第49話 【聖言】

「そういえばこの方向ってさ、シアさんに案内された花畑がある場所だよね」

「あぁ、そういえばそうだったっけ」

「そうだよ。覚えてないの?」

「覚えてるも何も、ずっとあいつが話かけて来るから通った道のことまで覚えてねぇよ」

「はは、イルさんとシアさんすごく仲良くなったもんね」

「別に仲良くなってねぇよ!」

「そんなに恥ずかしがらなくても」

「恥ずかしがってねぇ!」


 イルはそういうものの、はたから見ればただの仲良しにしか見えない。そもそもずっと話しかけてくるシアのことをイルが本気で拒絶していないのだから、そう思われてもしょうがないだろう。


「でも、シアさんのこと嫌いってわけじゃないでしょ?」

「それは……まぁ……いや、鬱陶しいと思ってるのはホントだからな!」

「はいはい」

「なんだよその目は!」

「わかったから。それよりもさ、リオンに言われてここに来たのはいいけど、広すぎてどうしたらいいんだろ?」

「んなことオレが知るかよ」

「そう言わずにさ。ここまで来たんだからちょっとくらい一緒に考えてよ」

「お前なんかどんどん図々しくなってないか?」

「え。そうかな?」

「まぁ別にいいけどよ。あいつの言う通りここまで来たのはいいけど何も見つからない。あくまであいつの言うことを信じるならだが、ここに何かがあるんだろ」

「たぶん、そうだと思う」

「ったく、目立つもんでも置いとけってんだ。気は進まねぇけど……使うか」

「使うって何を?」

「……《聖女》としてのスキルだよ」

「え、イルさん使えたの!?」

「当たり前だろ。アウラが言うにはオレの《聖女》としての資質は相当高いらしいぜ。全然嬉しくねぇけどな」


 苦々しい顔をしながらイルは言う。アウラに言われた通り、イルの《聖女》としての資質は相当高かった。普通スキルというのはなかなか発現しないものだ。それが特殊な《職業》であればあるほど特に。アウラですら《聖女》としてのスキルが初めて発現したのは《聖女》になってから一月経ってからだったのだ。しかし、イルは違った。《聖女》となったその日からスキルが発現していた。イル自身が使いたがらなかったため、ハルト達も知らなかったことである。


「どんなスキルなの?」

「名前は【聖言】。アウラが言うには……神様の声が聞こえるらしいぜ?」

「神様の声が?」

「あぁ、一回だけ使った時にわけわかんなかったけどな。声が聞こえるっていうより、景色が見えただけだし」


 アウラに言われて一度だけスキルを使った時、イルの目に見えたのは黒い空と巨大な城、倒れ伏す己の姿と同じように倒れている誰かの姿。そして見知らぬ女の姿だけ。それも一瞬のことで、結局なんのことかわかりもしなかった。


「アウラが言うには、自分の見たいと思うものをちゃんと考えて使わないとダメなんだとよ。だから今回の場合、東の森に何があるのか知りたいって思いながら使えば何かわかる……かもしれない」

「へぇ、すごいね!」

「かもしれないってだけだからな。あんまり期待すんなよ」

「でも、何もわからないよりはずっといいよ」

「じゃあ、集中するから少しの間黙ってろ」


 そしてイルはスキルを使うために集中し始める。このスキルは使おうと思ってすぐに使えるほど便利なものではなかった。深く集中する必要があったのだ。

 そしてイルは突然、地面がぐらりと揺れたような感覚に襲われ、それと同時に目の前の景色が移り変わる。


(花畑……洞窟……剣、それに……狼? なんだこれ)


