第39話 スキルの検証

 ハルト達が花畑で昼食を食べている頃、リリアとタマナの二人も村の外れまでやってきていた。


「それでリリアさん。やっておきたいことってなんなんですか?」

「この間ゴブリンと戦った時のことなんですけど、突然力が湧いてきてそれと同時に使えるスキルが増えたんです」

「あのゴブリンキングとの戦いの時ですか?」

「はい。ハル君の倒れてる姿を見たら頭が真っ白になって、怒りと一緒に爆発的に力が増すのを感じました」

「なるほどー。その時のことを調べたいってことですね」

「はい」


 以前のゴブリンキングとの戦いで目覚めたリリアの新しいスキル。数日前から妙な胸騒ぎに襲われているリリアは、何があっても大丈夫なように少しでも使える力を増やしておきたかったのだ。

 そして、タマナはリリアの本当の『職業』について知る数少ない人物でもある。少しでも参考になる意見を貰えればということで残ってもらったのだ。


「それで、具体的にはどんなスキルが発現したんですか?」

「元から使えたのは【姉眼】です。そして、今回使えるようになったのが【姉の威圧】と【幻姉剣】です」

「【姉の威圧】とはこれまた物騒な名前ですね。それと……【幻姉剣】ですか? 【幻影剣】ではなく」

「【幻姉剣】ですね」

「どんなスキルなんです、と聞きたいところですが、百聞は一見に如かずです。やってみてください」


 そう言ってドン、と構えるタマナ。


「いいんですか?」

「こういうのは味わってみるのが一番早いですから。あ、でもでも手加減はしてくださいね」

「わかりました。それではまず——姉力、解放」


 ゴウ、とリリアを中心に風が巻き起こる。以前ゴブリンキングと戦った時ほどではないものの、それ以降リリアの姉力は確実に大きくなっていた。


「これはまた……前に見せてもらった時とは迫力が段違いですね」

「そうなんですか?」


 自身の力が大きくなっているのはわかっても、以前と比べてどれほど強くなっているかまでは自分では測り切れない。


「なんていうかこう、前に見せてもらった時は前に立っているとちょっと怖いなーって感じの迫力だったんですけど、今は前に立ってると漏らしそうなくらいの迫力です」

「わかりづらいんですけど……っていうかそれいいんですかね」

「強くなってるならいいんじゃないですか?」

「そう思うことにします」

「それじゃあまず【姉の威圧】の方からお願いします」

「わかりました。すぅ……はぁっ!」


 以前の感覚を思い出しつつ、リリアは【姉の威圧】を発動する。しかし、


「あの……発動してます?」

「してる……はずなんですけど」


 リリアの目の前に立つタマナはケロッとした表情のままだ。特に何かを感じている風でもない。


「なにか足りないんですかね。もう一回やってみましょう」

「そうですね」


 タマナに言われるままにもう一度【姉の威圧】を発動するリリア。しかし、結果は先ほどと同じ。タマナは何も感じていなかった。美人って怖い顔しても美人なんだなーとか、そんなどうでもいいことを考える余裕があったくらいだ。


「やっぱりダメみたいですね」

「スキルは問題なく発動してるんですよね?」

「はい。それは問題ないはずです」


 一度覚えたスキルを使うというのはそれほど難しいことではない。使うだけなら、使おうと思うだけでいいのだから。だからこそ、どこに問題があるのかリリアにはわからなかったのだ。それから数度、様々な形で試行を繰り返すも結果は同じだった。


「うーん、何が問題なんでしょうか」

「怒ってないとダメ……とかですかね」

「その可能性もありますけど……以前使った時はどんな風になったんですか?」

「前の時はそうですね……スキルを使ったあと、ゴブリン達が動けなくなってました」

「うーん、でも私は全然普通に動けてますし。他に何か特徴的なこととかなかったですか?」

「他にですか……あ!」


 そこでリリアは思い出す。ゴブリン達にスキルを使った時に見えていたもののことを。


「何か思い出したんですか?」

「あくまで可能性なんですけど……【姉眼】使ってみてもいいですか?」

「どうぞどうぞ」


 タマナの許可を得てリリアは【姉眼】を使う。そしてその直後から目に見えるものが一変する。急激に増える情報量に頭が痛くなりながらも少しづつその視界に慣れたリリアはタマナのことを見る。その頭上には何も出ていない。以前ザガンと戦った時にはその頭上には『兄』の文字が浮かんでいるのがリリアには見えた。リリアの【姉眼】には相手の姉弟関係が見える。しかしタマナの頭上には何も見えない。それの意味する所は一つだけだ。


「タマナさんって、一人っ子なんですね」

「え、はい。そうですよ。でもそれがどうかしたんですか?」

「それが理由かもしれません」

「はい?」

「スキルが効かない理由です」

「どういうことですか?」

「ゴブリン達に使った時、【姉眼】も一緒に使ってたんですけどその時見えてたんです。ゴブリン達の頭上に『弟』『妹』って。もしかしたらこのスキル、『弟』か『妹』にしか効かないのかもしれません」

