第47話 胸騒ぎ
リリアとの訓練を終えたハルトは部屋の中にいた。そしてそこにはイルの姿もあった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
部屋の中は沈黙と重い空気に満ちていた。イル自身がそれほど話すタイプではないということもあるが、何よりもハルトの放つ暗い雰囲気が原因だった。
さすがのイルも目の前でそんな雰囲気を放たれて平気ではいられない。少しの苛立ちを含ませながら口を開く。
「……なぁ」
「どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇよ! なんだよさっきから落ち込んだみたいな雰囲気だしやがっていい加減鬱陶しいんだよ!」
「あ、その……ごめん」
「だぁかぁら! 落ち込んでねーで訳を話せってんだよ! お前がいつまでもそんな調子じゃオレまで気が滅入るだろうが」
「訳をって言われても……ボクもよくわからないんだ」
「はぁ? わかんねーだと?」
「姉さんに言われたんだ。何もせずに大人しくしてるようにって」
「あぁ、そりゃそうだろうな。まだ殺した犯人も見つかってねーし。あいつならそう言うだろうよ」
「姉さんの言うことが正しいっていうのはわかるんだ。今のボクには力が無い。それは何も力だけの話じゃない。心の強さもそう。村の人たちがボク達のことを良くない風に言ってるのは知ってるんだ。姉さんはボクを守ろうとしてくれてる。犯人からだけじゃない、村の人の悪意からも。でも……ホントにそれでいいのかな」
「何が言いたいんだよ」
「ボクが守られてるってことは、それだけ姉さんが傷ついてるってことでしょ。確かに姉さん強いけど、村の人から心無い言葉をかけられて平気なはずがないんだ」
「…………」
「それがわかってるのに……姉さんに言われたからって、力が無いからって動かない自分のことが嫌になるんだ」
「……それじゃあ、お前はどうしたいんだよ」
「え?」
「お前が動きたがらない理由はわかった。でもそれで納得できてないのは動きたい理由があるからだろ? それを聞かせろよ」
「動きたい……理由?」
イルに言われてハルトは考える。リリアの言葉を素直に聞き入れられない理由を。
「オレが言うのもなんだけどよ。正しいって理由だけじゃ納得できねぇこともあるんだよ。でも、オレはそれを悪いことだとは思わねぇ」
「……ボクは、姉さんの役に立ちたいんだ」
イルに言われて、ハルトは自分の心に正直に話し始める。リリアはいつだってハルトのことを思って行動している。ハルトがこうして部屋の中にいる今この時も。だがリリアがハルトのことを思うように、ハルトもリリアのことを思っているのだ。リリアだけに苦しい思いをさせて平気なわけがない。
「じゃあ、簡単な話だろ」
「え?」
「うじうじ悩んでねーでさっさと動けってな」
「でも」
「でもじゃねーよ。後のことは動いてから考えりゃいいいだろ。安心しろ。オレも手伝ってやるからさ。ずっと家の中にいるのも暇だからな」
「それはそれで不安なんだけど」
「んだとっ!」
「ハハ、ごめんごめん。冗談だよ。でも……うん、そうだね。まずは動こう。それからだよね」
「最初からそうすりゃいいんだよ。よし、そうと決まったらさっそく行くぞ」
「え、行くってどこに」
「決まってるだろ。村の中で犯人捜しだよ」
そう言ってイルはニヤリと笑った。
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「犯人捜しは順調かな?」
「そうですね……あまり順調とは言えないかもしれません」
「そうか……こちらも手詰まりといった感じだよ。せめてウォルから《鑑定士》を呼べればいいんだけどね」
この世界でも殺人事件が起きることはある。その時に活躍する職業の一つが《鑑定士》だ。《鑑定士》には【観察眼】というスキルがある。それは観た相手の《職業》や《スキル》まで覗くことができ、リリアの【姉眼】のように魔力の流れを見ることができるものだ。そしてそれだけでなく、罪を犯したものの名前が赤く表示されるというのだから犯罪者にとっては脅威的な存在だろう。この世界における犯罪の基準は国、そして神によって決められているがどちらにせよ殺人が犯罪であることに変わりはない。
《鑑定士》の職業を極めた者は見た対象の魂まで見ることが出来るという噂もあるが、その真実は定かではない。
「道が塞がってる今は無理……というわけですか」
「うん、そうだね。はっきり言って手詰まりだよ。犯人を見つけるにはあまりにも証拠も、知識も足りなさすぎる」
ローワは村の人に怪しい人がいなかったかと聞いて回ったが、ほとんどの人が知らない。もしくは、リリア達やウェルズ達のことを疑う人ばかりだった。そして今まで平和であったがゆえか、犯罪が起きた時の対策をしてなかったことも痛かった。
「まぁそれは言っててもしょうがないことだろうね。できることをしていこう。犯人も逃げる気はないみたいだしね」
「できれば次の被害者が出る前になんとかしたいですね」
「それができれば一番だね」
ローワもそう言うが、それが難しいということお互いにわかっていた。
「そうそう、それとね。一つ伝えておこうと思ったことがあったんだ」
「なんですか?」
「こんな時にすることではないんだけどね聖剣の反応が活発になっているんだ」
「聖剣が?」
「あぁ、ウェルズ達が来てからもにバレないように密かに反応だけは確認していたんだけど、君達が来てからより反応が顕著になっているんだ。もしかしたらだけど、ハルト君の存在に反応しているのかもしれない。まぁ今はどうすることもできないけどね」
「なるほど……わかりました。覚えておきます」
「こういったことに焦りは禁物だ。のんびりもしていられないけど、確実に進めて行こう」
「……そうですね」
リリアの中にある僅かな焦りを見抜いたローワが言う。
それでもリリアは、この村に来た時と同じ、否、それ以上の胸騒ぎを無視することはできていなかった。
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