第7話

一際大きかったはずの頭上の光が、少し弱まっている気がした。

辺りを見渡していると、同じように男の子もぐるりと周りを見渡す。

「この子達の信号がそろそろ変わるんだ。バスに戻ろうか。」

咄嗟に、いやだ、と言いそうになる。

まだまだここに居たいと思ってしまう。

だけど来た時と同じように男の子に手を差し出される。

この手を取らないという選択だけは、わがままを言うことよりもできない。

黙ってなんの温度もないその手を取った。

帰る方向へと、バスのある方向へと、体を向ける——

けど。

「バスは、どこ…?」

確かに結構歩いて来ていたが、バスが見えなくなるほどの距離ではないはずだった。

だけど目を凝らしても、白いバスはどこにも見えない。

漂う光の奥には暗闇があるだけ。

漆黒の空洞があるだけ。

急に不安になる。

ずっとここにいたいと思っていたけど、少しずつ魚の影は減っている。光の塊は弱まってきている。

光のなくなった暗闇に、二人取り残されてしまったら。

怖くなって、繋いだ手にぎゅっと力がこもってしまう。

そんな私を安心させるように、男の子は柔らかく笑って私の顔を覗き込んだ。

「大丈夫だよ、戻れる。案内もいるから。」

そう言って指差した先には、やっぱりゆらゆら泳ぐ魚の影。

小さくて何の特徴もない、種類を当てることもできない、普通の形をした魚の影。

だけど、他の影とは少し様子が違うとすぐわかった。

トンネルの壁に向かって一方通行にしか泳がない魚の影達を避けながら、その魚だけは、トンネルの奥を目指して泳いでいた。

バスに乗っていた時、窓を通り過ぎた魚だ。

あの時一瞬しか見えなかったが気付く。

今思えば、この魚だけが境目よりこちら側で泳いでいた。

壁から壁の一方通行ではなく、バスと同じ方向に泳いでいた。

その魚を追って二人で来た道へと戻る。

私達を横切る魚の影はどんどん減っていって、避けるのを待つ必要がないから来た時よりも早く歩けた。

頭上を漂う光の塊は、段々と小さくなっているようだった。

光を出し切って、萎んでいく風船のように小さくなり、やがて見えなくなる。

元々の大きさが小さい光から順番に消えてゆき、青い光は消えるとトンネルに潜んでいた暗闇を代わりに示した。

この光が消える前にバスに着くだろうか。

また不安になり、そうなる前にと急ぎ足になるけど、男の子に焦る様子はないから恐怖に襲われることはなかった。

ついて行けば大丈夫だと、なぜかもう信じていた。

身長も声も違うのに、生まれた時からこの背中に頼ってきた気がする。

黙って歩く二人分の足音だけが木霊していた。

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