第6話 『神宣』 その1
そもそも『職業』とは何か。
それは職業神カミナの手によって与えられるもので、そのヒトの適性によって与えられるとされている。では『職業』を与えられたものはどうなるのかと言えば、その分野における【スキル】を手に入れることができたり、成長が著しく早くなるのだ。
例えば、《料理人》の職業を与えられた者は【包丁使い】というスキルを手に入れることができる。これは名前の通り包丁の扱いに関するスキルで、より早く、より正確に材料を切ることができるようになる【スキル】だ。スピードを求められる料理人においてこの【スキル】は非常に重宝されている。
もちろん、《料理人》になれなかったものでも料理人になることはできる。しかし、《料理人》を与えられたものとそうでないものとの差は歴然だ。だからこそ与えられる『職業』をお無視して仕事を探すヒトはほとんどいないのが現状だ。
だからこそ職業を与えられる一生に一度の機会である『神宣』の日はヒトにとってとても大事なものなのだ。
「うぅ、緊張してきた」
神殿に着いたハルトはその威容に呑まれて思わず呟く。ハルト達の住んでいる町にある神殿は王都の神殿よりもずっと小さい。神官も気さくさ人で、子供達にからかわれているような人だ。王都に来たことのないハルトの知っている神官はその人だけだったため、今いる神殿にいるような厳格な雰囲気の神官を見て思わず萎縮してしまう。
集まった人たちを安心させるように見習いの巫女と思われる若い女性達が丁寧に案内している。
ハルトが思わずボーっと眺めていると横からユナに肘でどつかれる。
「いてっ! な、なにユナ。どうしたの?」
「うっさい変態。女の人たちをいやらしい目でジーっと見つめちゃってさ」
「ち、ちが、そんなことしてないよ」
「ううん。あれは見てた。ハルトもしっかり男の子なんだね」
「フブキまで、違うったら!」
どれだけ必死にハルトが言っても二人は信じてくれない。まぁ、実際巫女の人たちに見惚れていたという部分もあるのでしょうがないのだが。
「どうだか。このことリリアさんに伝えてやる」
「すいませんそれだけは勘弁してください」
言われた瞬間に顔を真っ青にして謝るハルト。もし巫女に見惚れていたなどということがリリアに知れればどうなるか……それがわからないハルトではない。考えるだけでも恐ろしい事態だ。神殿に乗り込み、ハルトをたぶらかした巫女はどこだと怒り狂う姿を思わず想像してしまうハルト。それを考えすぎだと切って捨てれないのがリリアの怖い所だ。
「冗談よ冗談。私だってまだ死にたくないし」
「どーかん」
「はぁ……心臓に悪いよ」
「あんたはいい加減男らしくなりなさいよ。そんなんだから他の奴にバカにされたりするんだよ」
「そうだけど……」
自分に自信を持てというのはユナにもフブキにも、両親にも昔から言われていることだ。ハルトもそれはわかっているのだが、言われただけで持てるなら最初からそうしている。
「そしたら私だってもっと素直に……」
「え?」
「なんでもない!」
よく聞こえなかったからと聞き返して怒られるハルト。そんな二人を見てフブキはニヤニヤとしている。
しかし、そんなハルト達の間に割って入る声。
「おいお前ら! そこ邪魔なんだよ、どけ!」
ずかずかと歩いて来るのは大きな体格の男。目つきの悪い男で、周囲の人間を見下しているという感覚がにじみ出ている。
「俺を誰だと思ってる。この国の四大公爵家の一人、ガルド・マースキンだぞ! わかったら道を開けろ!」
周囲の人たちは巻き込まれてはかなわないとすごすごと道を開けて避ける。ガルド・マースキンと名乗った男は自分に集まる非難がましい目に気付いていないのか、気にしていないのか。並んでいる人をどんどん抜かして前へと向かう。
そんな様子を見たユナは不機嫌そうに眉を寄せる。
「なんなのあいつ。後から来たくせにさ」
「ガルド・マースキン。この国の四大公爵のマースキン家の三男だね。あんまりいい噂を聞いたことはないかも」
「なんでそんなこと知ってるの?」
「なんでって。この国の四大公爵については日曜学校で教わったでしょ? あの人の噂は街に来る商人の人がたまに話してたし」
「……そうだっけ?」
「はぁ……まぁいいけど。とにかく、あの人には関わらない方がいいよ。どんないちゃもんつけられるかわかんないし」
「そうね。ハルトも気をつけなさいよ。あんた鈍くさいんだから」
「それはわかってるけど。鈍くさいってそこまでかなぁ」
困ったように頬をかくハルト、その瞬間だった。
「きゃあっ!」
いきなり響く少女の悲鳴。
ハルト達が声のした方を見ると、ガルドに少女が突き飛ばされている所だった。
「邪魔だって言ってるだろ! わかんねぇのか!」
「ひっ……」
恐怖に固まり動けない少女。
そんな怯えた様子すら癪に障るのか、舌打ちをしたガルドは手を振りあげ、少女のことを再び殴ろうとする。
「あぶなっ——」
ユナがとっさに声を上げようとした時、ハルトはすでに動き出していた。
振り下ろされる拳、その間にハルトは割って入る。ガイルの太い腕から繰り出される一撃がハルトの体に当たる。とっさに割って入ったため、まともに受け身もとれず吹き飛ばされるハルト。
「ぐっ!」
「あぁ?」
「ハルトっ!」
ハルトに駆け寄るユナとフブキ。
殴られたハルトを見て怒ったユナがガイルに詰め寄る。
「ちょっとあんた何すんのよ!」
「ユナ、落ち着いて」
「なんだおめぇら。そいつの知り合いか? もう何度も言わねぇぞ。どけ。俺を本気で怒らせたくなかったらな」
「その前にハルトに謝りなさいよ!」
「なんで俺が謝んだよ。謝んのはそいつだろ? 俺の邪魔しやがったんだからな」
「うっ……ユナ、大丈夫だから」
ガイルのあまりな物言いにとうとうユナの我慢が限界に達しそうになった時、ハルトがユナの腕を掴んで押しとどめる。
「ハルト、大丈夫なの?」
「はんっ、情けねぇ奴だな。女に庇ってもらうことしかできねぇのかよ」
「確かにボクは情けないかもしれないけど……それは君だって同じだろ」
「……なんだと」
「君がどんな人かボクは知らないけど、女の子を殴ろうとするのは間違ってるってことははっきりと言えるよ」
ハルトは恐怖を感じていないわけじゃない。むしろ怖い。それでもガイルの前に立ち、はっきりと言えるのはきっと姉なら、リリアなら同じことをすると思ったからだ。弟である自分が女の子を見捨てるわけにはいかない。
「てめぇ、調子乗ってんじゃ——」
「なんの騒ぎですか」
まさに一触即発といった雰囲気。
そこに騒ぎを聞きつけた神殿側の人がやって来る。
ハルト達が目を向けるとそこに立っていたのは、息を呑むほど美しい少女だった。
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