第9話 『神宣』 その4
《勇者》。それは、この世界『カミナ』において非常に大きな役割を持つ『職業』である。この世界のヒトの生活に大きく関わる『職業』。それを与えることができるのは職業神カミナだけ。しかし、ごく稀にカミナから与えられる職業以外の職業を持つ者がいる。その一つが《魔王》である。発生原因は不明。しかし、《魔王》の職業を持つ者は往々にして魔に属するものであり、ヒトに対する悪意を持っている場合が多い。《魔王》の職業を持った者は強大な力を手に入れ、いつの時代もヒトを苦しめてきた。それを憂いた職業神カミナが生み出した職業が《勇者》である。
《魔王》の職業を手に入れるのが闇の力ならば、《勇者》の職業を手に入れるのは光の力である。《勇者》とは対魔王の職業でありヒトの希望となる職業であった。
しかし、《勇者》の職業が現れるということはとあることを表していた。それは新たなる《魔王》の誕生である。
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ハルトに《勇者》の職業が現れたあと、神殿の関係者はてんやわんやの大騒ぎになっていた。アウラのとっさの機転により、一般人にまで《勇者》の誕生が発覚することはなかったが、ハルトはその後アウラに連れられて神殿の中にある部屋の一室へと連れていかれていた。
それに戸惑うのはハルトである。《勇者》の職業が現れたと思ったら神殿の関係者に囲まれ、ものものしい雰囲気で部屋の見知らぬ部屋へと連れていかれたのである。怯えるなという方が無理であろう。
「あ、あの、ミルスティンさん。これはいったいなんなんでしょうか?」
「そう固くならなくてもいいですよ。お茶でもどうぞ」
「ありがとうございます」
目の前に置かれたお茶を恐る恐る飲みながらハルトはアウラに尋ねる。
「あの、もしかしなくてもボクの『職業』に出た《勇者》が原因……なんですかね」
「そうですね。といっても別に悪いことではないので安心してください。《勇者》については何かご存知ですか?」
「はい、そこまで詳しくはないですが」
子供の頃、誰もが《勇者》の物語を聞いたり読んだりする。それはハルトも例外ではない。マリナから聞かされる《勇者》の物語に憧れたりしたこともある。目をキラキラと輝かせながら《勇者》に憧れる時期というのがこの世界の子供、とくに男の子には必ずあるのだ。
「闇あるところに光があるように、《魔王》が生まれれば《勇者》が生まれる。つまり、ハルト君が勇者に選ばれたということは新しい魔王が誕生したということでもあるのです」
「新しい魔王が……ですか」
魔王という存在のことを聞いてゾッとするハルト。それも無理はないだろう。ヒトにとって《魔王》とは恐怖の存在そのものなのだから。
そんなハルトの気持ちはわかるアウラだったが、神殿の者として、ヒトの未来のために言わなければならないことがあった。
スッと気持ちを引き締めたアウラは、真剣な表情でハルトに告げる。
「うすうすわかっているかもしれませんが、私達はあなたにしてもらわなければならないことがあります」
「しないといけないこと……ですか」
「魔王の討伐」
「っ!?」
「引き受けていただけますか」
「……ボクは……」
少しの逡巡のあと、ハルトは口を開いた。
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「……遅い」
神殿の外にいたリリアが呟く。
「確かに時間はかかってるけど、今年はいつもより人も多いし、仕方ないんじゃない?」
「そうだけど……でも、こんなに時間がかかるものだった?」
「ま、『神宣』自体はすぐに終わるしな。神殿の中で話し込んでんじゃねーの?」
「それならいいんだけど……」
中でハルト達が話していて遅くなっているというならリリアも納得できるが、どうにも嫌な予感がするのだ。先ほどから心がざわめいて落ち着かない。
「あ、来たみたいだよ」
シーラの指さす方を見ると、ユナ達が走ってくるのが見えた。
しかし、そこにハルトの姿はない。
「あれ、ハルト君はいないみたいだね」
「ホントだな。どういうことだ?」
「アタシに聞かないでよ。わかるわけないんだから」
「ハルトはどうしたの?」
ユナ達が戻ってくるなり問い詰めるリリア。リリア達見知らぬ少女も一緒にいるが、それすらも気にならないほどにリリアは焦っていた。リリアの感じていた嫌な予感がまさに現実のものになろうとしていた。
「あ、あのそれが、『神宣』を受けた後に神殿の人に連れられて奥の部屋に行っちゃって」
「あ、ちょっとリリア、どこに行くの!」
ユナが言い終わるよりも早く走り出したリリアは、シーラが呼び止める声も無視して神殿へと向かっていった。
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