第3話 15年後

 この世界『システィリア』は剣と魔法の世界である。魔物が地上を闊歩し、ヒト以外の様々な種族が存在している。地球とは異なる生物進化を遂げた世界。しかし、この世界の最大の特徴はそこではない。この世界の知性ある生物にはあるものが与えられる。

 それが『職業』である。

 騎士や魔法使い、忍者、遊び人、村人……果ては王までも唯一神カミナの手によって決められるのだ。

 一部例外を除いて与えられた職業から逃れることはできないのだ。

 そして今年もまた、職業を与えられるために成人を迎えたものが王都の神殿へと集まるのであった。





□■□■□■□■□■□■□■□■


 朝、宗司改めリリアは外から聞こえる小鳥の鳴き声に誘われるようにベットから体を起こす。


「うーん、よく寝たぁ」


 ググっと伸びをしたリリアはベットから降りて部屋の窓を開ける。


「うん、今日もいい天気。いい日になりそうだな」


 それからリリアは鏡を見て身支度を整え始める。

 鏡に映るのは見慣れた金髪碧眼の美少女。長く伸びた髪は腰にまで届き、朝日に反射してキラキラと輝いている。この父親譲りの綺麗な金髪はリリアの密かな自慢である。

 リリアがこの世界に来てから……前世の記憶を取り戻してから十五年の月日が経っていいた。十七歳になったリリアは外に出れば誰もが振り返るほどの美人に成長しており、王都に行った際にはちょっとした騒ぎも起こったほどだった。

 服も着替え、髪もしっかり整えたリリアは自分の部屋を出る。


「あらおはよう」

「おはようお母さん」


 リビングに着いたリリアを出迎えたのは母親のマリナだ。とても二児の母親だとは思えないほど綺麗で、リリアは何かしらの魔法を使っているのではないかと密かに疑っている。


「あれ、お父さんは?」

「あの人ならもう出かけたわよ。明日から王都の警備のお仕事があるでしょう。その打ち合わせが早くからあるみたいだから」

「そっか。ハル君は……まだ起きてないみたいね」

「起こしてきてくれる? もうすぐ朝ごはんできるから」

「もちろん! 言われなくても起こしに行くつもりだったし」


 ウキウキとした様子で部屋を出るリリア。リリアが前世の記憶を取り戻したその日に生まれた弟のハルト。今年で十五歳になる。リリアにとっては目にいれても痛くない……というよりもむしろ目に入れてしまいたいほど可愛がっている存在だ。


「ハルくーん、朝だよー」


 ハルトの部屋の扉をノックしながら言うリリア。しかし中から返事はない。

 数度同じことを繰り返し、起きないことを確認したリリアはそっと部屋のドアを開ける。すると案の定部屋の中ではハルトがベットにくるまって寝ていた。


(か、かわいいっ!)


 小動物のようにベットにくるまる姿を見て思わず声を上げそうになるリリアだが、それを鋼に意志でグッと堪える。

 そのままゆっくりベットの縁まで近づいたリリアはそっとハルトの寝顔を覗く。母親譲りのふわふわとしたブラウンの髪、十五歳にしては少し幼さを感じさせるその顔。今は閉じられているまぶたの下はリリアと同じ碧眼だ。どこをとっても最高に可愛い。そんな感情しか湧いてこないリリアはハルトのあどけない寝顔を見た瞬間に胸を押さえて崩れ落ちる。


(ぐはっ、こ、これが天使、天使の寝顔なのね!)


 リリアの毎朝の楽しみの一つ。ハルトを起こしに来てその寝顔を見ること。もう何年も同じことを繰り返している。そのたびにこうして胸を撃ち抜かれているわけなのだが。

 床に手を付き、はぁはぁと荒い呼吸のリリア。高ぶる感情をなんとか抑え込み、ハルトを起こしにかかる。


「ほらハル君。朝だよ。起きて」

「んぇ……もう朝なの?」


 ゆさゆさとハルトの体を揺さぶると、そこでようやく少しだけ目を覚ますハルト。ゆっくり体を起こしてまぶたをこするハルト。


「あぁもう、ハル君! さいっっっこうに可愛い!!」

「え? うわぁああ!」


 とうとう堪え切れなくなったリリアが理性を飛ばしてハルトを思いっきり抱きしめる。いきなりの衝撃に急激に目が覚めるハルト。リリアに抱き着かれていることを認識したハルトは離れようとするが、万力のような力で抱きしめられているためそれもかなわない。それでも痛くないのはリリアの豊満な胸に顔を押し付けられているからか。


「あぁなんでこの世界にはスマホがないのかな。残念、それが残念でならないよ。こんなに可愛いハル君の姿を写すことができないんてこれはもう世界の損失だよ!」

「ちょっ、姉さん苦しい。苦しいから!」


 ジタバタと暴れるハルトだが、リリアの体を直接触ることは無い。何かの拍子で胸でも触ってしまったらどうしようという思いがあってのことである。ハルトも十五歳。立派な思春期なのだ。もちろんリリアはハルトに胸を触られるぐらい全然気にしない。むしろ触りたいというなら喜んで触らせるだろう。


「ちょっとリリア。何してるの」

「いたっ」


 いつまで経ってもハルトを連れて来ないので様子を見に来たマリナ。部屋の中を覗いた瞬間に状況を把握し、リリアの頭を軽く小突く。


「ごほっ、ごほっ、あ、ありがとう母さん」

「大丈夫? まったくあなたは毎朝毎朝……いい加減にしなさい」

「あぁうう。ごめんなさい。ごめんねハル君! 苦しかったよね」

「いいよ姉さん。気にしてないから」

「そこであなたが許すからリリアがつけあがるんでしょう? たまには厳しく言わないとダメよ。嫌いになるぞーとか」

「ハ、ハル君に嫌われるっ……」


 ハルトに嫌いだ、と言われることを想像したリリアがこの世の終わりのような顔をして涙を流す。

 慌てたハルトがとっさにリリアのことを慰める。


「だ、大丈夫だから! ボクが姉さんのこと嫌いになるはずないから」

「ホントに?」

「ホントに」

「ホントのホントに?」

「ホントのホントに」

「ホントのホントのホントに?」

「ホントのホントのホントのホントに!」


 起き抜けからなんでこんなに苦労してるんだろうと思いつつも必死にリリアを慰めるハルト。そんなやりとりを数回繰り返してようやくリリアは元気を取り戻す。


「ほらほら、二人とももう朝ごはんできてるんだから早く食べるわよ」

「はぁーい」

「着替えてすぐ行くよ」


 部屋を出て行くマリナ。その場に残り続けるリリア。


「あの、姉さん? 着替えたいんだけど」

「うん」

「え?」

「あ、もしかして手伝ってほしいの? しょうがないなぁ」


 そう言ってハルトの服に手をかけようとするリリア。しかしその前にむんずとリリアの頭を掴む手が一つ。


「あなたも部屋を出て行くの。ハルトが着替えられないでしょう」

「いだだだだだ! お母さん、割れる、頭割れるから!」

「油断も隙もないわねホントに」

「お母さん? ねぇ聞こえてるよね。ヘルプ、ヘーーールプ!」


 助けを求めるリリア。その声を無視して頭を掴んだまま引きずるようにして部屋を出て行くマリナ。遠ざかっていくリリアの悲鳴。


「……はぁ」


 ハルトにとって自慢の姉の、決して自慢できない部分。

 この世界に来てからの十五年間でリリアは姉となり、そして超絶ブラコンへと変貌を遂げていたのだった。

 小さくため息を吐いたハルトはすごすごと着替え始めるのだった。

 






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