第46話 犯人捜し
これといった対策が思いつかないまま昼を迎えたリリアは気晴らしも兼ねてハルトと剣の鍛練をしていた。ウェルズや村人達に見つからないように、シアの家の裏庭を借りて。
「ほらハル君、もう一本よ」
「う、うん。わかった」
すでに鍛練を始めてから二時間近く経っている。ハルトは疲れを隠せなくなっていた。何度も打ち合いをしているが、剣先がぶれて打ち込みも弱くなっている。
「魔物との戦いは疲れてからが本番よ。疲れている時でもいつものように動けるようにしなさい。敵はけして待ってはくれないわ」
「はい!」
リリアの言葉を受けて、ハルトは木剣を持つ手に力をこめる。何度かの深呼吸で荒くなった呼吸も整えてジッとリリアのことを見つめる。その挙動を見逃すまいという真剣な目つきだ。少しいたずら心の湧いたリリアはわざとわかりやすい動きをハルトに見せる。
まっすぐハルトに向かって踏み込み、上段から木剣を振り下ろそうとする。単純な動作ではあるが、それだけに速く鋭い動きだ。それが見えているハルトのとれる行動は大きく二つ。避けるか、受け止めるか。ハルトの選択は後者だった。今にも振り下ろされんとする木剣を受け止めるために自身の木剣を上段に持っていく。そこから反撃を加える算段だったのだ。
しかしそれは、リリアの想像した通りの動きだった。
「甘いわ」
「うわぁっ!」
振り下ろす直前で木剣を止め、ハルトの意識が向いていない足元を狙って足払いをかける。木剣で攻撃されるものだと思っていたハルトは不意をつかれてなすすべもなく転んでしまう。そしてハルトの首筋にリリアは木剣を添える。
「はい、これで一度ハル君は死んだわ」
「うぅ……参りました」
「立てる?」
「うん、大丈夫だよ」
「それじゃあ、今の行動の何が悪かったかを考えてみて」
「うーん……攻撃を受け止めようとしたこと?」
「それは別に悪いことじゃないわ。問題は、それに意識が向き過ぎていたこと。言い換えればわかりやすすぎた。相手を見ようとすることは大事よ。でも、見るなら一部だけじゃなく全部を見なさい。確かに私は木剣を持っているけれど、攻撃する手段は木剣だけじゃない。手でも足でも、それこそ頭でだって攻撃できる。もちろん、それはハル君にも言えることよ。武器だけに頼らないで。まずは足を使うことから覚えるといいわ。足元はどうしても注意が散漫になりがちだから」
「そっか……うん、わかったよ。でもさ、前から気になってたんだけど、姉さんはそういうの誰から習ったの? やっぱり父さん?」
「そうね……剣の技や体術なんかは父さんが教えてくれたわ。ハル君はあまり知らないかもしれないけど、父さんってすっごく強いのよ? 剣だけなら私もまだ勝てないくらい」
「え、そうなんだ!」
「もちろん、ハル君が応援してくれるなら私は勝つけどね」
「なにそれ」
「これもまた大事な要素の一つ、精神論ね。勝負は時の運というけど、その運を引き寄せるのは心の強さだもの。諦めなければ可能性というのは無くならないものよ」
「心の強さ……ボクにも身につけれるかな」
「ふふ、ハル君なら大丈夫だよ。お姉ちゃんが保証してあげる。さてと、そろそろ時間だし終わりにしましょうか」
「……あの、姉さん」
「どうしたの?」
「聞いたんだ。また人が亡くなったって。それなのに、ボクこうやって訓練してるだけでいいのかな。何か少しでもできることとか……」
何もできずにこうしてシアの家にいることしかできない。それがハルトにはツラかった。動いたからといって何ができることがあるというわけではないかもしれない。それでも、少しでも誰かのためになることをしたいとハルトは思っていたのだ。
しかし、対するリリアの答えはハルトの望むものとは違った。
「……ないわ。ハル君にできることは」
「そんな!」
「買い物を頼むのとはわけが違うの。もしかしたら動くことで犯人に目をつけられるかもしれない」
「それは姉さんだって同じじゃないか!」
「私は私の身を守れる自信があるわ。でもハル君は? 私との訓練で一本も取れないハル君は大丈夫って言いきれる?」
「それは……」
「今回の犯人は相当な手練れだと私は思ってる」
今朝リリアが見た三人の死体。その傷からリリアは犯人のことを戦い慣れている、殺し慣れている人物だと思っていた。もしそんな人物とハルトが対峙すればどうなるか、それは想像に難くない。ハルトを危険から守ること。それが姉としての務めだとリリアは考えていた。
「でも……それでもボクは……」
「とにかく、ハル君はイルと一緒にここにいて欲しいの。犯人が捕まるまでは……お願い」
「……うん、わかったよ」
「良い子ね」
リリアは優しくハルトの頭を撫でたが、ハルトの表情はどこか浮かないままだった。
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「それで、犯人について何か気付くことはありましたか?」
「いいえ、まったくです」
ハルトと鍛練を終えた後、リリアはタマナと二人で村の中を歩き回っていた。村の人はよそ者であるリリア達のことを見るなり疫病神を見るような目をして逃げていった。
