乾涸びたバスひとつ
小夜華
第1話
今思えば、あの日のバスは来た時から全てがいつもと違った気がする。
いつもより速度が遅かった…ような気がする。
いつもより停車と発車の音が小さかった…気がする。
いつもより窓から見る風景がぼやけていた…気がする。
全てはなんとなくそう思うだけで、確信のある違いはない。
それでもいつもと違った思ってしまうのは、私が子供じゃなくなってしまったからだろうか。
家を出てから二十分歩いて、やっとバス停に着く。
バス停といっても、目印は何もない。私が立っているところがあやふやな停留所になる。
かろうじて車道だとわかるくらいの砂利道は、夏になると木々が生い茂って私の存在を隠してしまうから、暑くても眩しくても日の当たる砂利道のほぼ真ん中に立たないといけない。
道の真ん中に突っ立っていようとも問題ではない程、車も人も滅多に通らない小道。
立ち止まると、シャツとランドセルが汗で張り付いてることに気付く。ほんの少しスカートの足元を風が掠めるだけで涼しいと思うことに気付く。
やがて木々の奥から小さな白いバスが来て、私の近くで故障した様な音をして停まった。
白い、というのは初めてこのバスがここへ来た時のことを覚えているからで、そうじゃなければ真っ白だったとは思い難い程、煤けた色に変わっている。
古くて小さなバスは朝に一回、夜に一回、私を拾いに来る。
通学用のバスなのに、乗り口はやけに高くていつも少し嫌だなと思う。
子供向けではないな、といつも思う。
運転手さんの前で、脚を上げてせーので乗るのがいつも少し恥ずかしい。
いつ乗ろうと、私がよろめいて転びかけようと、運転手さんはこっち見ないとわかっていても。
そして車内には誰もいないと知っていても。
右側の一番後ろの席。
赤いランドセルは適当に横に放って、埃っぽいぺったんこの座席に座る。
座ると同時に、やっぱりバスは今故障してしまったような音と揺れを起こして動き出す。
もう三十分すれば、友達が同じようにこのバスに拾われてくる。
学校に着く頃には、小さなバスは友達たちの賑やかな声でいっぱいになる。
くたびれたバスは、終点の学校に着いてもバスの半分も埋まらない人数しか拾えないみたいだけど。
毎朝この三十分間は好きじゃない。
一人になったって思ってしまうからいやだ。
なるべく外の景色を見続けて、これから乗ってくる友達に話したいこと・今日の学校で楽しみなことを考えるけど、外の景色はいつまでたっても緑だから飽きてしまう。
だから結局一人だってことを、話す相手がいないこと知ってしまう。
そう思ってしまった時のためのお守り。
もう一年間ずっと前列の網ポケットに差し込んだままにしている、端のよれた写真を取り出して眺めた。
「ご入学おめでとう」の花飾りを付けた私。今では席に放り投げているランドセルを、大切に大切に背負っている私。
笑顔とは言い切れない緊張して引きつった顔の私の隣で、笑顔のお手本みたいに朗らかに笑うお兄ちゃん。
毎朝のように眺めているうちに、私は写真に写る二つ年上のお兄ちゃんと同じ三年生なってしまった。
お兄ちゃんは、乗ってくる低学年の子達みんなにとても優しかった。
二人で乗り込む朝のバスは、誰にでも優しいお兄ちゃんを独り占めできる時間だったから毎朝楽しかった。
お兄ちゃんは写真の中で止まっている。
ある日うちに帰ってこなかったあの日からずっと止まっていた。
急にバスが速度を緩めた。
停車する時の、壊れそうな音がした。
それはいつも通過する、長くて暗いトンネルに入る直前で停まった。
なぜ?
獣道のような森の小道に、当たり前だが信号はない。
次に乗ってくる友達が見えるのも、もう少し先のはず。
ついにバスが壊れちゃたのか。真先にそう思う。
だが、ただ人を乗せるために停まったのだと気付いたのは、その人が乗り込んでからだった。
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