第38話 花畑へ
それぞれの部屋に分かれたあと、ハルトとイルはシアに連れられて村の外れにまでやってきていた。森の中をハルト達は木漏れ日を浴びながら歩いていた。
「はぁ、ったく、なんでオレがついて行かないといけねーんだよ」
「まぁまぁ、そう言わずにさ。それでクローディルさん、この先には何があるの?」
「今さらだけどシアでいいよ。私もハルト君って呼ばせてもらうね。それでそう、この先にはね、花畑があるんだ。なんにもない村だけど、この花畑だけはすごく綺麗だから好きなんだ。もうね、見渡す限りの花畑になってるの」
「へぇ、そうなんだ」
「まだもうちょっと歩かないといけないけど。イルちゃんは……大丈夫?」
「イルちゃんだと?」
「あ、ごめん。嫌だった?」
イルがシアにちゃんづけで呼ばれたことで嫌そうな顔をする。それはシアが不機嫌そうなイルと距離を縮めようしたからなのだが、イルの反応を見て失敗だったかなと頬をかく。
「嫌に決まってんだろ。オレはもう十五歳なんだ。それにオレはおと——」
「あー! あー! イルもちょっと恥ずかしいだけだよね。そうだよね」
思わず男だと言いそうになったイルの言葉を遮るハルト。いきなり大きな声を出したハルトに驚くシアだが、ハルトが誤魔化そうとしたことには気づかずそのまま話を続ける。
「ま、まぁイルちゃんって呼ばれるのが嫌ならイルさんでいいかな?」
「……好きにしろ」
「じゃあイルさんで。イルさんも私と同い年なのね。もしかしたら《神宣》の時にすれ違ってたりしてね」
「あはは……かもね」
すれ違ってるどころか思いっきり関わってますとは言えないハルトは苦笑いするしかない。イルもなんともいえない表情をしている。
「ま、ないよね。イルさんみたいに可愛い人とすれ違ってたらすぐに気付くはずだもの」
「そうだね。イル、気を付けてよ」
「……ふん」
「そういえば、イルさんの『職業』ってなんなの?」
「え?」
会話のとっかかりにするためか、ありふれた話題としてシアが《職業》のことをイルに聞く。
「その、ハルト君が《勇者》だっていうのは私もその日近くにいたから知ってるんだけど、だからイルさんはどんな《職業》なのかなって」
「それは……」
「もしかして《魔法使い》とか? あ、でもだったら魔法学校に行かないといけないのかな」
「……まぁ、似たようなもんだ」
「やっぱりそうなんだ。私は《治癒士》だから回復系の魔法しか使えないし、他の魔法使えるのってすごいなって思うよ」
「《治癒士》って他の魔法使えないんだ?」
「うん。怪我や病気を治す『職業』だからね。そういうのは得意なんだけど、他の魔法はからっきしだよ。まぁ、私の場合はその治癒の魔法もまだ満足に使えないんだけど」
「そうなんだ……でもボクなんか魔法も使えないし、剣も全然使えないし……ダメダメだよ」
「そんなことないよ。確かに今はまだできることは少ないかもしれないけど、ハルト君ならきっと誰よりもすごい《勇者》になれるよ!」
ゴブリンとの戦いで何もできなかったことを思いだしながらハルトは呟く。そんなハルトのことを元気づけるようにシアは努めて明るい声で言う。
「ありがと。そうだよね。ボク頑張るよ」
「お前もいちいち妙なことで落ち込んでんじゃねーよ。めんどくせぇな」
「まぁまぁ、そういわずに。それともう一つ聞きたいことがあったんだけど、ハルト君達はこの村に何しにきたの? この村、特に何があるってわけでもないし」
「知らないの?」
「何を?」
「だからこの村にせ——」
「おい、ちょっと待て」
聖剣のことを話そうとするハルトの服の袖をを引っ張って止めるイル。
そしてハルトの耳元に口を近づけて小声で言う。
「あんまり聖剣のこと話すんじゃねーよ」
「え、どうして?」
「お前村長の家で見た騎士のこと覚えてねーのか? あの帝国の騎士共、聖剣を探してたんだぞ。どこで誰が聞いてるかわかんねーし、村の人間が聖剣のこと知らないなら知らないままにしときゃいいんだよ。こいつには適当な理由言って誤魔化しとけ」
「わ、わかったよ」
「二人ともどうしたの?」
「あ、ううん。なんでもないよ。それでそう、この村に来た理由だけどボク達ちょっと探し物してて……そのことについて村長さんが知ってるらしいんだ」
「ふーん、そうなんだ。確かにローワさん物識りだもんね。でもちょっと残念かも」
「残念って何が?」
「だって私に会いに来てくれたのかなってちょっと思っちゃったから」
「えぇ!?」
「なーんてね、冗談だよ。冗談。それよりもうすぐ着くよ」
シアがそう言うと、森の中に開けた場所が現れる。
「うわぁ」
「これは……」
「ふふ、綺麗でしょ」
驚くハルトとイルの顔を見て満足気な表情を浮かべるシア。
普段あまり驚く表情を見せないイルですらも目をくぎ付けにされてしまうほどに目の前に広がる花畑は綺麗だった。色とりどりの花々が咲き乱れ、日が差して輝いているような錯覚すらしてしまう。
「この場所はね、村に住んでる子供たちと一緒に作ったんだ」
「子供たちと?」
「うん。何もない村だから、たまに来てくれる人に何か見せてあげたいって言い出した子がいて。それはいい考えだってなったからさ。何年も前から少しづつ広げて作ったんだ」
「へぇ……すごいね」
「でもよ、こんな森の中で危なくないのかよ。魔物とか」
「うーん、なんでか知らないけどこの森の中で魔物って見たことないんだよね。一応巡回に出てくれる人はいるんだけど、魔物なんか見たことないってさ。いるのは小さな動物くらいだよ」
「へぇ、そうなのか」
「まぁ、危ないことに変わりはないからこの森に来るのは昼の間だけって決まってるけどね。そしてここで……じゃーん!」
シアが得意げな顔で持っていたカバンの中から箱を取り出す。
「お弁当持ってきたの。ハルト君もイルさんもお昼前に村に着いたばかりだから何も食べてないでしょ?」
「確かに……」
「言われてみれば」
食べていないということを思い出すと途端にお腹が空いて来るハルトとイル。グーっと小さくお腹が鳴る。
それを聞いたシアはふふっと笑う。
「それじゃあちょっと遅めだけど、お昼ご飯にしよっか」
そして、ハルト達は花畑を見つめながら少し遅めのお昼ご飯を取るのだった。
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