「はぁ、言いたいことがあるなら直接言えばいいのに」
「私達と関わると殺される、なんて言われてるみたいですね」
「サルドも、今日の人たちも私達と会った後に死んでいるから……ですかね」
「酷い言いがかりですけどねぇ」
「こんな状況でハル君を外に出すわけにはいかないわ」
優しいハルトがこんな視線にさらされれば、きっと傷つくだろう。リリアは犯人だけでなく、村人からもハルトを守らなければいけないのだ。
「まぁ、気持ちのいいものではないですからね。でも、あんまり過保護過ぎるのも良くないんじゃ……」
「私そんなに過保護じゃないですよ。姉として当たり前のことをしてるだけです」
「うーん、自覚無しですかー」
苦笑いするタマナ。それからほどなくしてリリア達は目的の場所についた。そこは村にある唯一の宿で、他の家に比べて明らかに大きかった。
「ここが村にある唯一の宿ですか」
「みたいですね」
「それじゃあとりあえず商人さんの話を聞きましょうか」
そう、リリア達の目的は商人から話を聞くことだった。落石で道が塞がれた今、村にやって来ていた商人たちも村に取り残されているのだ。この宿にはウェルズ達もいるため、リリア達としてはあまり来たくはなかったのだが。
宿の中に入ると、することのない商人達が昼からお酒を飲んでガヤガヤと騒いでいた。酒を飲むくらいしかすることがないため、しょうがないといえばしょうがないのだか。
しかし、酒に酔いすぎていてはまともな話は期待できない。リリア達は比較的まともそうな人を探して宿の中を探し回る。
「あの人なら比較的まともそうじゃないですか?」
「そうですね。あんまり酔ってるわけでもなさそうですし」
他の商人が騒ぎながら飲んでいるのに対し、一人だけ静かに飲んでいる人物がいた。その人に決めたリリア達は近づいて話しかける。
「少しお話いいですか?」
「ん? なんだお前達。この村じゃ見ない顔だけど」
「私達は所用で王都からやってきてまして」
「あぁ、お前達が。噂は聞いてるよ。この村に聖剣があるって。あの噂本当だったのか」
「それはなんとも言えませんが」
「大変なもんだなぁ。こんなタイミングで来ちまうなんて。村のやつらはお前らのせいだーなんて話してるな」
「耳の痛い話です」
「それで、そんなお前達が俺になんの用なんだ?」
「商人たちの中で武術に秀でた人はいらっしゃいますか?」
「武術? いないと思うぞ。っていうか、いたら商人なんてやってねーよ。俺達は《商人》の職業を手に入れたから商人やってんだ。それぐらいわかるだろ」
「それもそうですよね。ところであなたはこの村によく来るんですか?」
「そうだなぁ。もう何年も来てるよ。ところでお前らどこに泊まってるんだ? この村には、ここしか泊まる場所なかっただろ」
「クローディルさんの診療所でお世話になってます」
「あぁクローディルさんの!」
「ご存じで?」
「そりゃなこの村で唯一の診療所だし。それにクローディルさん家にはひいきにしてもらってるからな。この間もあそこのお嬢さんが買い物に来てくれたよ」
「そうなんですね」
「それよりもあんたら大丈夫なのか? 今この村だいぶ物騒なんだろ。村の人らも家からでないから俺らも商売あがったりだよ。ウォルにも帰れないしな。それまでは宿でで大人しくしとくさ。あんたらも家から出ない方がいいんじゃないか?」
「そうなんですけどね。そうもいかない事情がありまして」
「ふーん、ま、よくわからんが大変なんだな。それで、まだ何か話はあるのか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
ひとまずリリアとしては一番聞いておきたいことは聞けた。あまり長居をしてウェルズ達に見つかっても面倒だということで、さっさと宿から出て行く。
「うーん、なかなか犯人候補がいませんねー」
「そうですね。まぁ実力を隠してるだけって可能性もありますけど、その可能性は低いでしょうし」
「なんでですか?」
「宿に来た時軽めに【姉眼】使ってみたんです。あまり長時間使うとしんどいので、すぐに切りましたけど。これは私の感覚になってしまうんですけど、戦わない人って魔力の流れが雑なんですよ。そこにいた人たちは全員雑でした。だから大丈夫だと思います」
「なるほど、【姉眼】ってそんな使い方もできるんですね」
「私も初めてしましたけどね」
「でもじゃあこれでまたふりだしってことですか」
「そういうことになっちゃうんですかね」
「まぁ気を落とさずに頑張っていきましょう。きっと大丈夫です」
「タマナさんのその明るさが羨ましいです」
「それが私の取り柄ですから」
「とりあえずローワさんの所に行ってみましょうか。何かわかったことがあるかもしれないですし」
「行ってみましょう」
ローワの家に向かう二人は気付かなかった。二人のことをジッとみつめる存在がいたことに。
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