第25話 王都での夜 前編

 王都にやって来た日の夜。夜ご飯を食べ終わった後、リリアは一人、神殿の中にある訓練施設で木剣を振るっていた。頭の中に思い描くのは今日戦ったばかりのザガンだ。最終的にリリアの勝ちとして終えた勝負ではあったが、それはザガンが最初の一撃を手加減したからだ。もし最初から本気であればどうなったかはわからない。リリアに負けるつもりは毛頭なかった。しかし、油断していたのは事実だ。

 言い換えれば慢心していたのかもしれない。そんな自分のことがリリアは許せなかった。


「ふぅ……」


 目を閉じ、ザガンの剣閃を思い出す。それを想定して木剣を振るう。


(明日からは実戦がある。実戦は命のやり取り、今日みたいに油断してたらハル君のことを守れない)


 リリアの考えているのは何も魔物との戦いからだけではない。ハルトを取り巻く環境そのものだ。神殿にやってきて感じたこと。大半の者はハルトに対して好意的だった。新たな《勇者》の誕生を喜んでいた。しかし、一部ハルトに対して悪意ある視線を向けていたこともリリアは感じていた。

 《勇者》とは兵器だ。今のハルトはまだまだ弱いが、成長していけばやがて一騎当千の力を得る。それを私利私欲のために利用しようとする者や邪魔者として排除を考える者がいても不思議ではない。


「私は……魔物からも、人の悪意からもハル君のことを守る」


 そのために必要なのは力だ。他をねじ伏せるだけの力がいるとリリアは感じていた。


「そのためにも……この姉力をもっと扱えるようにならないといけないんだけど」


 リリアの中に眠る魔力とは異なる力。『姉力』。自分の中で荒れ狂う大きな姉力をリリアは必死で制御し、腕に、足にと移動させる。基本的な使い方は魔力と同じ。しかし、その効果に大きな違いがある。かつてリリアが姉力を腕に纏わせて巨岩を殴った時のこと。その巨岩はあっさりと砕け散った。リリアが魔力を腕に纏わせても同じことはできないだろう。まだほとんど使いこなせていない力だが、使いこなせれば大きな力になることは明白だ。それ以来、リリアはこうして一人で姉力の訓練をすることが日課になっていた。


「……もうずいぶん続けてるけど、成果は見えないか。ハル君にあんなこと言っておきながら自分がこの調子じゃダメよね」


 自嘲するように呟くリリア。その背後に人がやって来る。姉力の制御に気をとられていたリリアは気付くのに遅れ、ハッと振り返り木剣を突きつける。


「誰っ!」

「ひぃやぁっ! わ、私ですタマナです!」


 怯えるようにうずくまったのはリリアの世話役に任命されたタマナだった。


「あ、タマナさん。ごめんなさい」

「い、いえ」

「どうしたんですか?」

「いえ、部屋にいなかったので。どこにいるのかと探していたら姿が見えたんです」

「そうでしたか」

「何してたんですか?」

「まぁ訓練です。ハル君を守るためにももっともっと強くならないといけませんから」

「本当に弟さんのことを大事にしてるんですね」

「もちろんです」

「でも、明日はまた朝から行かなければならない場所があるんでしょう? 明日に疲れを残さないようにしないと」

「わかってるんですけどね」

「焦ってもいいことなんてありませんよ。大丈夫です」


 リリアを安心させるように優しい笑顔で言うタマナ。


「……なんだかタマナさんが年上みたいですね」

「年上ですよっ!」


 むきになって言うタマナ。しかし、タマナは童顔で実年齢よりも年下に見られがちだ。逆にリリアは纏っている雰囲気などによって年上に見られやすい。前世にいた頃の年齢も含めてしまえばタマナよりもずっと年上になってしまうので間違いではないのだが。


「そうなんですけど……タマナさんはなんて言うか年上って感じがしないっていうか」

「やめてくださいよぉ。それ皆から言われるんですから。私そんなに子供っぽいですか?」

「子供っぽいというか……子供?」

「酷いっ!」

「そうやって頬膨らませるところとかなおさらですよ」

「あぅううう。わかってるんですけどねぇ」

「あー、なんかすいません」

「いえ、いいんです。慣れてますから……って、あ! そうです! 違います! 今は私の童顔のことなんてどうでもいいんです。よくないけど! 私リリアさんに早く休むようにって言いにきたんです。さ、早く部屋に戻りましょう」

「もう少しだけ続けたいんですけど」

「ダメです。夜更かしはお肌にも悪いんですよ。ささ、早く戻りましょう。あ、でもその前にお風呂ですかね。用意しときますから早く来てくださいね」


 異論は許さないという態度でタマナに言われたリリアはしょうがなく訓練を続けることを諦める。


「わかりました。すぐに行きます」


 そしてリリアは訓練施設を後にした。その後、何気なく一緒に風呂に入ろうとしたタマナがリリアとの胸部格差に愕然としたのはまた別の話だ。

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