「なるほど。それは確かにありえそうなことです。しかしそうなると……随分使いにくいスキルですね」

「まだ確証はありませんけど、私もそう思います」

「まぁでも、プラスに考えるなら敵が弟や妹なら無双できるってことじゃないですか」

「そんな都合のいいことがあればいいんですけどね」

「とりあえずは使えたらラッキーくらいに考えておきましょう。それじゃあ、次のスキルのことも検証しましょうか」

「はい。お願いします」


 それから日が落ちる時間になるまで、リリアとタマナのスキル特訓は続いた。





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「あ、姉さんお帰り。ずいぶん遅かったみたいだけど。どこか行ってたの?」

「ちょっとね」

「はへー、疲れましたー」


 ハルト達が花畑から戻って来てから少ししてスキルの特訓を終えたリリアとタマナが戻ってきた。その頃にはすっかり日も落ち切っていた。


「もうすぐご飯にしますから、それまでゆっくりしててくださいね」


 リリア達が帰って来たことに気付いたシアの母親がキッチンから顔を出して言う。


「わかりました。ありがとうございます。そういえばハル君、結局何を見てきたの?」

「花畑だよ。すっごく綺麗だった」

「花畑か……いいわね。もうしばらく綺麗な花なんて見てない気がするわ」

「姉さん達も行けばよかったのに」

「また機会があったらね。そういえばイルとシアさんは?」

「二人ならシアさんの部屋にいるよ」

「イルとシアさんが一緒にいるの?」

「うん。最初はどうなるか心配だったけど。思ったよりも仲良くなってるみたい」

「そう。それはいいわね。少しは女の子らしさが身についてきたかな」

「どうだろ。でも二人が仲良くなってくれてちょっと安心かな」

「イルさんにようやくお友達が……なんだか嬉しいですねー」

「あとで一緒にお風呂にーってシアさんは言ってたよ。イルさんは全力で嫌がってたけど」

「ふふ、想像できる光景ね」


 そんな話をしていると、イルとシアがこちらに来ながら話している姿が見える。


「だから、風呂には一緒に入らねーって言ってるだろ」

「でもでも、私イルちゃんみたいに可愛い妹見たいな子と一緒にお風呂に入るのが夢で」

「だれが妹だ!」


 押しのけようとするイルに対して、ぐいぐい押していくシア。そんなシアにイルは若干押されていた。そして、気付けばイルの呼び方も「イルちゃん」になっていた。


「お願い、今日だけ。今日だけでいいから」

「だー! うっせ!」

「ケチー」

「これでケチって言われるなら一生ケチでいい」


 同じ時間を過ごしたことや、元来あったシアの積極性のおかげか、二人の間にあった壁は随分と無くなっているようにリリアには見えた。


「《神宣》の時はわからなかったけど、あの子ああいう性格なのね」

「うん、ボクもちょっと驚いた。でも、そのおかげでイルさんとも打ち解けられたんじゃないかな」

「そうね」


 そんな二人のことを見ていると、再びキッチンからシアの母親が顔を出す。


「シア。お客さんにあんまり迷惑かけちゃダメでしょ。それよりも手が空いてるならちょっとこれ買ってきてくれない? ちょうど切らしちゃって」

「えーまた? いいけどさ」

「それじゃあよろしくね」

「もう、お母さんったら。いつも買い忘れするんだから」

「なんだ、買い物か? よかったじゃねーか。さっさと行って来いよ」

「むー。イルさんも一緒に行く?」

「嫌だよ。なんでオレまで」

「あはは、流石に冗談だよ。それじゃあちょっと行ってくるね」

「さっさといけバーカ」


 そしてシアは買い物へと出かけ、イルがリリア達の所へとやって来る。


「な、なんだよ」

「ずいぶん楽しそうじゃない」

「なんのことだよ!」

「とぼけちゃって。ま、友達ができるのはいいことね。アウラもきっと喜ぶわ」

「友達じゃねーよ!」


 その後イルが何を言っても微笑まし気に見られ、非常に過ごしにくい時間をイルは過ごすことになったのだった。





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「今宵は月が綺麗だ……」


 空を眺めながらその魔物は、ワーウルフは呟いた。


「こんな日は血が騒ぐ……そうはそう思はないか?」


 問いかけの言葉を発するワーウルフだが、その近くには誰もいない。


「わかっている魔王様から課せられた命はしっかり果たすさ」


 しかし、誰もいないはずだというのにワーウルフは確かに誰かと会話をしていた。


「お目付け役というのも大変だな。わざわざこんな辺鄙な場所までやってこなければいけないのだから。ん? 俺か? 俺はいいのさ。もとより野生で生まれた身。むしろ落ち着くというものだ」


 ワーウルフとしての生を受けてからどれほどの月日がたったのか、そんなことはこのワーウルフは覚えていない。興味もない。このワーウルフの興味はただ一つだ。


「強き者との闘争を。それさえ叶うならば俺はどこへだって行こう。どんな命にも従おう」


 そしてワーウルフは月に向かって高らかに吠える。


「さぁ勇者よ。ゲームを始めよう。お前は……俺を見つけることができるか?」


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