EP1.0 #05 love to ...

02.Clemens



 職員専用食堂で、昼食の大豆ハンバーグにフォークをさして、メロディはため息をついた。視線はフォークに釘づけでも、意識のすべては頭の中に向いている。

 脳裏に焼きついたあの光景。ハナのちいさな躰を覆う、クレメンスの広い背中。

 思い出すたびに、心臓を針でちくりと刺されたような痛みを感じる。

 ――あのときは勢いで「ちっちゃいからダメ」なんて口走ったけれど……

(やっぱりあのふたり、そんな関係なのかな……)

 アタラクシア・コロニーには、獣人とヒトの恋を禁じる法律はない。

 けれど法理をまとめる際に、禁止事項として掲載する草案はあった。

 交雑するにはしゅとして遠いので、子どもを作ることはできないこと。

 旧時代、人間が獣人を迫害した歴史のせいで、現代での社会的立場は漫然と低い傾向にあることが理由にある。

 真剣に恋愛対象を選ぼうと思ったら、互いの種族は敬遠するのが普通だ。

 しかし、ほかならぬ司令官が「心は法律で縛れない」として案を破棄した。

(それはもしかして、ハナさんとのことがあるから……?)

 吸い上げられるように、メロディの意識は過去にとんだ。まだ祖父が生きていたころ、メロディが四歳か五歳くらいのころだ。

『ねえ、おじいちゃん。この女の子、だあれ?』

 いまは亡き祖父の家はコロニーの郊外にあった。一帯はコロニーに併呑された集落のなごりがあり、祖父宅にいたっては建てかえもしておらず、家屋というより小屋のようだった。木製で、古くて、せまい。廊下は歩くとぎしぎしと音鳴りがし、ときどき雨漏りする。早くに祖母を亡くした一人住まいでも、背丈の低い幼い子ども心にすらせまいと感じる屋内は、よくわからない旧時代の遺物でいっぱいだった。

 両親はそれが原因で祖父と疎遠だったらしい。もちろん当時は仲たがいの原因なんて知るよしもない。不和な関係を子どもにまで協調させず、それどころか、しょっちゅう遊びに行きたがるメロディが一人でも出かけられるようにと、道順や困ったときの対処のしかたを教えて、一人で外に出ることを許してくれた。両親の寛容には感謝が絶えない。それに、基本的に平和なアタラクシア・コロニーだからできることだった、といまではしみじみ思う。

 祖父の家は、幼いメロディにとって、魅力あふれる魔法の家だった。

 中でもとびきり感興をそそられたのがハナだ。

 あのころのメロディよりも何歳か年上の女の子は、たくさんの機械につながった、細長い硬化ガラスの向こうで眠っていた。何年経っても歳をとらず、ぴくりとも動かないので、精巧な人形だと思っていたほどだった。

 司令官は彼女に会うために、五日とあけず祖父宅を訪問した。

 祖父は憎まれ口をたたきながらも司令官を受け入れ、彼女との面会時間をもうけた。

 面会といっても、言葉を交わすことはもちろん、触れたりもできない。ガラス越しに見つめるだけしかできないのに、司令官は放っておけば何時間もそこにいる。

 その様子を盗み見た幼いメロディは、少女の正体が気になった。

『その子はお姫さまだ』

『おひめさま!?』

『ああ、お姫さまだ――司令官の』

 言い足す祖父の横顔が印象に残った。子どもの目には理解のできない深い感情が宿っていた。

 きっと、獣人と人間という、深い溝について考えるところがあったのだろう。加えて――これはのちに、メロディが祖父の仕事を引き継いだあとで判明するが――、彼女の体に残された傷を治癒するために、スプライシング因子を活性化させてテロメアを伸ばした履歴が見つかった。

 旧時代の、いまは失われた技術を、なぜ祖父が知っていたのかは分からないけれど。

 虐げられた時代を想起させる過去の遺物は、獣人社会では禁忌とされている。

 それらをもちいてまで、彼女を助けようとした司令官の気持ちの重さも、祖父の横顔に陰影を刻んだのかもしれない。

 メロディは祖父のため、司令官の名誉のために、その記録を完全に抹消した。

 祖父が体調を崩したのをきっかけに医師免許を取得し、お姫さまの蘇生に向けて本格的に作業を始め、祖父が亡くなった直後に軍病院へ移送した。

 祖父宅に残った遺物は、相続人であるメロディの父の了解を得て、すべて司令官が破壊した。よって、ハナの秘密を知るのは司令官とメロディだけだ。……あとは当事者のハナもいるけれど。

 亡くなった祖父は最後までメロディが後継人になることに反対していた。

『きっといつかつらくなる。医療従事者としての義務と、ひとりの人間としての感情にはさまれる』

『でもそれじゃあ、あの子はどうなるの? 司令官だって気の毒よ』

 いつだって言いくるめられるのは祖父だった。命を預かる者としての義務と、孫を案じる祖父としての役割のあいだで板ばさみになるたびに言葉を失っていた。――医療従事者としての義務と、ひとりの人間としての感情にはさまれる苦しさを一番理解していたと言ってもいい。

 そんな祖父を尊敬しもしていたし、うとましくも思った。

 メロディはハナに、祖父にあこがれて医者になったと言ったが、理由としては半分くらいだ。残り半分は自分のためだった。

 祖父の仕事を継げば、祖父の孫としてではなく、もっとずっと司令官にちかいところで、司令官の役に立てる。

 そんな打算があったのだ。

 ミンチにもどってしまったハンバーグを見つめ、ため息を落とす。

 祖父がお姫さまというから、昔話に出てくるような偶像を描いていたのに、実際の彼女は、ちいさい姿なりに反して態度は大きく、言葉遣いも横柄というか乱暴というか偉そうというか、……そう、雄々しい。雄々しいのだ。簡潔で、分かりやすくて、命令口調。なのにふしぎと聞いていて負担を感じない。

 それにかなりの努力家だ。毎日、課せられたリハビリはきちんとこなす。そのうえで自主的に体を動かしている。一方で、過剰な負荷が体を損傷することも理解しているので、無茶な運動はしない。

 ハナの人柄はメロディにとってたいへん好ましかったし、積極的な姿勢は医師としても理想の患者像だ。

 ただ――

 彼女のそばにいると、司令官に頻繁に会う。

 彼が、やさしさと愛しさを混ぜて微笑する。

 病室をあとにするときは、名残惜しそうに顔を曇らせる。

 たがいの好みを知りつくしていることを前提とした会話、ちょっとした嫌味、気安い触れあい、あきらかに一線を画した信頼。

 ああいうのに気づくたびに、ちくりと胸が痛む。

 そのせいで、メロディは気づいてしまったのだ。

(……私、司令官のこと、好き……なんだ)

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