第11話 それぞれの道
ひと悶着はあったものの、無事に『神宣』を終えたハルト達はシアと別れて街へと帰ってきていた。
「まさかハルト君が《勇者》に選ばれるなんてねぇ……すっごく驚いちゃった」
「ハルトが《勇者》ねぇ。羨ましいぜ」
シーラとシュウの二人はハルトが《勇者》に選ばれたと聞いた時にそれはもう驚いた。そしてリリアが神殿に乗り込んでしでかしたことを知って顔を青くした。
「ハルトが《勇者》……」
「さすがに予想外だよねー」
ちなみに、ユナはシーラと同じ《料理人》、フブキは《魔法使い》に選ばれた。《魔法使い》というのはその人数がそれほど多いわけではなく、選ばれるのは才能ある人間だけなので実はすごいことなのだが、それすら霞んでしまうほどハルトが《勇者》に選ばれたという事実は衝撃的だった。
「ハルト君が魔王の討伐に行くって決めたなら神殿から正式に発表されるんでしょう? 結局どうするの」
「そうですね……まだちょっと決めきれてません」
「そりゃそうよね。ま、一週間あるんだし、ゆっくり考えるといいよ」
「そうします」
「そういえばハル君」
「? なに姉さん」
「さっきの女の子……誰?」
見る者全てが見惚れるような笑顔でハルトに問いかけるリリア。しかし、ハルト達は知っている。この笑顔が決して良い意味のものではないということを。
「またお姉ちゃんの知らない間に女の子の知り合い作ったの? また今度会おうって言ってたけど」
笑顔なのに恐怖を感じるという不思議。はぐらかすことは許さないという雰囲気をリリアは発していた。
「あの子はその、『神宣』の時に出会った子で……『神宣』の時に色々あったんだ」
「そう、そうなんですよリリアさん。あの子『神宣』の時に変な男に絡まれてて……それをハルトが助けたんです」
「うんうん、ハルト君すっごくカッコよかったよね」
とっさに言葉を付け足すユナとフブキ。彼女達は経験上知っている。ハルトのことを持ち上げればリリアの機嫌が良くなるということを。しかし持ち上げすぎも注意が必要だ。リリアに目を付けられてしまう可能性がある。
「そうなの?」
「助けったって程じゃないけどね」
「ふーん、そっか。そうなんだぁ」
ハルトのことを褒められたリリアが途端に機嫌良くなる。
そこですかさずシーラが別の話題を持ち出し、リリアの気を逸らす。
「そういえばさ、フブキは《魔法使い》になったんでしょ。なら学校には行くの?」
「え、あー……うん。私は行きたいと思ってるよ。お父さんとお母さんが良いって言ったらだけど」
《魔法使い》はその性質上、一人で使いこなすことが難しい『職業』だ。だからこそ学校が作られている。学校へ行き、自分の得意とする属性魔法についての知識をつけていく必要があるのだ。《魔法使い》に選ばれたものが全員学園に行くというわけではないが、それでもほとんどの者は学園へと向かうだろう。
「お兄ちゃんは行かないで欲しいっ!」
「お兄ちゃんには聞いてないよ」
「フブキが冷たいっ!」
地面に膝をつくシュウを冷たく見下すフブキ。
「ざまぁ無いわね」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
シーラはそんなシュウを鼻で笑う。いつものように言い返すシュウだがその言葉には力が無い。
「いいのフブキ。流石に言い過ぎなんじゃ……」
「いいの。あれくらい言わないとわからないんだから」
さすがに哀れに思ったハルトが小声でフブキに耳打ちするが、当のフブキはまったく気にしていない。兄とは哀れである。
シュウはいつもフブキのことを心配し、どこに行くにもついて行こうとしていたが、年頃の娘としてそれが非常に鬱陶しいものであったことには違いない。
「でもそっか。フブキは学園に行くんだね」
「うん。せっかく《魔法使い》になれたんだしね」
「……それだと結構寂しくなるな」
「え?」
「今までずっと一緒だったからさ。でも、それがフブキの選ぶ道ならボクは応援するよ」
「…………」
「どうしたの?」
ジッとこちらを見たまま何も話さないフブキのことを訝しげに見るハルト。するとフブキは無言のままハルトに手を伸ばしてその頬をむにっとつねる。
「いふぁいんだふぇど」
「あのねハルト。あんまりそういうこと言っちゃダメだよ」
「なんふぇ?」
「なんでも。もし言うならリリアさんとか……ユナだけにして」
よく見ればフブキの頬が少し赤くなっていることに気付けたのだろうが、頬をつねられて痛がっているハルトはそれに気づかない。
「二人とも何話してるの?」
ハルトとフブキが少し離れた場所で話していることに気付いたユナが近づいて来る。フブキはハルトの頬から手を離し、素知らぬフリをする。
「私達の『職業』について話してただけだよ。ユナは《料理人》なんでしょ? シーラさんと一緒の所で働くの?」
「うーん、他に行くところもないし……そうなるかな?」
シーラが毎日人手が足りないと嘆いていることを知っているユナ。他に行きたいような場所もないため、同じ食堂で働いてもいいかなと考えていた。
ちなみに、シーラの働いている食堂が忙しい理由はリリアである。給仕として働いているリリアを目的にやって来る人が大量にいるのだ。
「みんなもう進む道は決めてるんだね」
幼いころから一緒に居たユナとフブキ。二人とも自分のついた《職業》についてきちんと考え、それぞれの道へ進もうとしている。
ハルトだけが何も決めれていなかった。
「あんたの場合はしょうがないわよ。《勇者》なんて特殊な『職業』なんだし。急いで決めることもないんだから、しっかり考えなさい」
「そーそー。マリナさん達とちゃんと話したほうがいいよ」
「それはわかってるんだけどさ」
「私達ならいつでも相談に乗るから」
「え、ホントに?」
「当たり前でしょ。なにそんなに驚いてるのよ」
「だっていつもなら自分で決めなさいって言うから。そんなに優しく……っていででででで」
「私は、いつだって、優しいでしょ!」
「はい優しいですごめんなさい」
今度はユナに頬をつねられるハルト。しかし、フブキよりもずっと強くつねられてハルトは軽く涙目だ。
ムニムニとハルトの頬をつねるユナは、自身の後ろに悪鬼が迫っていることに気付いていなかった。いち早く気付いたフブキはそそくさとユナの傍から離れていた。恐怖の前に友情とは無力である。
「……ハル君になにしてるの、ユナ」
「ひぅっ!」
ビクッとして硬直するユナ。冷や汗が一気に噴き出す。
「なんで、ハル君の頬をつねっているの?」
「い、いえ、あの、その……」
恐怖に慄くユナは何も言えない。
「そんなに怖がらなくていいのよユナ。私だって鬼じゃないもの」
「え?」
「あなたがいつもハル君のことを気にかけてくれてることは知ってるし、私もハル君も感謝してるわ」
「え、えっと……」
思いもよらぬ言葉をかけられて戸惑うユナ。リリアは優しい笑顔を浮かべて言う。
「——でも、それはそれよね。覚悟はいいかしら」
その後、街中にユナの悲鳴が響き渡ったという。
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