第51話 犯人との邂逅

 夜の闇というのはヒトの本能的な恐怖をあおる。どこまでも続く漆黒は視界を奪い、まるでこの世に一人だけになってしまったような、そんな孤独感すら与えてくる。だからこそ人は明かりを求め、恐怖を遠ざけようとするのだろう。

 リリアは、そんな暗い村の中を剣だけを持ち歩いていた。今のリリアにとって唯一の光源は空に煌々と輝く月だけだ。

 周囲に気を張り巡らせながら見回りを続けるリリアだが、誰の気配も感じない。今のリリアに聞こえるのは村の中を流れる風の音と、風に揺らされる枝葉の擦れる音だけだ。


「ホント、静かな夜」


 殺人犯などいないかのような、穏やかな夜。しかしそれは偽りだ。この静かさは殺人犯への恐怖から生まれたものだ。目をつけられないように、息を潜めるように、家の中に閉じこもり一夜を過ごす。普段であったならば、まだもう少し起きている人もいたのであろう。


「村の人まで殺されて警戒心マックスって感じかな。次は自分かもしれないって……まぁわからないでもないけどね」


 この村の住んでいる人はそれほど多いわけではない。それはつまり、殺人犯に狙われる可能性も必然的に高くなるということだ。殺人犯の狙う相手がわかれば話は別だろうが、今はそれをわかっていない。


「私を狙ってきてくれれば話は早いけど……そう上手くはいかないかな」


 一応気配を殺しながら歩いているリリアだが、誰からの視線も感じない。リリアのことを避けているのか、それとも今日は動かないつもりなのか。もしかしたら今もどこかで嘲笑っているのかもしれないとリリアは思った。


「これ以上殺されないのがベスト。でも動いてもらわないと私は詰み。難しい話ね。犯人を見つけるなんて意気込んではみても、こうして地道に探していくしかできないんだから……情けない」


 リリアは推理小説に出てくるような探偵ではない。人と比べて特別頭が良いというわけでもない。たとえ殺人現場や死体を見た所でわかることはそれほど多くはないのだ。


「こうしてみると、某少年探偵の恐ろしさがよくわかるってものね」


 リリアの前世、地球にあった推理漫画。その主人公はどんな場面であっても鋭い洞察力で証拠を見つけ、犯人をあぶりだしてきた。


「この世界にもそんな存在いたりしないかな。そしたら楽なんだけどな。それに、もし姉さんがここにいてくれたら……」


 そんな都合の良い存在も姉もいないことはリリアもわかっている。しかし、それでも言いたくなってしまった。いまだにリリアの心の中に在り続ける姉に、縋りたくなってしまった。


「ううん、ダメ。今は私がお姉ちゃんなんだから。私がしっかりしないと。ハル君を守らないといけないの。そのためならできないことでもできるようになるの」


 顕在しようとした心の弱さを押さえつけ、リリアは気持ちを切り替える。


「今集中しなきゃいけないのは犯人捜し。必ず動くはず。それは間違いない」


 それからしばらく村の見回りを続けたが、成果はあがらなかった。


「見つからない……か。まぁそんなに都合よくいくとは思ってなかったけどね。はぁ、そろそろ時間かな——っ!?」


 今夜は諦めて戻ろうか。そう考えていたリリアは突然誰かの気配を感じて振り向く。気配を感じた方へと走ると、外套を着た人物が森の方へと走って行く姿が見える。その人を見失わないようにつかず離れずの距離でリリアは追いかける。


「はぁ、はぁ……」


 森の中へと入ったその人物は足を止めるとキョロキョロと周囲を見渡す。リリアはジッと息を潜めて見つからないように隠れる。

 そして、周囲に人がいないことを確認し安心した外套の人物がホッと息を吐いたその瞬間、リリアは剣を構えて木の陰から飛び出した。

 そして一気に間合いを詰めてリリアは剣を振るう。外套の人物——ではなく、リリアと同じように木の陰に隠れ、そして飛び出してきた人物に向けて。


「伏せてっ!」

「へ、きゃああああ!」


 リリアが叫び、とっさに伏せる外套の人物。その頭上でリリアの振るった剣と、同じように飛び出してきた人物が突き出してきたナイフがぶつかり合う。


「ちっ!」


 襲撃に失敗したその人物はサッと飛びずさり、距離を取る。


「ようやく見つけた……タマナさん、もう大丈夫ですよ」

「は、はいぃ」


 思わず腰を抜かしてしまった外套の人物——タマナがリリアの後ろに逃げる。

 これはリリアの考えた作戦の一つであった。タマナに頼んだ二つ目のこと。それはタマナに囮になってもらうということだ。そしてリリアの想像した通り、タマナの姿を見つけたその人物はタマナのことを追いかけ始め、リリアはその後を追ったというわけだ。


「……なるほど、私は釣られたというわけか」


 目の前の人物はローブを目深にかぶっており、声も魔法で変えているのか奇妙な響きで男女か判別できない。


「あなたが殺人犯ということでいいわね」

「どう思うかは君の自由だ」

「なんにせよ、タマナさんを殺そうとしたことは事実よ。捕らえさせてもらうわ」

「できるかな?」


 剣を構えるリリアとナイフを構える犯人。リリアはその隙のない構えに警戒心をさらに高める。森の中という限られた空間、そしてリーチの長い剣と短いナイフ。動きやすさという点では犯人の方が上だろう。


(相手は今油断してる。そのうちに名前だけでも確認しておこう)


【姉眼】を発動するリリア。そうすれば相手の名前を見ることができるからだ。たとえ相手が姿を隠していようとそれは関係ない。しかし、目に見えたのは想像とは違うものだった。


「え……」


 見えない。正確には、文字化けしたようになっていて判読できない。その驚きが隙になってしまった。

 足元の悪さをものともせず、滑るように近づいて来る。


「くっ」


 一撃で仕留めるためか、躊躇なくリリアの首を狙って来る。リリアも何とか反応し、防ぐがそこから始まるのは怒涛の連続攻撃だ。初動で差をつけられてしまったリリアは防ぐことしかできない。


「どうした? 捕まえるんじゃなかったのか?」

「このっ、調子に乗るな!」


 姉力を足に集中させ、思い切り振り下ろすリリア。爆発的に上がったリリアの力で地面が抉れる。


「っ!」

「『ライト』!」


 激しく飛び散る破片を避ける犯人。そして、その瞬間に合わせてタマナが『ライト』の魔法を使う。暗い夜の森に突如現れる光。それは犯人の視界を一瞬奪うには十分だった。その隙にリリアが剣を振るう。斬った感触はあったものの、浅いとリリアは判断する。しかしもう一度踏み込む前に犯人が距離を取る。


「なんという馬鹿力だ」

「褒め言葉として受け取っておくわ」

「状況は私に不利……か。ここは引かせてもらおう」

「逃がすと思う?」

「もちろんさ」

「逃がすわけないでしょ!」


 リリアが踏み込もうとした瞬間遠くから狼の声が響く。その声に気を取られたリリアの隙をついて犯人は森の奥へと走り出す。

 リリアも慌てて追いかけるが森の木に阻害されて追いきれない。

 そうしているうちにもみるみる距離を離され、やがて姿を見失ってしまう。


「くっ……」

「リ、リリアさぁ~ん」

「すいません、逃げられました」


 捕らえるチャンスを逃し、悔し気に顔を歪めるリリアは犯人の逃げた方をジッと睨み続けていた。

 そして次の日、森の外れで再び死体が見つかった。

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