第2話
扉の開く音がして、乗り込んできたのは、背の高い、すらりとした男の子だった。
中学生くらいに見えた。だけど中学生じゃないとわかったのは、私と同じ小学校の黒いランドセルを背負っていたから。
同じ小学校の、男の子用の制服を着ていたから。
奇妙な気がした。
真夏なのに、陶器のように白い肌だから。
全校生徒の顔も名前も家族までも把握できてしまう程の小さな学校で、その男の子を見たことがなかったから。
それなのに何故か見覚えのあるような気がするのも逆に奇妙な気がする。
何より奇妙なのは、いつも人を乗せるたびに重みでぐっと傾くバスが、少しも動かないまま男の子を拾ったから。
狭いバスの中を見渡して、男の子はすぐに私を見つけた。
目が合ってびくっとする。
上の学年の男の子は、なんだか怖くてお兄ちゃん以外好きじゃない。
ましてや記憶の中のお兄ちゃんより年上なら、尚更に。
それも初めて見る男の子なら、尚更に。
ばっとすぐ目を逸らしたのに、男の子はお構いなくバスの奥へ進み、赤いランドセルを挟んで私の隣の席に座った。
座ると同時にバスはやかましい音と揺れで動き出す。
バスはトンネルにゆっくり呑まれて、一気に車内は暗くなった。
森の声が遮断されて、車内での音が鮮明に聞こえ出す。
「おはよう。」
頭ひとつ分上から聞こえる、同級生の男の子達と違う声。僅かにかすれた低い声。
思っていたよりずっとずっと優しく落ち着いた声に反射的にその顔を見ると、声と同じように優しげな瞳ともう一度目が合った。今度は逸らさなかった。
大きな声でからかったりふざけたりする、私の苦手な「男の子」とは違うと、直感的に感じた。
それでも初対面の男の子に挨拶を返せるほどの勇気は出なかった。
暗い車内と何も見えない窓の外が恐怖を加速させたのかもしれない。
返事もできず、硬直して怯える私を見て男の子が何度も瞬きをする。
「あー…っと、ごめんね。急にびっくりしたよね。」
困ったような声でそう言いながら、男の子は黒いランドセルを降ろして私のランドセルの横に置く。
ランドセル二つ分の距離が空いたら、少しだけほっとした。
明かに年下の私に優しく謝る様子に、年上の男の子のような怖さは感じなかった。から、口を開いた。
「あの…転校生?」
堂々と質問するつもりが出た声はか細くて、やかましく動くバスの音に掻き消されておかしくなかった。
だけど、男の子は私の声を拾えたらしい。
「ああ、うん。えーっと、そう。転校生だね。よろしくね。」
ちょっと嬉しそうな声色だった。私が返事してくれて嬉しい、というような気がしたから、また少しほっとする。
「いつも一人で乗ってるの?」
「…次のバス停で友達が乗るの。それまでは一人なの。」
「じゃあ、このトンネルはいつも一人で通るんだね。」
「うん、そう…」
日に焼けていない肌は、暗いトンネルの中だと一層すらりと見えて便りなさげに見える。
だけどさらさらの髪と瞳は優しい黒を称えていて、男の子にこんな言葉を言うのは違うとわかっているけど、綺麗だなと思った。
目を合わせて話し続けるのはなんだか恥ずかしくて、限界が来て、ふっと窓の外に目を向ける。
見たところで何もわからない、真っ暗な窓の外が映るはずだった。
——だけど。
「…?」
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