第12話 家族会議

 しばらくの雑談の後、夜ご飯の時間が近くなってきたということでリリアとハルトはシーラ達と分かれて家へと帰って来ていた。すでに父であるルークも帰ってきているようで、家の中からはマリナが作っているのであろう夜ご飯の匂いが外まで漂ってきていた。


「ただいまー」

「ただいま」


 リリアとハルトが家の扉を開ける音がすると、キッチンの方がにわかに騒がしくなり、バタバタとマリナが玄関まで走ってきた。


「お、おかえりなさい。二人とも疲れたでしょう? ご飯の用意できてるわよ」


 ハルトがどうなったのか気になってしょうがないという様子のマリナだったが、それを必死に押し隠しているのがまるわかりだった。


「おいマリナ! 火をつけっぱなしだぞ!」

「え、嘘!」

「お前の魔法で着いた火だと普通には消せないんだから」

「ごめんなさい!」


 リビングから焦ったルークが顔を出し、マリナのことを呼ぶ。火をつけたままにしていたことをすっかり忘れていたマリナは慌ててキッチンへと戻る。


「あぁ、二人ともお帰り。すまないな。マリナの奴、今日の『神宣』のことが気になってしょうがなかったみたいでな。まぁその話は後にしよう。疲れただろう。中に入って休むといい」


 ルークはリリアと同じ……というより、リリアがルークと同じなのだが、綺麗な金髪をしていて、美男子、優男といった様子だ。マリナと同じく二児の父親とは思えないほどに若々しい。細身ではあるが、その体は《騎士》としての仕事をしていることでしっかりと鍛え上げられていた。外では厳しい人ではあるが、家では家族を愛する優しい父親である。


「緊張しなくていいよハル君」

「え?」

「顔が強張ってたから。《勇者》に選ばれたことは話さないといけないって緊張してるでしょ」

「そんなにわかりやすかった?」

「お姉ちゃんだもん。当たり前だよ」


 ちなみに、家にいる時のリリアは外にいる時よりも雰囲気が緩くなる。外にいる時はハルトの姉としてしっかりした姿を見せなければいけないと思っているので、それなりにちゃんとしているのだ。ハルトに対する甘さは外でも家でも変わらないのだが。


「さ、入ろ。お母さん達も待ってるみたいだし」

「……うん。そうだね」


 家の中へと入ったリリア達はマリナの作った夜ご飯を食べてから、ハルトの《神宣》の結果について話していた。


「……そう。《勇者》に選ばれたのね」

「《勇者》……か」


 ハルトが『神宣』で《勇者》に選ばれたということ、そしてその後にアウラに言われたことをマリナとルークへと伝えた。


「あれ、驚かないの?」

「もちろん驚いてるわよ。まさかハルトが《勇者》に選ばれるなんて思ってもなかったもの」

「そうだな。だが『神宣』ではどんなことがあるかわからないからな。俺達はハルトが何に選ばれても受け入れる準備ができてたからな」


 しかし、そんな二人が神妙な顔をしていたのは魔物と戦うことの厳しさを知っていたからだ。マリナはかつて《魔法使い》として魔物と戦い、ルークは《騎士》として今でも魔物と戦い続けている。だからこそ魔物と戦うことの厳しさを知っている。《魔王》と戦うとこなればなおのことだ。《魔王》はルーク達が戦ってきた以上の魔物を従えている可能性もあるのだから。


「それで、まだどうするかは決めてないのか」

「うん、まだちょっとね」

「まぁしょうがないだろう。お前はまだ魔物と戦ったこともないんだからな」

「……みんなはどうするべきだと思う?」


 自分がどうするべきか決めきれないハルトは、ついルーク達にそう尋ねてしまう。そして、それにいち早く反応したのはやはりリリアだった。


「私は反対だよ。私はハル君にそんな危ないことをして欲しくない。絶対に《魔王》を倒せるわけでもないのに、そんな危険な真似ハル君にはさせたくない」


 それがリリアの意志だった。姉として、リリアはハルトを守らなければならないと思っている。《魔王》の討伐には大きな危険が伴うだろう。無事に帰れるとも限らない。そんな死地にハルトを送り出すようなことはリリアにはできないし、したくなかった。


「なるほどな。それがリリアの考えか……だが、俺の意見はその逆だ。ハルトは《魔王》の討伐に行くべきだと思ってる」

「どうして?」

「決まってるだろう。《勇者》に選ばれるということは《魔王》を討伐する素質があるということだ。そして、《魔王》を放置すればどうなるかわからない。なら、選ばれたハルトが行くべきだと俺は思ってる」


 《魔王》を放置することによって出る被害というのは計り知れないだろう。《騎士》として働き、町の住人の安全を守る仕事をしているルークには心配だから行かなくてもいいとは言えなかった。


「お父さんはハル君が心配じゃないの!」

「もちろん心配さ。だが、これが俺の偽らざる答えだ」

「お母さんは?」

「そうね、私は……どっちかしらね。リリアの言うこともわかるし、ルークの言うこともわかるわ。だからこそ、簡単にこうするべきなんて言えないわ」


 三者三様の意見。こればかりは意見が揃わなくてもしょうがないだろう。

 三人の答えを聞いて、ハルトはさらに迷いを深くしてしまう。

 しかし、ルークはそれを見越していたかのように苦笑する。


「とまぁ、家族の中でもこんな風に意見が分かれるものなんだ。お前が悩むのも無理はないだろう。だからこそ聞きたい。お前自身はどうしたいんだ?」

「ボク?」

「あぁ。できるできないじゃない。お前自身の意志を聞かせてくれ」

「ボクは……」


 アウラにも吐露したように、ハルトは魔物と戦うことに不安を感じている。できる自信もない。だが心の奥底ではわかっていた。自分がどう思っているのかということは。


「ボクは……やってみたい。できるかどうかなんてわからないけど……行く前から諦めたくない」


 その答えを聞いたルークはふっと表情を緩めて優しく笑う。


「ならそうすればいい。俺はお前の決断を応援するぞ」

「私もよ」

「父さん、母さんも……」


 そんな中、リリアだけが一人浮かない表情だ。


「私は……」

「リリア。ハルトももう成人したんだ。ハルトが進む道を決めたなら、それを応援するのも姉の務めだろう」

「そんなのわかってるけど……ごめん、ちょっと考えさせて」


 そう言ってリリアは一人部屋から出て行ってしまう。


「あ、姉さん」

「そっとしといてやれ。お前と一緒で、あいつにも考える時間がいるんだろう。リリアは人一倍お前のことを可愛がっているからな」


 追いかけようとしたハルトをルークが引き留める。

 それぞれが色々な想いを抱えながら夜は更けていった。


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