第13話 本当の『職業』
夜、一人部屋の中でリリアは考えていた。ハルトが《勇者》になってしまって、これから自分はどうするのかということを。先ほどハルトにも伝えた通り、リリアはハルトが《魔王》の討伐に向かうことに反対だ。たった一人の大事な弟をわざわざ危険な場所に向かわせる姉がどこにいるというのか。しかし、ルークの言うことも理解できる。《魔王》の存在を放置すればどれほどの犠牲がでるかわからない。最悪、シーラ達……リリアの友人達にさえ被害が及ぶかもしれないのだ。
一般的に《魔王》は《勇者》でなければ倒せないと言われているが、決してそうではない。しかし、《勇者》以外が《魔王》を倒せる確率というのは限りなく低い。それまでにどれほどに犠牲を払うことになるかわからないのだ。
最終手段として、他国の《勇者》を呼ぶという方法もあるがそれは本当に最後の手段だ。《勇者》とは国の切り札でもある。それを容易に動かすことなどできないだろう。
今回、神殿の側がハルトが《勇者》であるということをすぐに公表しなかったのはハルト達にとって幸運であったと言えるだろう。
「《勇者》……か」
リリアが元の世界にいた時、宗司であった時、ゲームや漫画で多くの勇者を見てきた。多くの苦難に打ち勝ち、魔王を倒し、世界を平和に導く物語。それは物語だからこそ成立することだ。この世界には旅の途中に朽ち果てた《勇者》の物語がたくさんある。リリアの知っていたような《勇者》の物語などごく一部でしかないのだ。
リリアが部屋の中にあった《勇者》の物語を何気なく読んでいると、部屋のドアがノックされる。
「俺だ。少しいいか」
「? いいけど」
部屋のドアを開けると、ルークが木剣を二本持って外に立っていた。
「ちょっと体動かさないか」
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それから数分後、リリアは動きやすい恰好に着替えてルークと共に外に出ていた。
「それで、いきなりどうしたの?」
「何、お前のことだから一人で考え込んでいるんだろうと思ってな。考えるばかりじゃ疲れるだろうし、少しは体を動かした方が気分転換にもなるだろ」
「……はぁ、お父さんって見た目の割に脳筋だよね」
「ん? そうか?」
「そうだよ。この間ミッドさんも言ってたし」
「ミッドが?」
ミッドというのはルークの部下の一人である。以前、ルークの昇進祝いをリリアの家でしたときに酒に酔ったミッドがルークのいない隙にリリア達に愚痴を言っていたのだ。
「訓練がきついとか、お父さんは冷血漢だとか言ってたよ」
「そうか……あの程度の訓練で音を上げるとは、もっと厳しくするべきかもな」
「あ、私が言ったってことは内緒ね。ミッドさんにも口止めされてたし」
心の中でミッドに謝りつつ、木剣を構えるリリア。
「やれやれ。ミッドも甘いな。お前に愚痴を言ってしまうとは」
嘆息しつつ、ルークもまた木剣を構える。
一瞬の沈黙の後、リリアが一気に踏み込む。
「ふっ!」
左下からの斬り上げ、躱される。上段からの一撃、木剣の横を叩いて逸らされる。逸らされた勢いに逆らわず勢いを乗せての斬りかかり、受け止められる。リリアが斬ってはルークに躱され、流され、受け止められるを繰り返す二人。ルークから攻めることは無い。
次第にその速さを増していくなかで、リリアの中から余計な雑念がふり払われていく。
しばらく木剣同士の打ち合う音が響き渡る。リズムよく繰り返されるその剣戟は音楽のようであった。
しかし、それもいつまでも続くわけではない。終わりは唐突だった。リリアの繰り出した突きをルークが絡めとり、木剣が上へと飛ばされる。そして木剣の無くなったリリアの首元にルークが木剣を突きつけて終わり。数瞬の後に、リリアの木剣が地面に落ちる。
「俺の勝ちだな」
ニヤリと笑ってそう宣言するルーク。言われたリリアはムスッとした表情だ。
「大人げない」
「お前ももう大人だろう」
「それでも私女の子だし。もう少し手加減してくれてもいいじゃない」
「お前を相手にそんな余裕があるわけないだろう。それに、剣術以外もありなら結果はわからなかっただろう」
「どーだか。負けるつもりなんてないくせに」
「それでどうだ。体を動かしてスッキリしただろう」
「……お父さんのおかげっていうのは嫌だけど、確かにスッキリした」
「まだハルトが《魔王》討伐に行くのは反対か?」
「正直に言えば反対。それは変わらない。でも……私はハル君の気持ちを尊重したい。だから、ハル君が行きたいって言うなら私はもう反対しないよ」
「……そうか」
今までずっと弟にべったりだったリリアがとうとうハルトの旅立ちを認める日がきたのかとルークはリリアの成長を見て感慨深くなる。がしかし、それはその直後にリリアが発した言葉で覆される。
「私もついて行けばいいだけの話だし」
「ん?」
「ハル君が危ない道に行くなら、私がその前に立って守る。姉道その二、姉たるもの、弟に降りかかる苦難を振り払うべし」
「本気か?」
「本気だよ」
リリアが一度言い出したら聞かないことをルークは長年の経験で知っている。だからこそ反対しようとは思わない。子供の意志を尊重したいという親としての思いもある。
「……それじゃあ、お前の『職業』についてハルトに話すのか?」
「それは嫌」
リリアの職業は《村人》である……というのは嘘だ。この事実を知っているのはリリア、ルーク、マリナと神殿の関係者のごく一部だけだ。
「お前の『職業』はかなり特殊だからな……でも、なにもハルトにまで隠さなくてもいいだろう」
「むしろその逆。ハル君には一番知られたくないの!」
その『職業』のことをあまり大っぴらにしたくないリリアにとって、隠すべきだと言われたことは幸いだった。
懐にしまってある、本当の『職業』カードをリリアは取り出す。
『リリア・オーネス 17歳 職業:《姉 (仮)》』
そこには短くそう記されていた。
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