第26話 王都での夜 後編
リリアが訓練施設にいた頃、ハルトは一人神殿の外壁から王都の街並みを眺めていた。
「この時間でも明るいんだなぁ、王都は」
ハルトの住んでいたルーラも比較的活気ある街ではあったが、夜になれば静かだ。それに比べて王都は夜になっても活気に溢れている。街の中を歩く人々を見ながらハルトは今日一日の出来事を思い返していた。
「明日からいよいよ始まる……本当にボクにできるのかな。いや、弱気になっちゃダメだ。姉さんもついてくれてる。頑張らないと」
「んあ? お前こんな所でなにしてんだ?」
ハルトがそろそろ部屋に戻ろうかと考えていると、後ろから不意に声が掛けられる。驚いたハルトが振り返ると、そこに立っていたのはイルだった。
「イルさん!?」
「うわっ! いきなりでかい声出すなよ。びっくりするだろ」
「あ、ごめん。でもイルさんこそどうしてここに?」
「あ、これだよこれ」
そう言ってイルは手に持っていた瓶をハルトに見せる。
「何それ」
「酒」
「酒!? ダメだよそんなの飲んじゃ!」
「ダメって、お前忘れてねぇか? オレもう成人してんだぞ。こんななりだからって子供扱いしてんじゃねーぞ」
「あ、そっか。そうだったね」
「アウラの奴も酒飲むなってうるさいからこうやって見つからない場所に来てるんだよ」
イルの姿は幼く見られやすいハルトよりもさらに年下に見える。ともすれば11、2歳だと言われても不思議ではないくらいだ。
「ったく、どいつもこいつも子ども扱いしやがって。だいたいよ、お前忘れてねぇか?」
「忘れてるって何を?」
「お前がオレにたてついてきた事忘れたわけじゃねぇからな」
「あれは……ボクは間違ったことをしたとは思ってないよ」
「なんだと?」
「君が理不尽な理由でクローディルさんを怖がらせたのは事実なんだから」
「オレはお前がなんて言おうがあの時のことを反省する気はねぇからな」
ハルトとしてはしたことをちゃんとシアに謝って欲しかったが、イルの態度を見るにそれは無理そうだとため息を吐く。それにイルはこれから一緒に旅をする仲間であるわけなのだからできれば仲良くしたいというのがハルトの本音だ。もっとも、今のイルの態度を見るにそれは難しそうなのだが。
「…………」
「…………」
そこで会話が途切れてしまい、なんとも言えない沈黙が二人の間に流れる。それからしばらくの間、ただ黙って王都を眺めるハルトと酒を飲み続けるイル。
「……そういえばよ」
不意にイルが口を開く。
「なんでお前は《勇者》になることを決めたんだ?」
「なんでって……」
「別にならなくたってよかったじゃねぇか。お前見た感じから弱そうだし。危険だってわかってんだろ?」
「確かにわかってるけど……それでも、それが今のボクにできることだと思ったから。このまま何もしないままじゃ、ボクはきっと姉さんの陰に隠れて生きていくことしかできない。そんなのは嫌なんだ」
「つまり自己満足のためってわけだ」
「そう言われちゃうとあれだけど……そういうことになるのかな」
「ま、世界の為なんてふざけたこと言う奴よりはマシかもな」
「はは、ありがと」
「お前が《魔王》討伐できるとも思えねぇけどな」
「それはこれから頑張って強くなるよ」
「はっ、せいぜい口だけにならないようにすんだな。お前のせいで俺までついて行く羽目になったんだからな」
「そうだね。そういえばボクも聞きたいことがあるんだけど……いいかな」
「なんだよ?」
「《聖女》ってどんな『職業』なの?」
ただ気になったので聞いただけのハルトだったが、それを聞いた瞬間、イルの表情が変わる。とても苦々しい表情へと。
「……言いたくねぇ」
「え、どうして?」
「なんでそんなことお前に言わなきゃいけねぇんだよ! 言いたくねぇもんは言いたくねぇ! そんだけだ。ってかなんでオレここにいなきゃいけねぇんだよ。せっかくの酒がまずくなる」
そう言ってイルは立ち上がりハルトの傍から離れていく。
「あ、イルさん!」
「んだよ!」
「その、明日からよろしくね」
「……ふん」
結局イルは返事をすることなくそのままハルトの前から去ってしまった。それと入れ代わるようにハルトのもとにやって来たのは世話役のパールだ。
「あ、ここにいましたか」
「パールさん、どうかしたんですか?」
「いえ、お部屋に姿がなかったのでどちらに行かれたのかと思いまして」
「あ、すいません。言っておけばよかったですね」
「気にしなくていいですよ。あと、同い年なんですから敬語も無しです」
「でもパールさんだって敬語じゃないですか」
「……私のこれは性分ですから。それにハルト君はお客様ですし」
「なんですかそれ」
「とにかく! ハルト君は敬語無しです。いいですね」
「わかりまし……わかった」
「それでいいんです。それよりも、さっきイルさんの姿が見えましたけど何かお話でも?」
「うん。ちょっとだけね」
「イルさん可愛いですよねー。あれで元男だとか信じられないです」
「パールさ……パールもイルさんが元男だってことは知ってるんだ」
「有名ですよ。神殿の中だけですけど。口外は禁止されてますし」
「え、どうして?」
「まぁイルさん……ここだけの話ですけど、あまり評判は良くなかったみたいですから。隠してないとまずいみたいです」
他に誰もいないというのにわざわざ声を潜めて言うパール。
それにつられてついついハルトも小声になってしまう。
「そうなの?」
「えぇ、神殿の中でもイルさんのことをよく思ってない人はいるみたいですし。あ、私はそんなことないですよ」
「……」
「あー、ごめんなさい。なんだか変な話しちゃいましたね」
「いや、いいんだけど。そっか。ありがと、教えてくれて」
「いえいえ。それよりもこんな所にいたら風邪ひきますよ。さっきお風呂入ったばかりでしょう?」
「大丈夫だよ。温かい恰好してるし」
「いいえ、ダメです。ハルト君が風邪ひいちゃったら私が怒られるんですから。早く戻りましょう」
「うわ、ちょ、ちょっと」
意外にも強引なパールに無理やり背中を押されてハルトは部屋へと戻っていった。
そして部屋に戻ったハルトは様々な不安と期待を胸に眠りにつくのだった
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