第7話 『神宣』 その2

 思わず息を呑む、という感覚をハルト達は味わっていた。

 それほどにハルト達の前に現れた少女は美しかった。腰の下まで届くほどに長く伸びた黒い髪が特徴的な少女だ。リリアと同じレベルで美しい人をハルトは見たことが無かった。それはユナ達も同様で、怒っていたことも一瞬忘れてその少女に見惚れていた。

 突如やって来たその少女は騒ぎを起こしたハルト達を、より正確に言うならばガイルに厳しい瞳を向けていた。


「これは何の騒ぎですか。ここがどこかわかっての行動ですか」

「あ? んだよお前らにか関係ねぇだろうが」

「ここは我らの神であるカミナ様の御前です。そこで起きる問題を処理するのが我らの務め。関係ないということはありませんよ、ガイル・マースキン。これ以上問題を起こすというのなら、あなたのお父様にも報告させていただきます」

「なっ、ふざけてんじゃねぇぞ!」


 それまで強気な態度を崩さなかったガイルが、父親のことを持ち出された途端に顔色を変える。


「ふざけてなどいません。それとも……『神宣』の邪魔をすることがマースキン家の意志ということですか。それがどういう意味を持つか、わからないはずはないですよね」


 少女の言葉に言い返すことができないガイル。


「……ちっ。わかった。わかったよ。ここは神殿様の言う通りにするさ」


 そう言ってガイルはその場を立ち去ろうとする。そして、ハルトの横を通ろうとした時に、ハルトにだけ聞こえる声で小さく呟く。


「覚えとけよお前。このままじゃすまさねぇからな」


 ハルトが何か言う暇もなく、ガイルはさっさと歩いていく。

 


「なに、どうしたの?」

「……ううん。なんでもないよ」


 ユナに余計な心配をかける必要もないとハルトはガイルに言われた内容を伝えはしなかった。


「大丈夫?」

「あ、は、はい。ありがとうございます」

「助けたの私じゃないし。言うならハルトに……そこの男の子に言ってあげて」


 ハルトが助けた少女にフブキが手を差し伸べて起こす。その少女はフブキに言われた通りにハルトに近づいて来る。顔を真っ赤にしながら。それを見たユナが一瞬ムッとした顔をする。神殿の外にいたリリアも嫌な気配を感じて眉間に皺をよせる。しかし、ハルトはそれに気づかない。


「あ、あの……ありがとうございました」

「気になくていいよ。それに、ちょっと不格好だったしね」


 頬をかきながら苦笑いするハルト。助けに割って入ったまではよかったが、その後なすすべもなく吹き飛ばされ、しかもユナに庇われる結果になってしまったハルトには自分が助けたとは思っていなかった。


「そんなことありません! 助けに来てくれたのはあなただけでしたし。それにその……すごくカッコよかったです」

「そ、そうかな……ありがとう」


 この瞬間、外にいたリリアの体から目に見えてわかるほどの黒いオーラがふきだし、横にいたシーラが「ど、どうしたの?」と戦々恐々としながら聞くと「泥棒猫がハル君に近づく気配を感じる」と神殿に乗り込もうとし、シーラとシュウが必死に止める一幕があった。

 そんなことを知らないハルトは、見知らぬ少女とはいえ、まっすぐ褒められて悪い気がするはずもなく頬を緩める。


「あんまりこいつのこと褒めちゃダメ。すぐ調子乗るんだから」

「そんなことないよ」

「今まさに鼻の下伸ばしてたくせに何言ってんのよ」

「伸ばしてないよ!」 


 ジト目でユナに見られてハルトが反論していると、クスクスと笑う声が聞こえてくる。それは先ほどガイルのことを追い払った少女だった。


「ふふふ……あぁ、ごめんなさいね。あなた達を見てると面白くて」


 ハルト達に見られていることに気付いた少女は、ゴホンと咳払いして表情を引き締め直す。


「私はこの神殿の巫女の一人、アウラ・ミルスティンです。今回は本当にごめんなさい。あなた達に迷惑をかけてしまったわ」 

 

 そう言って少女と、その後ろにいた騎士たちがハルト達に頭を下げる。


「そ、そんな。謝らないでください。ボクが勝手にやったことですから。こうしてあなた達が助けてくれたおかげで無事だったわけですし」

「そう言ってくれると嬉しいわ。ありがとう」


 見るもの全てを魅了してしまいそうなアウラの笑顔。周囲にいた男たちは骨抜きにされてしまったかのように棒立ちになる。ハルトもリリアで耐性ができていなければ同じようになっていたかもしれない。


「あなたの勇気ある行動に感謝を。それじゃあまた、縁があれば」


 アウラはそれだけ言い残して騎士達と共に去って行ってしまう。

 それを見送ったあと、ユナが言う。


「それじゃあ私達も列に戻りましょうか」

「そうだね」

「また並び直しだね」

「あなたも一緒に行く?」

「いいんですか?」

「こうなったのも縁だしね。二人ともいいでしょ?」

「うん。ボクは問題ないよ」

「いいよー」

「それじゃあ、お言葉に甘えて。あ、私はシア・クローディルです。シアって呼んでください」

「私はユナよ。ユナ・マクファー」

「ボクはハルト・オーネスだよ」

「フブキだよ」


 自己紹介を済ませたハルト達はシアを加えて『神宣』を受けるための列へと並び直すのだった。

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