第137話


潰された眼鏡を両手に乗せて「うッ、うッ」と静かに泣き出した。 


「たかがそんなゴミを。 馬鹿げてるな」

「ッ! ゴミ…………」



ハッキリ言って俺もあの時何気なく買ってやるって言った眼鏡、神崎の父さんのした事は最低だったけど神崎にとってそこまでの物とは思わなかった。 



「これは…… あなたが今まで私に与えてきた物は少なかったです、しかしどれも私にはそぐわない高価な物ばかりという事はわかります。 ですがこれはそれよりもずっと私にとっては価値があって暖かくて大切な物だったんです。 それをあなたは踏み潰しゴミだと言いました」

「まぁ人の価値感はそれぞれ違うがね、だがお前のその感性は間違っているな」

「そうでしょう、お父様ならそう言うと思っていました。 ならば間違っていて私は構いません! そしてお父様が柳瀬さんを制裁するのも構いません! 柳瀬さんから何か奪うのなら私がそれを取り返します!!」

「何を言っているんだ? お前も神崎家という名目がなければ何も後ろ盾がない無力で無価値な人間だ、そんな事出来るわけがない」



だが神崎の言った事に少しイラついたのか神崎の父さんはまた神崎の頬を平手打ちした。



「ぐッ……」

「言ってわからない子には身を持ってわからせるしかないようだ」



あの野郎…… ! 俺が縛られていた両手をもがかせているとロープが外れた、外れたというより切れた。 後ろを向くと山崎と呼ばれていた男がナイフを持っていた。 



こいつが切ってくれたのか? だけどそんな事今はどうでもいい。 神崎の胸ぐらを掴み上げもう一度打とうとしているクソ親父に一気に詰め寄り思いっ切り殴ってやった。



「柳瀬さん!?」

「貴様ッ、動けなくしていたはずだが?」

「うるせぇダメ親父! 後ろ盾がないと何も出来ないのはお前だろ!? 俺は何もない分後先考えないでお前をこのままボコ殴りに出来るんだよ!」

「ぐがッ、がッ……」

「先輩をッ! 神崎に好き放題言いやがって!!」

「お前ら! こいつを消せ!!」

「ダメ! お父様やめて下さい!!」



神崎の父さんがスーツ服の男達にそう言って俺も来るかと思って振り向くとそいつらは微動だにしなかった。 神崎もポカンとしている。



「な、なん…… だと!?」

「ほらな? 後ろ盾がなきゃこんなゴミみたいな俺にだっていいようにされんだぜ?」



何発か神崎の父さんに鉄拳を入れていると突然倉庫の扉が開き誰かが入って来た。 数人のスーツ姿の男と真ん中には神崎のおじいちゃんが居る。



ここまでかもなと思ったが神崎のおじいちゃんは俺を見てニコッと笑った。



「お爺様? どうして……」

「父さん、何故ここに?」

「随分と大人げない事をしているようだな辰巳」

「父さんには言われたくありませんね、私は父さんを見て育ったんですよ?」

「だから私は言ったろう? 私のようにはなってはいかんと。 ここまで我が社を大きくするにはあの手この手を使って利用できるものは全て利用する、相手に恐怖を与えるのも必要悪だった。 私は嫌われ者でも良かったがお前にはそんな奴にはなって欲しくなかった。 だがそんなものは私の自己満足であったな」

「何を今更? そしてこれも今更です。 こんな所に出しゃばって来てなんのつもりですか?」



んん? なんか様子が変だ……



「莉亜よく言ってくれたな、私は嬉しいぞ? 私の誇りの孫だ。 我が社は是非お前に継いでもらいたいな」

「そ、そんな…… 私には」

「あなたは既に引いた身です、頭がおかしくなったのですか?」

「そうだな、莉亜には継いで欲しいがそんな押し付けはせんよ。 私は言ったろう、莉亜の意思を尊重すると。 柳瀬君にも怖い思いをさせて済まなかったね、ただ君がどんな男か知りたかった。 手荒な真似だったと思うが君の事は十分わかったよ。 莉亜は君を本当に好いているようだ、莉亜の気持ちに応えても応えられなくても莉亜にとっては大事な存在だと。 それと柳瀬君が気にしてた弥生さんと言ったか? 彼女は無事だよ、私が避難させておいたからね、彼女からも君の事をたくさん聞いたよ」



