を口にした。
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