『狼は……に、いる』


「え?」


 突如としてイルの脳裏に響く女性の声、それは途切れ途切れで完全には聞き取れなかったが、辛うじて狼という言葉だけは聞き取れた。


「狼ってなんだよ!」


 思わず叫ぶイルだが、もはや声は聞こえない。


「イルさんどうしたの?」

「……わかんねぇ」

「何も見えなかったってこと?」

「いや、そういうわけじゃねぇ。いくつか見えたし……何か聞こえた。でも、内容がわけわかんねぇ」


 イルに理解できたのは花畑くらいだ。その光景だけは見たことがあったから。しかし、それ以外は何もわからなかった。


「とりあえず花畑だけは見えた」

「花畑って、シアさんに見せてもらった?」

「あぁ。とりあえず行ってみるか」

「そうだね。ここからだとそう遠くないだろうし」

「ったく、もっとわかりやすい情報よこせよ。だからこの力嫌いなんだよ」

「でも、何の情報もなかった頃から比べたら全然マシだよ」

「そうだけど……」

「とにかく行ってみよう。何かあるかもしれないし」

「一応木剣は持ってんだろ?」

「うん」

「気をつけとけよ。最悪犯人とばったり、なんてこともあるのかもしれねぇんだからな」


 そして、花畑が近づいて来るにつれて二人の間に緊張が走る。歩く速度を落とし、慎重に歩く二人。


「っ!? 誰かいる」


 人の気配に神経を張り巡らせていたハルトが花畑にいる誰かの存在に気付いて体を固くする。イルもハルトの言葉を受けて足音を出さないように近くの茂みに隠れる。


「誰がいるのかわかるか?」

「ごめんそこまでは……隠れてて見えないし」

「しょうがねぇ。近づくぞ」

「うん」


 茂みや木の陰に体を隠しつつ、ゆっくりと花畑に近づいていく。そしていよいよ誰がいるかわかる位置にたどり着こうとしたその瞬間、ハルトが足元の小枝を踏んで音を出してしまう。


「あ」

「このバカ!」


 そしてその音はもちろん花畑にいた人物にも届いていた。

 思わず息を呑むハルトとイル。


「誰っ!」

「ん? あれ、この声……」

「もしかして……」

「誰なの! いるのはわかってるんだから!」


 怯えを含んだその声音。しかしその声はハルト達にとって聞き覚えのある声だった。


「シアさん?」

「え?」

「あ、やっぱりそうだ! シアさんだ」

「は、ハルト君!? それにイルちゃんまで! どうしてここに」


 花畑にいたのはシアであった。ハルト達は予想外の人物がいたことに驚きながらも、殺人事件の犯人ではなかったことに安堵の息を吐く。


「どうしてはこっちの台詞だ。なんでこんなことに一人でいるんだよ」

「そうだよ。今は一人で出歩くのは危ないよ?」

「それはわかってるんだけど。ここの花のお世話だけはしときたかったから」

「だからって一人で来ることないだろ。オレでも、ハルトでも頼めば良かっただろうに」

「森の中なんて人もいないから特に危ないし。ボク達なら普通についていったのに」

「迷惑かなって思ったんだけど……そうだね。ごめん。ちょっと危機感足りなかったかも」

「そういや朝からいねぇなとは思ってたけど……まさかここに来てるなんてな」

「あはは、もしかして心配してくれてたの?」

「そういうわけじゃねぇよ! ただ、なんかあったら寝覚めが悪いと思っただけで」

「……うん、そうだね。ごめん。もう一人では出歩かないようにする」

「ふん」

「あ、そういえば二人はどうしてここに?」

「いやその、姉さん達の手伝いをしようと思って……犯人捜しをボク達もしてたんだけど」

「まぁ、色々あってここに犯人に繋がる手掛かりがあるかもってことになったんだよ」

「この花畑に?」

「シアさん、誰か見たりとかしてない? 怪しい物があったりとか」

「うーん、人は見てない……かな。ずっとここにいたけど一人だったし」

「そっか……」

「やっぱり使えねぇな。あのスキル」

「スキル?」

「いや、こっちの話だ。しっかし、これで振り出しか」

「そうだね」


 ざっと花畑を見渡しても、シアの言うように怪しい人影はないし何かがあるようにも見えない。


「どうしようかな」

「さぁな。少なくともオレはお手上げだ。情報が無さすぎる。あと見えたのは剣とか狼だったけど、なんのことかさっぱりだしな」

「狼……」

「なんか思い当たることでもあんのか?」

「あ、いや。ううん。なんでもないよ。それよりももうすぐ暗くなり始めちゃうから、二人とも早く帰ろう。さすがに少し危ないし」

「もうそんなに時間経ってたんだ。そうだね。急いで帰ろう」


 そして花畑を後にする三人。

 この時はまったくわからなかった【聖言】の意味。それを理解するのはもう少し先のことであった。


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