じゃあ先輩は大丈夫って事か…… そう聞いた瞬間安心してスッと力が抜けてしまった。



「父さん…… 私に任せておいて私の邪魔をするんですか!? あなたにはもう全盛期の力はないはずなのに、会社の株だって私が半数以上保有している、あなたにはもうどうこう出来る権力などない!」

「甘いな、私を誰だと思ってる? お前よりも余程裏の手口を使い慣れているというのに。 全て投げ出すほどお前を追い込むのはわけないぞ?」



神崎のおじいちゃんがそう言うと怖い……



「それと神崎家の全ては品川グループに経営権を引き渡す」

「ば、バカな!? あと、あと少しで15大財閥に迫れるというのに! あなたが起こした会社やその他企業をみすみす捨てるのですか?!」

「バカはお前だ、強引な手ばかりを使えばいつかはそれ以上の者に取り入られ潰される、今のお前のようにな。 それも一般人相手ににここまでするとは何事か! 矛先を向き間違えて自滅するよりも幕を下ろしてやるのが親心だ」



すると神崎のおじいちゃんは俺と神崎に向き直る。



「ところで柳瀬君、まだ辰巳を殴り足りないかい?」

「い、いえ…… 俺はもう十分殴らせてもらいました」

「莉亜、お前はどうだ?」

「…………」



神崎はそう言われると神崎の父さんの目の前に立った。



「お父様、前にも言いましたがお父様には感謝しています。 ですが私の大切なものを踏み潰したのは許せません、というわけで……」



神崎は握り拳を作って振り被り自分の父親を殴った。



「莉亜ッ…… 貴様」

「痛いです…… 殴った方も。 だから…… お父様も少しはそう思えるようになってくれるなら。 どんな人でも私にとってはお父様はお父様です」

「莉亜、辰巳の事は私に任せなさい。 なに、少し荒療治で手荒にはなるが自分の息子だ。 悪いようにはせん、それに私の目の黒いうちはおかしな真似はさせんよ、その後の事も考えてある。 お前達辰巳を連れて行け!!」



「ふ、ふざけるな! 私に触るな! ひとりで行ける……」



神崎の父さんは諦めたのかここに来た時の俺と同じく両サイドをスーツ姿の男に挟まれて外へと出て行った。



「お爺様…… いいのですか? 会社を手放してしまって」

「うん? ああ、心配せんでいい。 あれは半分嘘だ」

「嘘?」

「辰巳が居ない分他社の力は借りるが辰巳がもし心を入れ替えてくれればまた辰巳に任せる」

「お父様はこれからどうなるのでしょう?」

「聞かない方がいい。 まぁ悪いようにはしない」



聞かない方がいい時点でヤバそうな気がしないでもないけど。



「それと柳瀬君、明日から会社に行きなさい、辰巳の制裁はもう解除した。 十分休んだろう? 君の会社にもそう伝わってるはずだ」

「ほ、ほんとですか?」

「ああ。 ほら、君の探してた弥生さんもそこに居るぞ」



指差した方を見てみると車のドアが開いてそこには先輩の姿が。 そして俺は先輩の元に駆け出していた。 



「柳瀬君!!」

「先輩!!」

「ごめんね、心配掛けて」

「俺の方こそすいません、こんな事に巻き込んでしまって」

「いいんだよ明日からまた一緒だね」

「はい」



こうして俺の社会的制裁も解かれ神崎も本当の意味で柵から解放されたようだった。


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